表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/90

東京ダンジョン解放宣言(浦梅進)

 2030年4月10日19時30分、首相官邸記者会見室。

 大勢の報道陣の前に(うら)()総理が姿を現した。


「本日10時、代々木公園に突如謎の建造物が出現しました。現時点で、この現象による死傷者は確認されておりません。えー、そして11時2分、自衛隊の出動を要請しまして内部の探索を行いました」


 にわかにざわめきが起き、フラッシュが瞬く。

 何人もの記者が手を上げるが、全て無視して浦梅は続ける。


「報告によると仮称『塔』の内部は異空間のようになっていた、とのことです。明らかに塔の直径よりも広大な洞窟が広がっていたとのことであります。そこで自衛隊は敵対生物と遭遇、交戦を行いました」


 交戦というワードが出た瞬間、ざわめきは怒号に変わった。


「それは自衛隊が戦闘を行ったということですか!?」

「専守防衛の理念から外れているのでは!」

「敵対生物とはいったい!?」

「そもそも自衛隊派遣は適切だったんですか!」


 それらの集中砲火を浦梅は瞑目して聞いていた。

 内心はらわたを煮え繰り返しながら。


(こいつら、いつも好き勝手言いやがって……)


 彼が総理に就任してから何度となく見てきた光景だ。

 人の話を最後まで聞かず、揚げ足を取るようなことばかりしてくるマスコミという存在が浦梅は心底嫌いだった。


 ところで浦梅は総理になる前、他の議員がマスコミからバッシングを受けるたび、いいぞもっとやれと思っていた人間である。


 因果応報。人を呪わば穴二つ。

 自分に矛先が向いた途端、都合の悪いことは忘れて憤慨していた。


 追及の手が止むまで口を閉ざし続ける。


(はい。皆さんが静かになるまで三分かかりました)


 という言葉を飲み込んで、浦梅は一言、こう切り出した。



「ゴブリンです」



 しん……と会見室が静まり返る。

 詰めかけた記者たちは一同頭に疑問符を浮かべていた。


「自衛隊員たちは塔の内部でゴブリンに遭遇しました。そして対話を試みたものの、襲いかかられて応戦したということです。報告ではゴブリンに銃火器の類は一切効かず、ただ肉弾戦でのみ打倒することが可能だったと。そして倒したゴブリンは死体を残さず消失し、戦利品のようなものを落としたと聞いています」


 会場が異様な空気に包まれていた。誰も何も口にしない。

 そのことに浦梅は気を良くする。

 ただ、それは嵐の前の静けさだった。


「ほか、未知の鉱物や植物を回収し、現在解析を進めているところです。加えて完全武装したゴブリンも確認されています。普通のゴブリンとは隔絶した強さで、何人もの隊員が犠牲になりました。ただしその戦闘で亡くなった者は、皆、塔の外で生き返っています」


 途端、音の壁が浦梅に押し寄せた。


「ふざけるな! ヨタ話を聞きに来たんじゃないんだぞ!」

「何の話をしてるんだ!?」

「真面目にやれー!」

「そもそもゴブリンって何だ!?」

「妄言で国民を煙に巻くつもりか!」


 質問というよりもはや野次の炎が燃え盛る。締め切られ酸素を求めてあえいでいた炎が、戸を開けたことで一気に爆発したようなものだ。


(うるさいな……)


 いつもの浦梅なら、こういう時にひたすら縮こまっていた。

 どうせ何を答えても悪く言われるのだから、玉虫色の回答で曖昧に濁していた。



「……妄言だと? ふざけるな!!」



 しかし今日の浦梅は一味違う。


「私は大真面目に話しているんだ。自衛隊員たちは皆、自分の命を危険に晒して任務にあたってくれた。そんな彼らの尽力を……言うに事欠いて『妄言』だと!? 立派に勤めを果たした彼らを侮辱することは、この私が許さん……!」


 ――ちなみに、浦梅自身は最初に報告を受けた時「頭大丈夫か」と思った。

 何なら今でも半分以上信じていない。


 だがそんな様子はおくびも見せず、机を叩いて怒りをアピールした。

 もう明日にでも総理を辞めてやるつもりの彼に恐れるものなどなかった。


「塔の内部と外部では通信が途絶されているが、一部記録映像が残っている。この後公開するので私が嘘の話をしているか、自ずと分かるはずだ。結論から言うと……」


 カンペを思い出して一拍開く。

 それが結果的にはちょうどいい溜めになった。



「――ダンジョンだ。あの塔は現代に出現した空想(ファンタジー)だ。常識では捉えられないあの場所を、我々はダンジョンと規定する」



 本来であればここで説明は終了するはずだった。

 官僚たちが事前に用意したカンペもここまでしか書かれていない。

 あとは質疑応答で浦梅が煮るなり焼くなり好きにされるはずだったが……。


「私が思うに、ダンジョンには未知の可能性がある。思い出していただきたい。あの『天使』は私たちに試練と祝福を与えるといった。試練とはすなわちダンジョンのことでしょう。では祝福は?」


 その時、浦梅の頭にあったのは復讐心だった。

 さんざん同僚に足を引っ張られたお返しをしてやろう。

 あの会見は首相の独断だったと後でしらを切られないよう、念入りに。


「自衛隊員たちの献身により、既にダンジョンからいくつもの発見が為されている。思うに今の停滞する日本経済を打破する鍵はかの場所にあるのではないでしょうか。そこで日本政府は、今後――」


 今から慌てふためく閣僚や官僚たちの姿が目に浮かぶ。


 あくまでしかつめらしく。

 暗い笑いが零れないよう我慢しながら、浦梅はこう宣言した。



「ダンジョンを国民に向けて解放し、自由に探索できるよう調整していく」



 のちに「東京ダンジョン解放宣言」と呼ばれる歴史の転換点。

 日本がダンジョン先進国へと突き進んでいく初めの一歩。


 まさかそれを起こした理由が、


(もう、どうにでもなーれ☆)


 という、総理の私怨によるやけっぱちだと。

 後世の歴史家で推測できた者はいなかったろう……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ