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殴る方も痛いんです。

村上を探すために、俺と清正で校内を走り回っていた。



「……っ」



暗室から出たその光景は普段の学校の雰囲気とは正反対の景色だった……


壁や床には血が飛び散り、怪我してる人の呻き声、そして恐らく…亡くなった人達が無惨にも無造作に倒れていた。



「陽介、大丈夫か?」


「あ、あぁ……」



誰かの手が震えているのが視界に入り、思わず目を逸らした。

無理やり気持ちを切り替えて、言葉を吐き出す。



「それより、村上を探そう……!」


「そやつ、村上というのか?」


「知ってるのか?」



肩に乗っている清正が村上の名前を聞くと、少し考えた様子で話した。



「あぁ…会ったことは無いのだが、確かあの信玄公に二度も戦で勝利を収めた者だと……」


「え!?村上の先祖ってあの信玄のおっさんより強いの!?」



まじかよ……あのちょっと暗い雰囲気の村上が、そんなとんでもねえ家の出身だったなんて――。


俺は少し不安になりながらも、走り続けていると

くちびとが生徒を襲っている光景が見えた。



「い……いやっ!」


「あれは…!」



そこにいたのは、芦屋さんだ。

壁に追い込まれ、腰を抜かしたのか

座り込みながらも何とか逃げようとしていた。


だが、くちびとが容赦なく刀を振り上げ芦屋に斬りかかった。



「きゃぁあぁぁ!!」


「芦屋さん!!!」



俺は叫ぶと同時に、反射的に床へ滑り込んでいた。



ズシャァッ!!



「陽介くん!?」



芦屋さんの前に飛び込むと、そのまま抱き抱えて滑り込んだ。


次の瞬間――



ギィインッ!!



鋭い金属音が背後で鳴った。


振り返るまでもなく、くちびとが振り下ろした刀が床に叩きつけられていた。

あとほんの一瞬でも遅れてたら――俺も芦屋さんも、終わってた。



「芦屋さん、無事か!?」


「う、うん…!だ、大丈夫!!それより…あれ!」



芦屋さんが指を指した先に、くちびとが刀を持ち直し、再び刀を構えて、こちらに向かってきていた。


まずいっ…また襲ってくる!


刀はギラリと光が反射し、くちびとは俺たちから目を離さず、無機質な眼差しで狙っていた。


芦屋さんに視線を向けると、彼女はまだ震えていて立てる状態ではなさそうだ。


時間がない。こうなったらーーー



「……ごめん、芦屋さん!」


「えっ!?」



俺は少し強引に、芦屋さんの身体に腕を回し、

抱き抱えた状態で一気にその場からダッシュした。



「あ、あああの、水紋くん!?私…走れるよ!」


「大丈夫。芦屋さんは掴まってて!」


「う…うん!」



すると、なぜか頬から耳の先まで真っ赤に染めながら、両手で顔を覆うように隠した。


よっぽどあいつが怖かったんだろうな…


走りながらふと振り返ってみると、幸いにも襲ってきたくちびとは足が遅く、ダッシュして余裕で逃げ切れた。


俺達は廊下の角を曲がり、急いで物陰に隠れて、

くちびとを上手く撒くことができた。



「行ったな……芦屋さん、大丈夫?」


「うん。ありがとう……でも、ちょっとびっくりしちゃって」



そっと下ろしてあげると芦屋さんは顔を真っ赤にしながら、手をモジモジさせていた。



「水紋くん……あの…ごめんね、私重かったでしょ…?」


「え、全然?むしろ軽すぎてビックリしたよ」


「ふぇ!?そ、そっかぁ…」



目を逸らしながら、照れて両手で頬を隠す姿が女の子らしく、なんか…可愛いなって思った。


……って!なんで今こんな時にドキドキしてんだ、俺。



「芦屋さんはここにいて。もし先生達が助けに来たら一緒に逃げてくれ。」


「え!でも……水紋くんは?」


「俺は…少し用事があるから先に行ってて。大丈夫!すぐに戻ってくるから。」


「あ……待って!」



俺はくちびとがいないことを確認して

廊下に出ようとした時、芦屋さんが俺の手を引いた。



「芦屋さん…どうした?」


「……気をつけてね…!」


「おう!」



そうして、芦屋さんを置いて俺は再び走り出した。



「あの子、なかなか良い子じゃないか」


「なんだよ…てか、いい加減、学ランから出てきてくんない!?」


「おぉそうだな!」



芦屋さんを助けて走り出す際、肩にいた清正は咄嗟に俺の学ランの中に隠れていた。


おかげでバレずには済んだけれど体毛がチクチクしたり、爪がシャツに食い込んで拷問かと思った。



「陽介もなかなかやるではないか!」


「……っせぇよ、バカ清正」


「いいな~若いな~」


「さっきから変な事言うな!!」



やっぱり置いてくればよかった……今さらながら心底後悔した。歩きながら清正にあれやこれやと言われ、かなりムカつく!



「……なんだ?何者かの気配が……?」


「うわ、話逸らしやがった!どうせ誰もいないだろ?」


「そんな事ないわ!我は確かにーーー」


「はいはい……ったく、いい加減集中しろ……」


「陽介!後ろ!!」


「!!」



清正の声に驚き振り向くとくちびとが

すぐ側に来ており、背後から俺を狙って

襲いかかってきたのだ。


しまった……油断した!


体制を整えようとしたが、既に遅かった。

くちびとが振りかざした刀が、俺の目の前に迫ってきていたのだ。



「くそっ!こんなところで……!」



死を覚悟して目を閉じた、まさにその時だったーー



「陽介!!!!」



ザシュッ!!



「……あれ?当たって、ない?」



目を開けると清正も俺も無事だった。

どういう事だとくちびとの方を向いた瞬間、

その光景に俺は衝撃が走った。



「ぐっ……!」



そこには俺とくちびとの間に倒れている原田がいた。



「原田!!!」



原田が…俺を、庇った?

倒れている原田は胸元をざっくり切られており、出血していた。



「しっかりしろ!!!くそっ、早く止血を……!」



俺がなにか止血するものがないかと辺りを見渡していたが、くちびとはそんなこともお構いなしに向かってきた。



「てめぇ…殺す…!!」


「うおぉぉおお!!!!」



すると、倒れていた原田が声を上げて、くちびとに正面から突進したのだ。

体当たりされたくちびとは少しよろけ、それに気づいた原田が次に、刀を奪おうとくちびとの腕を掴んだ。



「原田!!!」


「行け!!……っさっさと行かないとぶっ飛ばすぞ!!」


「!?」



助けに行こうとした俺に、原田はくちびとをどかすように道をあけた。


そして、俺のほうを見て、苦しそうになりながらも

うっすら笑っていた。それだけで、何もかもがわかった気がした。



「………っ!!」



俺は何も言わず、原田とくちびとの横を通り過ぎ、振り向くことなく走った。



くそっ!くそくそくそくそくそっ!!!!



俺は怒りと悔しさに苛まれながら、その場を離れた。



「陽介……すまぬ。我のせいだ。」


「……」



距離が離れたところで立ち止まると、

清正はガクンと頭を下げて落ち込んでいた。


多分、自分が調子に乗ってたせいで

原田が切られたのだと思っているのだろう。


でも、違うーーー



「原田を怪我させたのは俺のせいだ。」



あの時、清正が気配を感じていたのに

俺は、自分が茶化されているのが嫌で

その警告を無視していたんだ。



「………くそがっ!」



ゴンッ!!



俺は自分の不甲斐なさに苛立ち、拳を壁に叩きつけた。



「…………原田は」


「?」



「あいつは…先生だけど、だらしなくて適当な男なんだけど…いつも俺たちの味方になってくれた」



俺はポツリと原田との過去を清正に話した。



「昔…俺たちが教室で遊んでいた時、クラスの一人が誤って窓ガラスを割ったことがあったんだ。それを原田に見られて、怒られる覚悟で謝罪したら、あいつ何も言わずにその場から去って行ったんだ。」



教頭に報告に行ったのかと思い、原田のあとをこっそりついて行った。すると案の定、教頭にガラスが割れたことを報告していた。


これは長時間の説教だ……そう思って、みんなで謝りに行こうとした時、その話の内容が奇遇にも聞こえたんだ。



「あいつ、なんて言ったと思う?教室のガラス、”俺が割っちゃいました~”って教頭に言ってたんだよ。」



頭のてっぺんから足の爪先まで

カンカンに怒っている教頭に比べて、

原田は軽く笑い飛ばしていた。


そのあと、原田から反省文は書かされたけど

それっきりであとは何も追求されることなく

次の日には普通に接していた。



「それからも原田は何かしらクラスの奴らを庇ってくれて……なんやかんや良い奴だったんだよ。」


「お前の…恩人なのだな。」



恩人……そうとも言うけど、俺にとっちゃ兄のような存在だったんだ。



俺の”居場所”を作ってくれた人。そんな人を俺は何も出来ずに逃げてしまった。



『行け!!』



原田とくちびとを横切った時、ふと見えた原田の顔は…まるで全部わかってたみたいに、穏やかで…見たことの無い優しい表情だった。



バチンッ!!!



「!?」



俺は気合いを入れるために、両手で思い切り自分の頬を叩いた。



「っ!……行くぞっ。今度は……絶対、誰も死なせねぇ!」


「……おう。」



清正も何か決心した様子で、俺たちは再び歩き出した。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「あとはここだけか……」



どこを探しても村上はいなかった。残るは――体育館。



学校と体育館は渡り廊下で繋がっている。

ドクンドクンと心臓の音が聞こえるくらいの緊張感に包まれながら、俺は体育館の扉の取手に手をかけた。



「陽介…覚悟は出来てるな?」


「…………あぁっ」



ガラガラガラ!



重い扉を勢いよく開け、体育館の中を見渡した。



「………っ。」


「これは……」



体育館全体には、異様な静けさと張り詰めた空気が漂っていた。


壁際には、村上の力によって動きを封じられた生徒たちが、まるで操り人形のように突っ立ったまま動かない。誰一人、正気を保っているようには見えなかった。


そして――


床には、動かぬまま転がる複数の生徒たちの姿。

その肌は青白く、血の気が失せていて、生死の境はすでに超えているように見えて、まるで地獄の入り口のような光景だった。



「あっ、陽介くん!来てくれたんだね。待ってたよ~!」


「……村上」



声のする先にいたのは――

俺たちがずっと探していた人物、村上優馬。


けれど、それだけじゃなかった。



「た、助けてぇ!」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」



村上の足元には、かつて彼をいじめていた連中が地べたにひれ伏し、怯えきった顔で震えていた。目は涙と絶望に濡れ、言葉にならないうめき声と悲鳴が漏れている。



「うぅ……」


「見てよ!僕、自分でこいつらを倒したんだよ!案外大したことなかったね(笑)どうして1年の頃の僕はこんなクズ共にあんな怯えてたんだろ~」



村上は、まるで子供のような明るい声で笑っていた。


けれど、その足元では、いじめの主犯格の頭を容赦なく踏みつけている。



「お前……変わったな」



「ん~まぁ変わったと言えばそうなるね!僕には特別な力があるからね!」


「けれど、それは…”お前のもの”じゃない」


「………」



俺の言葉にピタッと動きを止め、まるで獲物を狙う野獣のように表情が一変した。


それと同時に、村上の魂が少しずつ変わっていた。


体育館に入ったときの村上の魂は、恐らく武将の魂の拒絶反応も関わっているのだろうけれど、喜怒哀楽の残骸が泥のように絡みつき、魂の色は濁り、揺れていた。


けれど、俺の言葉に苛立ちを感じた瞬間――それは、赤黒く、どろりとした怒りの色に染まりはじめていた。

村上の憎悪そのものが、魂を食いつぶしているかのように。




「陽介くん…何か知ってるの?」


「……」


「もしかして、その肩の変な生き物と関係してる?」


「変とはなんだ!……あっ!」



村上の挑発にまんまと引っかかった清正。

焦って口を抑えていたが、もうそれは手遅れだ。

それを見て村上が楽しそうに笑った。



「あっはは~やっぱり!もしかして、陽介くん”も”僕と一緒なの?」


「いや、俺は違う……」


「ふ~ん……でもその言い方だと、なにかしら関係してるってことだよね?ねぇ陽介くん、教えてよ。その喋るペット何者?まさか……"武将"、なんて言わないよね?(笑)」


「そんなことはどうでもいい。」



俺の事や清正が何者かを知られたところで

痛くも痒くもない。



「村上、とりあえずそこにいる奴らと奥で捕まってる生徒たちを解放してくんない?」


「……あはは!(笑)無理に決まってるじゃ~ん(笑)……僕が力を授かってからどれだけこの日のために積み重ねてきたか、分かってないでしょ?」


「……なんで笑ってられるんだよ。笑い事じゃねぇんだぞ」


「だって…陽介くんが面白いこと言うから(笑)」



ここに来るまで、戦わずに済む道をずっと考えてた。でも……いまの村上を見て、全部が甘かったって分かった。けれど、いまの村上を見て、それは無意味であることがよく分かった。



「俺さ、お前と一緒に漫画の話してた時、結構楽しかったんだ。」



俺はゆっくりと村上の方へと足を運んだ。

一歩、また一歩と慎重に。

そんな俺に対し、村上は止めずただその場に立って、

どこか懐かしそうな顔で俺を見ていた。



「あ~あの時は楽しかったよね~」


「好きな事、好きな物を楽しそうに話してさ、将来漫画家になりたいって言ってたよな。」


「へぇ~よく覚えてるね(笑)」



照れた村上の口元には笑みが浮かぶ。けれどその目の奥にあるものは、あの頃のものじゃない。



「引っ込み思案だけど、誰に対しても優しくて、いじめられてもめげないで学校に来てたお前を、俺は尊敬もしていた。」


「えぇ~なんか照れるな~(笑)」


「でもーーー」



村上の目の前まで来た俺は、ずっと握りしめていた拳を思い切り振り上げた。




「いまの“お前”は――俺の尊敬していた、お前じゃない!!!」




ドゴッ!




俺は、今日初めて人を殴った。





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