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ダンジョン「地球」の管理者は、人生二度目の天使さま。  作者: 伊里諏倫
間章

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芽生えの鹿サンド・上(シエル・ディ)

【連続投稿 1/2】

 ――変わり者の同族が、遥か辺境の星で開拓事業に勤しんでいるらしい。


 その噂を初めて聞いた時、有翼人種(ハーヴェン)族のシエル・ディはなんて時間の無駄なんだろうと思った。何せこの宇宙では毎日何かしらの種族が生まれては滅んでいる。その過程で進化のパターンも出尽くした。今更、見るべきものはない。

 わざわざ文明レベル1にも満たない生物の“世話”をしてやる必要がどこにあると言うのか。なるほど、それは随分と変わり者だ。


 だからすぐ、頭の中から情報を忘却したのだが、ハーヴェンには誰しも停滞期(スランプ)が存在する。悟りへ一歩近づいたがゆえ、より真理が遠くにあることを知り、瞑想しても上手く集中出来ないのだ。

 それでも結局のところ、他にすることがあるわけでもない。


 つまるところ、人生とは一生をかけた暇つぶしだ。


 暇にあぐねて苦しむのは神のごとき神族であっても変わらない。

 そんな時、シエルはふと変わり者だと言う同族のことを思い出した。


 その同族は何故、母星の外へ飛び出したのだろう。

 大抵の疑問にはすぐに答えが出せると自負していたのに、考えてみたところで、正解は見えてこなかった。そこで興味本位に、霊子通信(エーテルネットワーク)を介して「D-Live」という名のサイトを観察してみた。


 第一印象は低レベル。

 探索者と呼ばれる現地人の動きがあまりにも児戯に等しく、霊子も満足に生かせず、見ているだけで憤死しそうになった。妙なむず痒さを感じつつ、それでもしばらく観察し続けた結果、シエルの胸に一つの想いが宿る。


 それは――()()()()、という想いだった。


 自分なら、もっとこうするのに。

 自分なら、あんな見落とししないのに。

 自分なら、迅速な判断が下せるのに。


 もし自分があの場にいたら、という想像は、無聊をかこつ神族を一時慰めた。

 せっかく手にしている力も、知識も、母星にいる限り振るう機会は無い。

 果たして、自分ならどこまで行けるだろうか……。


 それは闘争心とはまったく別の、好奇心に近い心理だ。


 昔々、ハーヴェンをはじめとする四つの神族は、それぞれ二つの勢力に分かれて覇権を争った。崩神大戦と呼ばれる戦争は、付き従った下位種族の九割を族滅させ、神族自身にも甚大な被害をもたらした。

 大戦中、再利用された神族の“遺骸”は今も時折掘り起こされ、銀河を巻き込んだ事件の引き金になっている。


 その歴史は神族たちに争うことの愚かさをほとほと教え込んだ。

 第一、生命として進化しきった今、覇権を求める意味など存在しない。

 ゆえに、どの神族も母星に引きこもって、大人しく隠遁生活を送っている。シエルもまた(いたずら)に力を振り回したいとは思わない。


 そこにきて、同族が作り出したダンジョンは気楽な“腕試し”にちょうど良いように思えた。普段、何気なく開いている霊子回路を、ダンジョンという限定的な目的のために使えば、あるいは何かの刺激になるかもしれない。

 どうせ長い人生なのだから――



「……戦闘音」



 考え事に没頭していたシエルは、ふと顔を上げた。

 形の良い耳が、獣の咆哮と慌てる人間たちの息遣いを感知する。

 とはいえ珍しいことじゃない。


 何せシエルが今いるのは、「カロライナの大穴」と呼ばれるダンジョンなのだから。


 アメリカ合衆国はノースカロライナ州とサウスカロライナ州に跨って存在するこのダンジョンは、名前の通り、大地にぽっかりと空いた巨大な穴のごとき見た目をしている。外周の内側に張り巡らされた螺旋階段を降り、地下へと潜っていくことで中に入れるのだが、当初は大規模な地盤沈下が起きたのかと騒がれた。

 それも今となっては数あるダンジョンの一つに分類され、日夜、探索者たちによる賑わいを見せていた。


 時に、「カロライナの大穴」に挑む探索者たちは、地元住民から「働き蟻(ワーカー)」とも呼ばれる。暗い穴へ続々潜っていく様がそうさせたのだろう。


 さておき、シエルが今いるのは第七層。小高い丘陵が間隔を置いて広がる開放(オープン)型のフィールドだ。

 見晴らしの良い高台まで昇って、音の正体を確かめる。


 果たして、遠く向こうに節くれだった角を振り回す大柄な鹿――ジャイアントディアーと、その突進を避ける二人組の探索者を見つけた。どうやら苦戦しているらしく、防戦一方のように映る。


「…………むぅ」


 シエルは悩んだ。

 助けるか、助けないかではない。そもそもシエルは人が嫌いだ。元々好きでも嫌いでもなかったが、ダンジョンに通い始めてから、やたらと声をかけられるので鬱陶しくなってしまった。それでフードを目深に被り、ソロの探索者として活動している。


 そんなシエルは本日、まだ収穫がゼロだった。

 釣りで言えば坊主の状態。運が悪いのか、どうにもモンスターと出会えない。腹ばかりが空いて、ほんの少し苛立ちを覚えていた。


 そこに降って湧いたジャイアントディアーである。

 事前に地球人のマナーを守るよう同族(レグ・ナ)から口酸っぱく説明されたシエルは、他人が戦っているモンスターに攻撃をしかけるのが「横狩り」と言って、よくない行為だと知っている。そのうえで救助活動ならば怒られないとも。


「うん、やろう」


 迷いは一瞬。すぐに決断してなだらかな丘を滑り降りる。


 本当なら翼を広げ、ひとっ飛びで目的地まで行きたいところだが、まだ出禁になりたくない。ごろっとした岩やら、不意に空いた穴やらを軽快に避けて、最短距離を目指すこと少し。ようやく声がはっきりと聞こえる距離にまで近づいてきた。

 必然、大鹿と相対する探索者の様相もよく見える。


 年老いた二人組の男女だ。

 女の方は弓に緩く矢を番え、ジャイアントディアーを注意深く観察している。そんな彼女を守るようにして、男の方はナイフを構えながら立っていた。離れたところに放置されたリュックはかれらの持ち物だろうか。


「ラーク! 私が囮になるから、あなただけでも――」

「冗談でしょ。僕が君を追いて逃げるとでも?」

「……まぁ、あり得ないわね。罠のとこまで逃げられるかしら」

「どうかな。やらないよりはいいと思うけど」

「政治家みたいな返事」

「そこは前向きって言ってほしかったかな……」


 軽快に言葉の応酬を繰り広げながらも、かれらの顔に笑みはない。額に汗をかき、ジャイアントディアーの一挙手一投足を見つめている。


 一方のジャイアントディアーは蹄をカツカツと鳴らしていたが、ふと頭を下げ――次の瞬間、探索者たちへ向かい突進を繰り出した。


「……来るよ!」

「馬鹿、見れば分かるわ――くっ」


 果たして、突き出された角をかれらは左右に避けることで対処した。

 しかし、その際に女性は足を痛めたらしい。顔をしかめて蹲ってしまう。すぐさまジャイアントディアーが取って返し、隙だらけの獲物を刺し殺すべく、狂声を上げながら角を振るった。


「エレンッ!!」


 慌てて男が駆けより、パートナーを守ろうと抱き寄せる。

 そうしたところで犠牲者が増えるだけだというのに。


 ――まったくもって無意無価値(ナンセンス)


 シエルは溜め息を飲み込んで小さく指を動かした。



()()()()



 与えられた霊子(エーテル)の器から、最小限、必要な量だけを取り出す。

 顕現するのは小さな土のアーチだ。地面から生えたそれがジャイアントディアーの蹄に引っかかる。さりとて転ばせるには至らず、すぐにアーチごと蹴飛ばされた。しかし、僅かに時を稼ぐ。


 気がつけばシエルは小さな体躯を生かして、大鹿の角の下に潜り込んでいた。

 そのまま右足を軸にしながら半回転し、左の踵を蹴り上げる。


「しッ」

「――!!??」


 硬いブーツの底がジャイアントディアーの喉を激しく突いた。

 霊子により強化された一撃は分厚い毛皮をものともしない。その奥まで衝撃が浸透して、ジャイアントディアーがたまらず吐血する。


 シエルはフードの位置を調整しつつ、言った。


「コレ、いいよね。貰って」


 苦しみ悶えるジャイアントディアーを指差す。


「キミ、どこから――小さい……子ども?」

「質問に答えて」

「っ、ええ。悔しいけれど、私たちの手に余るみたい」

「そう。なら、遠慮なく」


 二人組の探索者は混乱しながらもはっきりと頷いた。

 シエルの言葉は端的で、あまりにも端的すぎるゆえに前後が飛んでいたが、幸いかれらにはその意思を汲み取るだけの智慧が備わっていた。



「フィ゛イイイイイ……!」



 ようやく奇襲から立ち直ったジャイアントディアーが、目を血走らせ、怒り狂って角を振り回す。だが、その時にはもうシエルの姿は遥か頭上にあった。


 頭を下に、逆さまの恰好で。

 天に左足を突き出したシエルが、重力に引かれて落ちていく。

 瞬間、そのスピードが()()した。


 職業〈天道士〉は万能職だ。どんな武器を扱ってもモンスターへ有効打を与えることができ、かつ回復・補助・攻撃を問わずあらゆる術の使用が段階的に許可される。その代わり、出力がかなり絞られていた。

 言うなれば、蛇口をちょっとしか捻れないようなものだ。いくら巨大なタンクを備えていても意味を為さない。


 あれこれ試してみた結果、シエルが行きついたのは格闘をメインにしつつ、操霊術(エーテリア)を補助で用いる戦法だった。まずもって武器を持つのは更新が面倒だし、出力不足の術では敵を倒すのに時間がかかる。

 それなら己の肉体を武器にして、その武器を強化した方がスマートだ。


(倍力――今)


 霊子を操り運動エネルギーを増加させる。

 探索者ならスキルを通して無意識に行っている御業だが、そこには発動するという意思があるだけで、実態は自動操縦(オートパイロット)と変わらない。だからシエルはスキルでなく、己の力で霊子を御する。


 本来の落下速度を大幅に超越し、大地へ向かい加速していく。

 その途上、ジャイアントディアーと激突する直前でぐるんと一回転。


 すると何が起きたか。



「――ふッ」


「ギュボ……!?」



 天高く掲げられていた踵が、ジャイアントディアーの頸椎へ勢いよく振り下ろされた。あまりの威力にズドン、と重たい音が鳴る。もはやその一撃は、巨木で押しつぶすのと何ら変わりが無かった。


 地響き、後、膝を折る大鹿。


 すぐ傍に着地したシエルは無言のまま手刀を構える。どの道放っておいても力尽きるだろうが、手早くトドメを差してやるのが人情だと。


「あっ、待って!」


 慌てて声を上げたのは年配の、女性の方の探索者だった。

 彼女は腰に下げていたポーチから金槌を取り出して、血だまりに沈むジャイアントディアーに近づいていく。


「何?」

「その子の角、折らせてくれないかしら。ジャイアントディアーは角を破壊して倒すと、戦利品(ドロップ)が増えるらしいのよ」

「……そう」


 今のところ、シエルにとって同族が用意したダンジョンは“適度に運動出来る遊び場”くらいの難易度で、あまり苦戦する要素が無い。もちろんそれは序盤だからで、奥深くへ潜っていけば変わってくるのだろうが。

 そうした事情もあって情報収集を怠っていた。


 モンスターの中には討伐時間や討伐方法によってドロップ内容が変化する種族もいて、調べ物はおろか、どのコミュニティにも所属していないシエルがそうした情報を知らないのも、ある種当然と言えた。


 さておき、断る理由もないので微かに頷く。


「好きにして」


 ダンジョンの天候はいつだって一定だ。

 晴天の風吹く丘陵地帯に、ジャイアントディアーの角が折れる音が、ぱきん――と響いた。


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