伝えたかった想い。
どうして、こんな事になった。
「なんと!貴方様が犠牲になりましたか~!かっかっかっこれは素晴らしい!」
いつまでも狂い笑う寛仁は、
俺を庇って刺された長政を賞賛した。
「陽介くん……無事でよかったよ」
左胸を刺され、血に濡れた手で床を支えながら、膝をつく長政は俺の無事を喜び、優しく微笑んだ。
……なんで、笑ってんだよ。
刺されてんだぞ…?血が出てるんだぞ?
「なんともお優しく、そして勇敢なお方だ!……しかし~、そろそろどいて貰えるかね?」
ズブッ
寛仁は小刀を握るとそれを、何の躊躇もなく強引に引っこ抜いた。
肉を抉ったような音がはっきりと耳に残り、思わず嗚咽した。
「くっ……」
小刀を抜かれた事で、塞がっていた傷が開き、
大量の血が長政の左胸から流れ出ていた。
そして、そのまま俺の方へ倒れてきた。
「長政っ!!!」
その時、ずっと術で拘束されていた俺の身体が動けるようになっていた。驚きつつも、倒れてくる長政をギリギリで受け止めた。
力なく寄りかかる長政の身体はズシンと重く、呼吸も浅くなっていた。
「長政……長政!しっかりしろよ!!」
「あぁ、大…丈夫だ」
辛うじて返事はしたものの、背中に回した俺の手には、長政の生暖かい血がべったりと付着していた。
「……っ止血するから、待ってろ!」
長政を地面に寝かせる余裕なんてなかった俺は、急いで服を引き裂き、血が噴き出す左胸を必死に押さえた。
止まれ、止まれ……止まれっ!!!
けれど、俺の願いとは反対に押さえている手の隙間から、溢れてきていた。
「無駄だぞ、その方はもうーー」
「うるせぇ!黙れよ!もうどっか行け、クソじじぃ!!!」
「くくくくっ、そうやって感情で動くところも変わらんなぁ。……だから救えなかったのだ」
さっきまで笑っていた寛仁が突然、魂が抜けたように感情が消え、俺の顔を覗くように一気に接近してきた。
「お前が呪符を解除できていれば、代わりに犠牲となっておれば、真っ先に私を殺しておれば、誰も死なずに済んだのだ。全てはお前のせいでこうなったのだぁぁぁ!!!」
『お前のせい』その言葉が俺に重くのしかかった。
ふと、横に視線を傾ければ倒れている清正。
目の前には血が止まらず俺に抱えられてる長政。
”また”俺はーー
ボロボロボロボロ…
気が付くと俺の目からは涙が流れ落ちていた。
「あ~可哀想に、こんな大粒の涙を流して……だが、これはお前が招いたことだ。」
もう何も考えられなかった。
頭がボーッとして、涙もずっと止まらない。
寛仁は動かなくなった俺を見て、再び小刀を振り上げた。
「お前は誰一人救えぬまま、その罪を抱えて……死ね!」
ズシャーッ
その時、何かが斬れる音がした。
「……な、に?」
小刀を振り上げた寛仁は何故か動かず、
目を見開いて驚いている。
そしてカタカタと全身が震えだし、
気が付くと寛仁の足元からはゆっくりと血が広がっていた。
「くだらん」
ドサッ
倒れた寛仁の向こうには、いつの間にか信長が立っていた。握られた刀には、寛仁の血がべったりと絡みついている。
「お前の執着なんぞ興味が無い。勝手に嫉妬して勝手にくたばってろ。」
「の、ぶなが……さま」
その言葉を最後に、信長の刀が心臓目掛けて、
寛仁は、それきり動かなくなった。
そして、今度は俺の方へ視線を向けてきた。
あぁ…次は俺の番か
抵抗する気力もなく、ただ自分に死の順番がきたのだと悟った。
「……興ざめだ。」
けれど、信長は俺を攻撃することなく、
むしろつまらなそうに俺に背を向けた。
殺されなかった……なんで。
なんで、俺を生かすんだよ。
「おい、小僧」
突然、呼ばれて肩がビクッと跳ね上がる。
信長は一度もこちらを振り返らず、
背中越しに、突き放すような声を落とした。
「今回は邪魔が入ったが次は必ずお前を討つ。それまでは勝手に死ぬことは許さん。」
それだけ言い残すと、信長の姿は一瞬で掻き消え、俺と長政、そして清正がその場に取り残された。
「陽介ー!!!」
すると、今まで隠れていた武流とスタッフの人達がこっちに向かって走ってきた。
長政と清正の状態を見て、みんな目を見開いて動揺していた。
「長政、大丈夫か!?……って清正まで……」
駆けつけた武流が声を上げる。
そして、1人のスタッフが長政の首元に指を置き、
脈を確認する。
「……まだ意識がある。誰か救急車を!それまでは一旦ここに寝かせよう。」
スタッフ3人がかりで俺と長政を引き離し、
傷口を押さえながら俺の隣へそっと置いた。
その時、長政の手が俺の指先に触れた。
それは氷のように冷たく、温もりはもう残っていない。
「……」
「陽介くん、大丈夫かい?…陽介くん?」
「おい、こっちはどうしたんだ?」
大人たちがなにか話している。
けれど、上手く聞こえない。
俺は言葉を話すことも、声を聞くのも、
気が付くと無意識にシャットアウトしていた。
長政と清正が俺のせいで死ぬ。
どうして、どうして……俺が生きてるんだ。
『お前は誰一人救えぬ』
寛仁の言葉が何度も頭の中で繰り返し響く。
こんなことになるなら、初めから俺はーー
「陽介…くん」
「!!」
絶望の縁にいた時、隣にいた長政が
俺の手を弱々しく握ってきた。
「陽介くん、あの男の言葉を、信じちゃ…いけないよ。きみは悪くない…良く、頑張って戦ってくれた。」
「長政……違うっ違うんだ!俺のせいで…俺が油断したから、長政と清正がっ」
「いいや、こうなったのは…わたしの意思で、やったこと。きみの、せいじゃない。それに……清正殿は、まだ生きているよ」
「え……?」
バッと後ろを振り向くと、傷口を布で固定されて、武流に抱き抱えられた清正がいた。
「息もしてるし、傷もそこまで深くなさそうだぞ!」
気絶して寝ている清正をそっと触れた。
それはまだ温かく、胸の方に指を置くと
小さくてトトトッと早い心拍が指先に伝わった。
「清正…良かった、本当に……良かったっ」
清正が生きていることに安心して、また涙が流れた。こんなところ、清正が起きてたら泣くなって言われるんだろうな。
「陽介くん……少し、話がしたい」
「!!」
長政の呼吸は荒く、言葉を紡ぐたびに胸が小さく上下していた。
それでも、その目だけはまっすぐに俺を見ていた。
「……きみの力で、わたしの魂を……還しては、くれないか」
「え……」
突然の事で俺は動揺した。
俺の力を…長政に?
「私は、君のおじいさんのおかげで……生きれた。だから、今度は君が、浄土へ…連れて行ってくれないかい?」
「でも……そんな事したら長政はっ!」
「いいんだ、もう……わたしは、助からない」
ゲホゲホっと咳き込む長政の口からは
大量の血が出てきていた。
分かってはいるけれど、認めたくない。
「陽介くん、きみは…優しい子だ。自分を……あまり、責めすぎず…大事にして欲しい。そして……心を貫いてくれ。」
「でも、俺は……」
「大丈夫。君には、仲間がいる。不安な時は、みんなが支えてくれる。だから……1人に、なろうとしないでくれ。」
喉の奥が詰まって、返事が出来なかった。
それでも、長政は優しく笑っていた。
そして今度は近くにいた武流の方へ顔を向ける。
「武流くん…君といた時間は、とても、楽しかった。君といると、弟を思い出して、懐かしかった……ありがとう」
「……っながまざ!いやだ、まだ死ぬなよ!頼むがら、生ぎてくれよ!!」
嗚咽しながら、武流も涙を流して長政に何度も声をかける。
周囲にいた人達も、長政を囲うように立ち、
何人かのすすり泣く声が響き渡っていた。
「長政…様」
スタッフたちの向こうから、天月さんが姿を現した。
その足取りはあまりに静かで、伏せられた瞳は
一度も上がらず、その歩みは迷うように何度も止まりかけていた。
長政はその声に反応するように、俺ではなく、
向かいから歩いてきた天月さんの方へと顔を向けた。
「……イチ。」
すでに長政は限界だ。
意識が朦朧として、視界も良く見えていないのだろう。
ただ、その声だけはしっかりと聞こえ、かすれる声で”妻”の名前を呼んだ。
「また、君を……置いてけぼりに、してしまうな。」
「長政様……わたしはーー」
「言わなくても、いい」
2人にしか分からない会話が続いていた。
天月さんは戦国武将の長政のことは
知らないはずなのに、
その表情はどこか懐かしそうに
そして切なく長政を見つめていた。
「あの時……皆を救うには、あれしか……なかった。寂しい思いをさせて、すまない。けれど、君と子供たちには……生きてほしかったんだ。」
「分かってます…分かってますともっ」
涙を堪えながら、震える声で答える。
すると長政が少ない力で手を上げ、
妻を探す仕草をしていた。
その手を天月さんが取ると長政は安心したかのように微笑み、大丈夫と優しく声をかけた。
「イチ、き、みに……伝え、たいことが…ある。」
どんどん片言になっていく。
もうすぐ死ぬ運命でも、どうかもう少しだけ
長政に時間をくださいと俺には祈ることしかできなかった。
「きみと……は、せい略結婚……だった、けれど……
ともに過ごした、時間……は、とて、も幸せ……だった。
この世で……誰、よりも……イチ……愛して、る。
き……は……わたし、と過ごして……
しあ……わせ……だ…た、かい?」
『ところでさ、会いに行くのはいいけど、会ったら何がしたいんだ?』
武流が何となく聞いていたあの質問。
あの時ははぐらかされたけれど、
長政はこれを伝えたかったんだ。
それを聞いた天月さんは長政の手を握り、
そのまま頬にあてた。
「ずっと……お慕い申しておりました。」
我慢していた涙が溢れたその先で、
天月さんは長政にだけ向けて微笑んだ。
それは、俺が今までテレビで見てきた
どんな笑顔とも違っていた。
女優という立場も、名誉も、すべてを脱ぎ捨てた――
”ひとりの妻”の、最初で最後の笑顔だった。
「あぁ……よか、た」
その言葉を聞いて嬉しそうに笑う長政の胸に
俺はそっと手を置いた。
『きみの力で、わたしの魂を……還しては、くれないか』
身体が……冷たい。
この力を使えば、長政は――もう、この世には戻れない。けれど、今ここで魂を還さなければ、俺は一生後悔する。
意を決して、震える指に力を込めた。
「ーー還魂ノ…言」
青白い光は長政の身体を優しく包み込んだ。
そしてスーッと白い霧のようなものが
胸の辺りから抜けていくのが見えた。
「ありがとう……」
その一言を最後に、長政は息を引き取った。




