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どうしてこうなった!?(浦梅進)

 こんなはずじゃなかった。

 という言葉を、今日だけで何回零しただろうか。


 日本国、現内閣総理大臣の(うら)()(すすむ)は執務室で一人頭を抱えていた。


 ダンジョンという未知の空間。安全性がまだ完全に証明されていない場所に一般人が立ち入るのを許可したことは、彼の予想通り大きな逆風を巻き起こした。

 国民をモルモットにしていると内外から非難を受けることになったのだ。


 しかし、そんなことは百も承知だった。

 むしろ狙い通りと言える。彼はこの大変な状況を誰かに押しつけて、自分はさっさと辞職するつもりでいたのだから。


 ところが……。


「今日もがんばってね……か。は、はは……」


 スマートフォンが震えて通知が表示される。

 そこには最愛の孫からの応援メッセージが躍っていた。


 あの日――ダンジョンが発生し、浦梅が自棄になって啖呵を切ったあの日。

 確かに彼は大炎上した。だがそれと同じくらい尊敬も集めた。


 閣僚たちが予定になかった演説に激怒する中、菊里香(きりか)防衛大臣だけは浦梅の手を握って「よく言ってくれました」と瞳を濡らしていたし、比較的若い党員や一部の官僚も『強い首相』の姿に感銘を受けたようだった。


 そして何より極めつけは、家族からの掌返しだった。


 離婚こそしていないものの長年の夫婦生活ですっかり仲が冷め切っていた妻からは、珍しく「見直しました」と言われたし。最近軽蔑の眼差しをくれていた息子夫婦からも労いの言葉をかけられた。

 最後に、目に入れても痛くない可愛い孫から「じぃじかっこよかった!」と言われたことで、もう浦梅は引くに引けなくなってしまった。


 今更あれは嫌がらせのためにやったんですとは言えない。

 家族の、孫の期待を裏切るわけにはいかない。


 結果、彼は自分で蒔いた種に苦しめられるハメになったというわけである。

 今も書類の山に埋もれ、ひっきりなしにかかってくる連絡に対応していた。


 性急に「探索者ライセンス」を導入したせいで、資格条件が甘く、ダンジョンの中で犯罪行為に走る者が出たとか。

 今日も今日とてデモ隊がダンジョン前で抗議しているだとか。

 自衛隊が買い取っているダンジョン資源をウチに回してくれという企業からの要望と、袖の下を匂わせてくる提案の数々に、頭の血管がはちきれそうになっていた。


(こんなはずじゃ……こんなはずじゃなかった……!)


 浦梅の想定では、彼は今頃自宅のテレビの前に寝転がって、散々糾弾される与党幹部たちを、ざまぁ見ろとせせら笑っているはずだったのに。

 何故相変わらず自分が担ぎ上げられて四方八方から野次られているのか。

 おまけに仕事量も尋常じゃない。


(……まぁいい。どうせ長くは持つまい。あと少しの辛抱だ)


 とはいえ希望がないわけでもない。


 現状「探索者ライセンス」は親の同意があれば未成年にも発行される。

 特にこの点がやり玉に挙がって非難されていた。

 実際、未成年の探索者が巻き込まれた事件・事故がいくつか起きていて、その責任を取るという形で身を引くことが出来そうなのだ。


 挑戦してみて駄目だったなら、家族も失望するまい。

 むしろ困難に挑んだ男として家庭内ヒエラルキーがぐっと上がるかもしれない。


 そんな輝かしい未来を妄想していた彼に――



「総理、大変です!」



 ――トラブルが舞い込んできた。


 ノックもなしで飛び込んできた若い党員に対し、浦梅は眉根を寄せる。

 近頃の若い者は躾がなってないなと思いつつ老眼鏡を外した。


「……ノックぐらいしなさい」

「そんなこと言ってる場合じゃないんですよ! これ見てください!」

「……?」


 浦梅の前にスマートフォンが差し出される。

 まず、有名な動画サイトのロゴが目に入った。

 何らかの動画が再生前で止められて黒いサムネイルが表示されていた。


 とん、と再生ボタンがタップされ、動き出した画面には、



『人類のみなさん、こんにちは』



 二週間ぶりに見た神々しい天使の姿が映っていた。


「先ほどテレビ局の電波がジャックされて、これが放送されたんです! 録画なんですけどもう動画サイトにも上がってて……」


 思わず絶句する浦梅を置き去りに、映像が進んでいく。


 華国はかの天使を侵略者と捉えているようだった。

 容赦のない銃撃に息をのむ。だがそんな攻撃は児戯にも等しかった。

 正に圧倒という他ない光景に浦梅の頭が真っ白になる。



「既にファクトチェックは済んでいます。華国は国土が広いですから、ここ以外にもダンジョンがありましたが、その全てが消失してしまったようです。総理はこうなることが分かっていたんですね!」


「………………うん?」



 目を輝かせる党員の男。

 話の流れがまったく掴めず、浦梅は目を白黒させた。


「もし我々がダンジョンを一般に開放していなかったら、華国のようになっていたかもしれません。それでは機会の損失です。僕はそこまで見えていませんでした……」

「う、うむ」


 言えない。ただ嫌がらせのやけっぱちだったなんて、絶対に言えない。

 背中でこっそり汗を流す浦梅を他所に、新たなストーリーが作り上げられていく。


「それにしても華国は馬鹿なことしましたね。ダンジョンからは既に新しい薬効を持った薬草や、見たこともない鉱物が産出されているのに。強い日本を作るため、我々にはダンジョンが必要なんです! まったく、総理さまさまですよ!」


 浦梅進は典型的な二世政治家だ。

 確固たる政治信念など何も持っていない。

 それなのに何故、彼が魑魅魍魎渦巻く政界で生き残って来られたのか。


 彼には一つだけ、とても秀でた能力があったのだ。

 それは空気を読む力。


 長いものに巻かれつつ、危ないことには決して手を出さない。

 その絶妙なバランス感覚が浦梅をここまで生き残らせ、うっかり首相の席に座らせてしまった。最ももし浦梅にこの能力が無ければ、彼は早々に政治家を辞めることになっていたのだが。


 その信頼すべき長年の勘が告げていた。

 ここは素直に頷いておけと――


「……ふっ。たまたまだよ」

「これで『解放派』は息を吹き返しますよ! 今日の国会が楽しみですね!」

「あ、ああ。ソウダナ……」


 こんなはずじゃなかった。

 浦梅の胸中で今日何度目かの嘆きが零される。


 気付けば先ほどまで夢想していた引退生活は遥か彼方にいっていた。



(どうしてこうなるんだぁああ……!)



 三十年ぶりに手渡された愛妻弁当を開けている暇は、とりあえず無さそうだった。


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