小動物は好きですか?
「すみません、善六さん……」
翌日、善六さんに来てもらい、事情を説明したあと、あの遺体を供養してもらった。
善六さんも最初は何事かと驚いていたけれど
このままでは仏様が可哀想ですね。と言って
手際よく対応してくれた。
「いえいえ、しかし……こんな姿で放っておかれたのは、きっと無念だったでしょうね。呼んでくれてありがとうございます。こちらの仏様もきっと安心しているでしょう」
「いや、俺なんて大したことしてないし……」
善六さんは一言で言うと優しさの具現化。
どんな事情があっても全て受け入れて
肯定してくれる。
小さい頃はすごく嬉しかったけれど改めて、
こう褒められると、少し照れくさいな。
「そういえば、陽介くんが話されていたその…武将という方々の事は、今やニュースにもなっておりますよ。」
「え!?まじすか?」
「えぇ。国のお偉いさん方はかなり混乱しているそうです。」
俺はスマホでネットニュースを調べてみた。
すると、善六さんの言う通り、あいつらの記事で埋め尽くされていた。
【️SNSに“武将”名乗る人物の動画拡散、識者『一種のカルト的現象か』】
【️甲冑被った屍の集団が国会議事堂を襲撃!特殊部隊出動も未だ収集つかず】
【️各地で窃盗・暴動が止まらず大混乱に】
「本当だ……昨日来たあいつらもこんな事をしてるのか?」
「さぁどうでしょうかね…しかしこのご時世、明日は我が身です。陽介くんも十分気をつけてくださいね。」
「ありがとう…」
支度を済ませた善六さんはお辞儀をして、寺を後にした。
善六を見送った俺は部屋に戻り、何となくじいちゃんの遺言書をもう一度見返していた。
『お前は、生まれた時から人とは違う不思議な力を授かっていた』
『その力を使って彼らを救ってやってくれ』
「……無茶苦茶かよ」
まじでどうすりゃいいんだよ。
あんなやばい奴らを俺一人で相手にしろと?
無理ゲーにも程があるだろ。
ベッドに横になり、呆れていると同時に、
ふと、天井を見上げて呟いた。
「……じいちゃんが生きていれば何とかなってたのかな」
生前、俺の前で元気に笑っていた
じいちゃんを思い出していた。
なんでこんなことしたんだよ。
なんかあったなら俺に話せよ。
1人で抱えるな、誰かを頼れーー
そう俺に教えたのは言ったのはじいちゃんだろ?
「はぁーーー」
俺は行き場のない苛立ちを吐き出すように、
深く息を吐いた。
握りしめた拳に爪が食い込んで痛い。
それでも、どうすることもできなかった。
ガタッ!
「!?」
なんだ?
今、何かが落ちたような音がした。
俺は急いでベッドから下りて、恐る恐る部屋の扉を開けた。
「…………」
何も聞こえない。
普段なら物が落ちた音なんて、
気にもしなかったけれど、昨日の今日だ。
何が起こってもおかしくない。
多分”あいつら”……はいなさそうだな。
けれど、何故だろうーー誰かに見られているような気配がする。
「やっぱり…昨日来た武将の誰かが入ってきたか?」
俺は足音を立てないように、押し入れの中に隠れた。
大丈夫……何も無ければいい話だ。
もしあの武将たちが来たとしてもここに
隠れていればバレない……はず。
カタンッ
「!?」
ギィ…ギィ…ギィ
なんだ?……誰かが歩いてる?
こういう時、床が古くて良かったって思う。
ギィ、と軋む音が部屋のすぐそばで響いた。
俺を探しているのか?
ガラガラ……パタンッ
ギィーーギィーーギィーー
こっちに来るーーー!?
俺は息を殺し、わずかに開いた押し入れの隙間から、外の様子をじっと伺った。
足音はすぐそこまで来ていて、壁一枚隔てた
向こう側を誰かが通り過ぎていく。
心臓の音がうるさくて、相手にも聞こえてるんじゃないかと錯覚するほどだ。
ガチャッ
入ってきた!!
ついに足音は俺の部屋の前に止まった。
取手がゆっくりと下がり、部屋のドアが開いた。
隙間から部屋の様子を見ようとしたけれど
幅が狭すぎたせいで入ってきた瞬間がよく見えなかった。
それでも侵入者は俺の部屋の中を歩き回っているようだ。
誰が入ってきたのか気になる……もう少しだけ開けてみるか?
俺は音を立てないように押し入れの戸を
ゆっくり慎重に開けようと手にかけたーーー
ガタッ!!!
「!!!」
やばいっ!!
緊張したせいで無意識に襖を引く力が強くなっていたらしく思った以上にガタンと音が鳴ってしまった。
「……そこに誰かおるのか?」
気づかれた……どうする、恐らくあっちは武器を持っている。何か対抗出来るものはーーー
俺は暗い押し入れの中で、武器になるものを探した。
もうバレているから音を出しても構わない。
急いで身を守る方法を考えないと!
「出てこい。さもなくばどうなるかーーー」
もう押し入れの前にいるな。
こうなったら……俺は急いで押し入れの中を
手探りで探し、”ある物”を手にした。
「よし……行くぞっ!」
俺は押し入れの襖に身を構え、呼吸を整えた。
大丈夫。落ち着け……ここは俺の部屋なんだ。
逃げる方法はいくらでもある。
そう自分を鼓舞した後、一気に襖を開けたーーー
「うぉぁぁぁぁあぁ!!!」
ダダダダダダダダダダダッーーー!!
俺が手にした物ーーー
それは連射機能があるエアガンだ。
中学の頃、じいちゃんに内緒で小遣いで買った俺のコレクション。
じいちゃんは刀は好きだったけど、銃はあまり好きではなかったから、昔エアガンが学校で流行って、俺がエアガンを欲しがるとあまりいい顔をしなかったのを覚えている。
まだ使えてよかった!
実弾じゃなくても多少はダメージになるだろう。
そう思い、勢いで目の前の侵入者に攻撃した。
「いだだだだ!や、やめんか!こら!」
「……は?」
俺は自分の目を疑った。
「何をするのだ!貴様、拳銃を使うなど卑怯だぞ!」
「……え……っと?」
ぽてっとした丸い体にくりくりとした黒い目。
「何をそんなに驚いておる?全く…こちとらこんな体になって動きにくいと言うのにーー」
前足は小さくて、茶色い毛並み
「なんだ?我の体になにか着いているのか?」
短い手足で身体を掻き、ちょこまかと
その場を動き回っている動物……いやーーー
「ぬいぐるみが……喋ってる……」
そこには小さい体で必死に喋るマーモットの
ぬいぐるみが立っていた。
「ん?あぁ、これか!これには訳があってーー」
ぬいぐるみは何か話していたけれど、
俺はリアル寄りに作られたぬいぐるみに
目が離れなかった。
そして考えることを諦めて、エアガンを床に置いた。
「…………」
「おいなんか言ったらーーぐへっ!!」
小さい体で威嚇するそいつの首根っこを
無言で鷲掴みし、近くでまじまじと
フォルムを見渡した。
「は、離せ!!!我を誰だと思っておる!」
「……かわいい……」
「な、何を言ってる!?あとなんだその目は……!!!」
「かわいい……」
「話を聞けえぇえぇえええ!!!」
俺は、ジタバタしている手元の小動物に
しばらく癒された。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「全く……酷い目にあった。」
俺の癒しタイムが落ち着いたところで、
こいつを座布団の上に座らせた。
……毛繕いしている
短い手足でクシクシと頭を掻いているところが
またかわいい……。てか、見覚えあると思ったら
このマーモット、じいちゃんと動物園に行った時に
買ってもらったお土産のぬいぐるみじゃね?
懐かしいな。まさかこんな形で見ることになるとは
思わなかった。
「で、マーモットはなんでここにいるんだ?
あとなんで喋れるんだ。」
「なんだそのまぁ〜もっと?とやらは。我はそんな名ではないぞ。」
「じゃあ誰なんだ?」
すると、マーモットは座布団の上に立ち上がり、
小さな胸をふんっと突き出し、ドヤ顔で自分の名前を名乗った。
「我は加藤清正!豊臣秀吉公に仕えし武将にして、肥後国の大名なり!」
「…………はい?」
堂々と立ち尽くす姿は、どう見たってただのマーモットだろ
あ、でも喋ってる時点でただの小動物ではないのか。
それに、加藤清正って……聞いたことあるような…ないような……
「なんだその反応は?我を知らないのか?」
「いや、ちょっとあんまり頭の整理が追いつかなくて」
「ふん、まぁいい。ところでお前、確か……陽介と申したな?」
「え、俺、あんたに自己紹介した覚えないけど?」
「昨日名乗ったではないか!我らの前で」
我らの前で……あっ!
もしかしてあの時いた武将の1人か!
人数が多かったから気が付かなかったわ……
ん?ちょっと待てよ?
「武将なのになんでこんな姿になってるんだ?」
確か遺言書だと、子孫の身体に乗り移るんじゃないっけ?
それに、昨日来たのであれば、だったはず……でも今俺の目の前にいるのは人間じゃなくてマーモット…どういうことだ?
するとマーモットこと、加藤清正が首を傾げて話しかけてきた。
「覚えてないか?あの時、お前に襲いかかろうとしたところ、そばにいた謙信殿に斬られてしまった武将ーーあれは我だ。」
「えぇ!?あの暴走した人がこのマーモット!?」
「だれが、まあ〜もっとだ!!!」
まじか。あれが……これになったのか。
あまりのギャップに言葉を失った。
けれど、清正はそんなのはお構いなしに
勝手に自分の話をし始めた。
「しかし、さすが謙信殿。見事な刀さばきだったな……暴走していたとはいえ、もし正常な我でもぎりぎり防ぐのでやっとだっただろうな。」
うんうん、と頷いている清正に
俺はまたふと疑問がよぎった。
「……そういえば暴走していないよな。なんで今は普通なんだ?」
あの時のことはよく覚えている
目は見開き、焦点が合わず、
ユラユラと身体を揺らしながら
おもむろに刀を振りかざして
襲ってきたあの時をーー
俺に向かってく来た時、
理性の欠片も感じられなかったのに
今の清正はあの時の様子は一切感じられない
むしろ、こんなに陽気だったのかと少し気が抜けた。
「今の我の身体には魂が1つしかないからな。
暴走の原因も恐らく子孫の魂が
最後の拒絶反応のせいと思われる。」
「拒絶反応?」
「あぁ…」
清正はよいしょと座布団に座り、
難しそうな顔で語り始めた。
「我が転生したのは子孫の身体。
ひとつの身体に2つの魂が入っているのだ。
例え血を引き継いだ我の子孫とはいえ、
相性というものがある。
魂の力……つまり意識の強さといえば良いか。
その力が圧倒的に我の方が強かったからか、
子孫の魂はみるみる侵食されていってな。
その時、消滅を恐れた子孫が最後の抵抗で
身体を暴走させたのだろう。」
「……」
清正の話に俺は少し恐怖を感じたのと、
身体を乗っ取られて消滅していった
その人の最後に胸が痛んだ。
俺のじいちゃんのせいで……今を生きている人達の魂がなくなってしまう。
何も出来ず、力で負け、そして消える
そんなの誰だって嫌に決まってるだろう。
「俺に……力があれば」
「何を言っておる。」
「は?」
「お前、魂が視えているだろ?」
核心を貫いたかのように清正は指を指してきた。
俺はそれに対して、ただ動揺するしかなかった。
「な、なにを言って…」
「いいや、お前は視えているはずだ。我にはわかる。」
「なんでそんなこと……」
「お主、あの時我らの胸の辺りをチラチラと視ていただろう?まるで”そこに何かがある”かのようにな」
「…………」
俺、そんなに分かりやすかったんだ。
でも知られてしまったし、
ここにはこいつしかいない。
仕方ないかーーー
「……確かにあんたの言う通り、視えて”は”いた」
「”は”とは?」
「俺の魂が視えるのは”常に”じゃないんだ。
視えるには条件があって……なんて言うかな。」
俺は机にあった紙とペンを使いながら
清正に説明した。
「俺の魂が視える条件はこうだ。」
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①相手が怒ったり、泣いたりして、
気持ちが高ぶっていること。
②犯罪者とかこれから犯罪を犯す人達が居ること
(ニュースで時々視えていた)
③亡くなる手前、もしくは、亡くなった時
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「なるほど…だから通常は視えないということか。」
「そういうこと。ちなみにその感情や状況次第で色も変わってくるんだよ。例えば①の時は赤黒い火の玉ほような見た目みたいなーーー」
「うむ…でも我々がお前に初めて出会った時はこの中に該当するものは恐らく無かったはずだぞ?あったとしても我が暴走した時くらいか。」
「あぁ……それなんだけど、
実は俺もなんであの時見えたのか
わかんないんだよな。」
おっさん達が初めてここに来た時に驚いた。
俺が今まで視た事のない色と魂だったんだ。
何色にも混ぜて濁らせたような色…
どうやったらあんな色になるのか不思議で仕方なかった。
「あ、そういえばあの人もやばかったな」
「誰のことだ?」
「あ、いや……こっちの話。」
おっさん達が来る前に寺に現れた
あの甲冑を着た男の人……
『お主が我を蘇らせた者か』
あの人の色はーーー
「陽介、どうした?顔色が悪いぞ?」
気がつくと、俺の膝に前足を置いて
こちらの顔を覗いてきた。
心配してくれるんだ……暴走しなければ
結構良い奴なんだと思った。
「なんでもない。あ、俺が魂を視える事は誰にも言うなよ?」
「別に構わないが、何故だ?話したところで減るものでもないだろう?」
そういう問題じゃないんだよなぁ…。
この”視える”力のせいで、昔トラブルになったことがあるから、なるべく普段も視ないようにしていた。
それに、この力……他の武将たちに知られたら
何をされるか分からない。
こいつには話してしまったけど、
今のところ害はなさそうだし、
秘密にするようにって釘を指しておけばいいだろう。
「男には知られたくない秘密もあるんすよ。」
「ほぉ…そういうものか。まぁ、いいだろう!
しばらくここに世話になるし、長い付き合いになるからな!」
「そうそう……は!?」
いやいやいや、聞いてない!
そもそも何勝手に住もうとしてるんだよ!
呑気に座布団に寝転がる清正に
俺はまた首根っこを掴んだ。
「おい!だからその掴み方をやめろ!!」
「俺はここであんたの世話をするつもりはない!話が終わったから帰れ!」
「なんだと!?どこに帰れと!この体になってしまっては帰る場所などないぞ!」
「テキトーな広場で穴掘って住めばいいだろ!」
「断る!!」
帰れ帰らないの攻防は小一時間続き、
お互い疲れて息を切らしていると
清正がこれでもかと俺を煽ってきた。
「そもそもいいのか?もしここを追い出したら、この姿で思い切り叫んでやる!お主も道ずれにして、大混乱を起こすことだってできるぞ!」
「うっ!」
こいつ……っ!
俺が面倒事を嫌いなのを知ってて脅してるのか?
でも確かに……寺で騒ぎを起こされても困るっーー
それにあまり目立った行動はしたくない……
「ほれほれ〜どうだ?ここに我を住まわせてくれるのならばお主の力にもなるぞ?」
「〜〜〜っ」
さっきまで可愛かったマーモットが
急に憎たらしくなってきたっ!
でも……確かに、1人であいつらの相手をするよりは、こいつがいれば武将たちの情報を色々聞き出して、
何かしらの解決策が出てくるか?
未だに煽ってくる清正の前で
数分悩んだ末、俺の出した答えはーーー
「分かった……ここにいてもいい。」
清正をここに住まわせること。
「ただし!お前は俺の家に”居候”という立場なんだから、俺の言うことはしっかり聞くように!いいな?」
「うむ……まぁいいだろう!よろしく頼むぞ!」
こうしてマーモットのぬいぐるみに憑依した
清正との不思議な同居生活が決まったのだ。
「そうと決まれば、祝い酒だ!
陽介!何かないか?」
「だから俺は酒は飲まねぇよ!!!」
これからこの家も少し賑やかになるかな。
そう思っていたが、この先、とんでもない事件に
巻き込まれることを、この時の俺はまだ知らないーーー