天使さま、大立ち回りする
天網恢恢疎にして漏らさず、という言葉がある。
天の張る網は目が粗いようでいて、その実、悪人を逃すことはないという意味だ。
前世、俺が好きだったRPGゲームの決め台詞である。
ダンジョンは万人に可能性を与える。
未知の力、未知の資源、未知のエネルギー。
それが国民の手に渡ると不利益だ、と思う国家元首たちがいる。
彼らがダンジョンを開放することはあり得ない。
どころか自身の政治基盤を補強することのみに利用しようとするだろう。
実際、既にその動きを見せている国がいくつかある。
俺はその全てを文字通り天から見ていた。
――舐めるなよ。
彼らは俺を――ダンジョン発生という天変地異を起こした存在を甘く見ている。
国力増強のため慎重に扱おうというのならまだわかる。
だが私利私欲のためにダンジョンを利用するのであれば、容赦はしない。
はじめ、俺は言ったはずだ。
一人でも多くの方に祝福が訪れることを祈ると。
聞き逃したとは言わせない。
日本の国家元首はその言葉に従ってダンジョンを開放した。
その行いが正しかったのだと証明してやろう。
「さて」
小型転移装置によって俺はとある場所に転移してきた。
眼前に朱と碧が印象的な東洋風の城がそびえている。朝日を受けて天辺の瓦が輝くそれは、華国に設置したダンジョンだ。
「始めましょうか」
華国は今のところ自国軍によってダンジョンの攻略を進めている国だ。それ自体は他の国と大して違わない。ただしこの国の元首はダンジョンで手に入った資源を自派閥にのみ流している。国家全体に還元しようという気がない。
また自分の息がかかった者をダンジョンに送り込み、武力の増強を狙っている。
初日はこのダンジョンに砲弾をぶつけておいて、有用だと分かった途端これだ。
俺は右手を空に向かってあげた。
あらかじめフクレに伝えてある合図だ。
ここからの『芝居』を全て記録に収めてもらうための。
「人類のみなさん、こんにちは」
華国ダンジョンの前に展開している華国軍。
ダンジョンを攻略し、そして侵入者を寄せ付けないために常駐している彼らへ、俺は静かに語りかけた。
霊子の力で誰へも届き、そして言葉の意味が理解できるようにしながら。
「残念ですが、あなたたちにその恩寵は過ぎたものであったようです」
すっ……と人差し指でダンジョンを指し示す。
「一人でも多くの者に試練と祝福を。その意を介さないのであれば、返していただきます」
華国軍は混乱に陥っていた。
それでも指揮官の命一つで反射的に体を動かし、銃を構える。
彼らが選択したのは俺を侵略者とみなして排除することだった。
号令とともに一斉掃射が始まる。
降り注ぐ弾丸の雨、俺はそれを見せびらかすように宙で停止させ、反射させた。
まるで映像を逆再生するように弾丸が銃身へ戻っていき、破壊する。
細心の注意を払ったから怪我をした人間はいない。
ただ、へたり込んでしまう者が幾人か。
「今ので確信しました。やはりあなたたちに救いの手は必要ない」
はったりを効かせろ。
俺が本当に天の使いだと万人に思い知らせろ。
「神権代行」
ぱちん、と指を鳴らす。
いかにも芝居がかったその動作に合わせてダンジョンがゆらぐ。
ゆらゆらと蜃気楼のように霞みだした朱と碧の城は――
「宣言通り、接収させていただきます」
――空気に溶けるよう、消えてしまった。
まるで初めからそこに何もなかったかのように。
「……さて、この恩寵は何処へ回しましょうか」
華国軍から目を外して俺は空を見上げる。
打合せ通りならそれでカメラ目線になるはずだ。
「これを見ている全ての人類に告げます。私がみなさんに与えたのは試練であり祝福です。この先、来たるべき災厄に必要な備えです」
災厄――宇宙海賊や星海大王烏賊のような害獣が襲ってくる未来は必ずどこかで来るから、嘘をついているわけじゃない。
文明レベル0の星はそのままだと絶対に滅びる。
「この国は残念ながら、少ない人間で恩寵を独占しようとしました。それが破滅をもたらすとも知らないで。ゆえに、こうするしかなかった」
俺が願うダンジョンの姿。
それを夢想して、ここだけは本心から口を開く。
「私は一人でも多くの方にダンジョンが訪れることを……切に祈っています」
手を組み、瞳を閉じ、天に祈る。
天使然とした見た目と相まって、その光景はさぞ神秘的に映っただろう。
そんな俺を突如爆発が襲う。
華国ダンジョンの周りに配備されていた戦車がようやく駆けつけて、俺に砲弾をぶつけてきたのだ。ただそう来るのは予測していた。何せまだ中も見ていないダンジョンにぶっ放すような連中だ。
分かっていれば対処するのは容易い。
爆炎の中から無傷で姿を現した俺は手を掲げ、操霊術で戦車を掴む。そして中から人を弾き出し、全ての戦車を浮かせて団子状に固めると思い切り握りつぶした。
大空に特大の花火が上がる。
最後に良いパフォーマンスが出来たな、なんて思いながら。
「それでは人類のみなさま、ごきげんよう」
こうして俺の一世一代の『芝居』は幕を下ろしたのだった。