酒は20歳になってから。
遺言書を読み終えた俺は、再びおっさん達のいる倉庫へ戻った。
戸を開けると、何処から持ってきたのかしらんけどテーブルには一升瓶やビールの缶が大量に置かれていて、それらを水のようにがぶがぶ飲んではガハハとでかい声で笑い楽しんでいた。
こいつら……呑気に酒なんて飲みやがって…っ!
こっちはじいちゃんの意味わかんない遺言書で頭を抱えてるっつーのに。
「おう陽介!こちらに来て1杯どうじゃ?」
「いや俺未成年なんで」
「ほう?お主いくつじゃ?」
「16ですが……」
「なんじゃ!飲める歳ではないか!」
※当時は15歳になると成人として認められていた。
「いや、今の時代は飲めねぇんだよ」
「なんと!?そうなのか〜せっかく酒を交えて語ろうと思うとったのに……」
あからさまに残念そうな顔するなよ。
なんか俺が感じ悪いやつって思われるじゃん。
はぁぁと深くため息を着くと、そばに居た謙信が口を開いた。
「随分憔悴されていますね…何かありましたか?」
「あぁ…じいちゃんの遺言書を見たんだよ。そしたらあんたらの事が書かれていたよ。」
「ほう…?」
その時、あんなにドンチャンしていた武将たちが全員俺の方を一斉に見てきた。
その視線は何かを期待するかの様な、こちらの様子を伺っている様なそんな気がした。
「で……おじい様はなんと?」
「あ、えっと……」
危ねぇ…急に態度が変わるからビビって固まってた。
俺はじいちゃんの遺言書の内容をおっさん達に全て話した。
俺が話している間も武将達はずっと黙ったまま、俺から目線を離さずに聞いていた。
「ーーーーというわけで、あんたらが暴走したらじいちゃんの代わりに、俺があんたらの魂鎮める…まぁ言い換えれば魂を消すってことになった訳なんだけど…」
「……なるほど。つまりこういうことですか——
我々は、あなたのおじい様の術によって時を
越え、蘇えることが出来たが、実はその術には代償がある。
術者がこの世を去ったことで、我らの魂は今や不安定となり、いずれこの時代を壊しかねぬ“暴走”を起こす危険がある……。
それを防げる唯一の存在が、陽介くん——
術者の血を継ぎ、我らを“鎮める”ことができる、最後の要というわけですね?」
「まぁ…そんな感じだな。」
先に口を開いたのは謙信だった。
さすが頭の回転が早いな。
俺のざっくりとした説明でもすぐに理解したようだった。
「これは……少し厄介な事になりましたね。」
「鎮めるというのは、お主は我々を再び天上へ還すということか?」
「えっと…た、多分。」
すると、他の武将達がザワザワと内輪で話し始めた。
そりゃそうか…せっかく転生したのに俺に鎮られるんだから。
「ま、まぁ本当に俺なんかが出来るか分かんねぇし、みんなそんな気にしないでーーー」
「じゃあ……あんたが消えれば俺たちはこのまま残れるのか?」
「え?今なんてーー」
突然、1人の男が立ち上がって俺を睨んだ。
なんだこいつ……酔っ払っているのかと思ったけど、
多分、”あの様子”は違う。
血走った目、震えが止まらない手、歪んだ表情……嫌な予感がした俺は少し警戒しながらその男の様子を伺った。
「俺はここにいたい。またあの世に行きたくない…っ」
「ちょ、落ち着けよ!まだ俺にそんな力があるなんて確証はーーー」
「うるせぇ…うるせぇうるせえぇえぇええ!!!」
次の瞬間、逆上した男が刀を手にして俺に向かって斬りかかってきたのだ。
「え、ちょ…!」
「キィエェェェエェエ!!!!!」
嘘だろ!?
襲いかかってくる武将に対して
警戒していたのに恐怖で身体が強ばり、
その場から動けなくなっていた。
やばいやばいやばい!
俺は咄嗟に目を閉じ、無意識に両腕で顔をガードした。
もちろん意味は無い。男は俺の方へ一気に近付き、
発狂しながら刀を振りかざした。
終わった……さらば俺の人生
「いけませんねーーー」
その時、穏やかな声と共に一瞬、空気が張り詰めた。
防御する腕の間から僅かに見えた謙信の背中ーーー
すると俺は軽くトンッと押されて
そのまま後ろに尻もちをついてしまった。
そのあとは何が起きたのか俺には分からなかった。
キィィィン…!
「!?」
音に反応して上を見ると、そこに映っていたのは武将の刀が宙を舞う姿だった。
それがどうしてそうなったのか、説明が出来ない。いや、出来るわけない。
カチン
そして、謙信はいつの間にか刀を手にし、そしてそれを納めていた。
静かな納刀の音が、やけに大きく響くと思った瞬間ーー!
ズバッッッ!
武将の胸元が、真一文字に裂けた。
斬られたことすら理解できなかったのか、
男は一歩後ろへふらつく。
「…………あ?」
遅れて、血がにじむ。
一拍遅れの痛みに、武将は顔を歪めて膝をついた。
「少し落ち着いていただきましょうか」
謙信は何事もなかったかのように、静かにそう言った。
その顔には怒りも焦りもない。ただ、冷たい静寂があった。
「……」
なにが…起こった?
見ていたはずなのに、全てが早すぎて分からなかった。
俺が唖然としていると、謙信が爽やかな顔で振り返り、笑顔で手を差し伸べてきた。
「大丈夫ですか?陽介くん」
「え!あぁ……」
謙信の手を取り立ち上がると、謙信の背後で倒れている武将が視線に入った。
「………」
切られた傷口からドクドクと血が流れ出ていた。
辛うじて息はしているけれど…もう助からないだろう。
「すみません。君には少し刺激が強かったですね…」
「あ、いや…大丈夫っす。」
「陽介!大丈夫か!」
慌てた様子で信玄のおっさんが駆け寄ってきた。
ほかの武将達もざわざわと何が騒いでいるようだった。恐らく、切られた人の様子を見て察したのだろう。
「うむ……これが”魂の暴走”か」
「そう…みたいだな。」
まさか、こんなに早く暴走するとは思いもしなかった。謙信が庇ってくれなきゃ、俺はとっくに死んでいたんだ……襲われた余韻でか、少し手が震える。
「どうやらこの暴走は個人差があるようですね。今のところ我々の身体に異変は起きていませんから。」
俺はまだ襲われたことにダメージ受けてんのに、こいつらは切り替えが早いな…でもそれもそうか、こいつらはこういうのに”慣れている”奴らだったな。
「とは言え、いつどこで暴走するか分からないのが難ですね……。いまの状況では正確な判断が出来ないので我々の方でも調べる必要があります。」
「そうじゃな。よし、お主ら!お開きじゃ!」
「え!?」
信玄を筆頭にほかの武将たちがぞろぞろと
立ち上がり、出口の方へと進んで行った。
帰るって概念があったんだな。
居座られても困るし助かった…
外に出るとすっかり夕方の空になっていた。
「陽介!世話になったの!またどこかで会おうぞ!達者でな!」
「お、おう…」
そう言い残し、信玄はまたガハハと笑いながら寺を後にした。
ただひたすら、勢いで行動するおっさんだったな。
まぁ…たまに相手してやってもいいかーーー
「陽介くん。」
他の武将達が寺から出ていく中、
謙信だけが俺の背後に残っていた。
「うぉ!?……なんすか?」
「いや、君に聞きたいことがあってね」
「聞きたいこと?」
なんだろう、あらたまってーー
夕焼け空が、不気味なほど濃く赤く染まっていた。
さっきまで賑やかだった境内も、今は謙信と俺だけ。
静まり返った空気が妙に耳に残る。
「君、何か”視えている”のかい?」
「!!」
なんでそのことを……?
まだ俺の霊感について一度も
言っていないはずなのにーーー
謙信は少しだけ口元を緩めていたが、
その目は笑っていなかった。
まるで、試すような、探るような
そんな瞳をしていた。
「失礼。確証もないのに突然こんなこと
言われても困りますよね。」
「あ、いや別に隠してないからいいっすよ。
確かに俺は小さい頃から幽霊が視えていて、
よくじいちゃんに塩とかお札を持たされてました。
でも今日は”いない”のによく俺に霊感があるって分かりましたね!」
「まぁ、男の勘というものですよ。……しかし、あれはきっと”それ”ではないようなーーー」
「??」
謙信は視線を逸らし、顎に手を当てて
何か考え始めた。普通に答えただけなんだけど、
俺、なんか変な事言ったか?
「あ、あの大丈夫ですか?」
難しそうな顔をしていた謙信だったが、
すぐにコロッと表情を変えて
もとの穏やかな表情にもどっていた。
「……えぇ、問題ありません。では、私もそろそろこれでーー」
謙信は去り際、俺の肩にポンッと手を置き
耳元に話しかけてきた。
「どうぞ、ご武運をーー」
そう言い残し、謙信はそのまま爽やかに
その場から去っていった。
結局、何が言いたかったんだ?
武将の考えてる事は俺にはさっぱり分かんないな。
「さ〜て、倉庫の片付けーーーあっ!!!」
俺は急いで倉庫に戻り、戸を開けた。
そこには飲んだまま持ち帰らなかった
酒の缶や瓶の他にもう一つ……
「すっかり……忘れてた……」
先程、謙信に切られた武将の遺体を
目の前に俺は絶句したのだったーーー