強すぎるだろ!?
「ひとつ聞きたい。なぜ彼の力の存在を知った?」
緊迫した空気の中、長政が信長に問いかけた。
「単純だ。”この目で見たから”…と言えばいいか?」
信長の返答に俺は違和感を覚える。
見ていた?
本当に――“それだけ”か?
もしそうだとしたら、なんであいつは
力を使っていたあの時、俺を殺さなかった……?
「なかなか厄介な力を持っているな小僧。」
それにもう一つ…もし、近くにいたとしたら
俺の数珠が反応していたはずだ。
東京に来てから2日間、数珠が反応したのは
ここにいる長政と出会った時だけーー
「何を馬鹿な…あなたのような気配丸出しの者が
こんなところに現れれば、戦闘中だろうと誰だって気がつく。見え透いた嘘をつくな。」
長政も同じ意見だったみたいで、
俺の代わりに反論していた。
けれど信長はそれを鼻で笑って小声で呟いた。
「くだらぬ…勝手に嘘呼ばわりしておけばいい。それより、俺からも聞きたいことがある。浅井、なぜお前が生きている。お前のところには符鬼を送り込んでいたはずだが?」
符鬼?なんの事だ?
それと長政が生きていることになにか
関係があるのかと疑問に思っていると、
長政が話し出した。
「やはりあれはあなたの仕業だったか。あの巨体は動きが遅かったおかげで、簡単に倒して呪符も燃やしましたよ。あなたが送る使者としては随分弱かったですがね?」
長政の話から察するに、符鬼とは昨日現れた
呪符付きのくちびとのことらしい。
にしても、長政が何時にもなくちょっと強気なような…
「アレはお前と同等の力を持っていたからな。勝って当然だろ?自分よりも強くなく、弱くもない。まぁ負けないだけ褒めてやろうか?」
あっちはあっちでさらに煽り返してきている。
二人の間に見えない火花が飛び散っているようだった。
「…もう一つ。もし俺が止めなければ、
彼をどうするつもりだったんだ。」
「先程も言ったろう。お前が邪魔しようがしまいが、殺すと。」
ニヤッと笑うその姿に、背筋がゾクッとなる。
その視線は、まるで猛獣のように目の前の獲物を
じっくり狙っていた。
そばに居る清正もずっと黙って毛を逆立てて
威嚇をしている。
「……そうか。やはりあなたはここで息の根を止めるしかないな。」
刀を握りしめ、深呼吸をする長政。
「長政!……気をつけろよ」
「あぁ、これが終わったらまた皆で語ろう!」
ニコッといつものように優しく笑った。
大丈夫、あいつは強い。だからきっと大丈夫。
そう自分の気持ちを落ち着かせて長政の背中を見守った。
「……行くぞ」
長政が一歩踏み込んだ瞬間、地面に伸びた影が
まるで意思をもったかのように波打つように揺れた。
対面にいた信長が突然、背後から気配を感じ
振り返ると、そこには“もう一人の長政”がゆらりと現れた。
「……」
背後から迫る長政の攻撃を受け止めようと刀を振り向けた瞬間ーーー
「影破・金ヶ崎ノ先陣!!」
正面にいた長政の斬撃が一直線に飛び込み、一気に仕掛けた。
挟み撃ちにされた信長は少し体制が崩れているようだ。
これならいける!
俺は期待を胸に長政を応援した。
けれどーーー
ギィィィンッ
「え!?」
嘘…だろ?
不利な状況だったはずなのに長政の攻撃が
あっさりと防がれてしまった。
それどころか、背後にいた長政の胸元には
どこから出てきたのか分からない小刀が刺さっていた。
「いつの間に…!」
「あやつ、懐に小刀を仕込ませておったな。背後からの攻撃を気配だけで察知して投げよった…」
清正の説明に俺は驚愕した。
つまり後ろを見ずに感覚で投げたってことかよ…
小刀が触れた瞬間、長政の身体がざらりと
砂のように崩れ落ち、消えてしまった。
「未練がましいな、長政。金ヶ崎の戦いがそんなにも悔しかったのか?」
「黙れっ!」
ギィンッ! ガキィンッ! キィィンッ!
二人の刀が火花を散らしてぶつかり合う。
長政の方が何度も攻めているようだけれど
それを容易く振り払い、むしろ笑っているように見えた。
「青刃布告…」
交戦中、長政が静かに技を言うと、刃に薄い青い光が走った。
こぽっ……
すると、微かに水が零れるような音が聞こえ、
周囲を見渡すと周囲にある建物や車の影が次々と”歪んでいた”。
まるで波打つ水のようにゆっくり動き、影はぐにゃりと形を変えながら伸びていく。
徐々に輪郭を帯び──肩、腕、刀の線までもが浮かび上がり、複数体の長政が完成されていた。
「また影か…」
ガキィィィン!
ぶつかり合っていた刀が離れて再び距離ができる。
それを狙っていたかのように長政は刀を構え直し、
刀を振り上げた。
「湖影断!」
技を叫ぶと立ち尽くす複数体の長政の刀が
青白く光り、一斉に仕掛けてきた。
動きも攻撃も全てバラバラで信長に
容赦なく攻撃が繰り出されていく。
さすがの信長も数の力で押され、
顔や身体に次々と刀傷が出来ていた。
「……っ」
ここで初めて信長の表情が僅かに険しくなった。
本物の長政も一瞬の隙も見せないよう攻撃を続けている。
あの巨大なくちびとと戦った時より、攻撃が早く強くなっていた。
「いけぇぇぇえ!長政ぁぁぁあ!」
「うぉおぉぉおお!!」
長政の咆哮が響き渡る。
キィィン!
その時、信長の刀が手元から弾かれたのだ。
「終わりだ!織田信長!」
長政は刀を横に振り、信長の首へと斬りこんだーーけれど。
「――断」
低く、底の見えない声が空間そのものを断ち切った。
そして次の瞬間、長政の体が弾丸のように跳ね返され、壁に叩きつけられた。
ドゴーンッ!
複数体の影も跡形もなく消え、信長は微動だにせず立っている。
「え、え?何があった…あいつ、一体何を」
動揺している俺たちとは対照的に、
信長はすました顔で肩についた砂を払っていた。
なんであんな平然としてんだよ。
どうなってんだよ!
「いや、そんなことより長政…!長政、無事か!?」
吹き飛ばされた長政は、建物の壁に身体を強く打ち、項垂れていた。
「おい、大丈夫か!長政!」
「……っ」
急いで駆け寄ると、幸い息はしていた。
けれど頭や腕からは血が流れていて、
身体はボロボロになっていた。
「血が…!?なにか止血するものをーー」
ガッ!
その時、長政がゼェゼェと息をしながら
慌てる俺の腕を掴んできた。
「は…ぁ……っ、にげ…ろ」
「は!?」
「あいつの狙いは、君だ。私がここで、食い止めるから陽介くんは…今のうちに逃げるんだ。」
血だらけになった長政の手が、必死に俺を引っ張る。
それでも俺はここから離れたくなかった。
「けど、それじゃあお前はどうなるんだよ!
こんな怪我した状態で戦えんのかよ!」
「私の心配より、自分が生き残ることを優先しなさい!!」
突然大声で叫ばれ、ビクッと身体が跳ね上がる。
そして長政はふらつきながら立ち上がり、
俺を庇うように前に出た。
「まだ立ち上がるか…面倒なやつだ。」
「陽介くん…行くんだっ!」
「!」
ダッ!
俺は何も言わず、振り向かず、
その場から逃げ出した。
「賢明な判断だ、陽介。今は耐えろ……っ!」
「……っ!」
悔しい気持ちは俺だけではなく
肩に乗っている清正も同じだった。
がむしゃらに走っている間、
背後からはまた刀の交わる音が何度も響いていた。
長政…無事でいてくれっ!
「陽介、死角を探そう。身を隠しながら逃げるのだ」
「わかった。」
俺たちは信長の視界から隠れるように、目に入った細道に入った。
~♪~♪
「……! 武流からだ!」
ポケットに入っていたスマホから着信音が流れ、
急いで取り出すと、電話の相手は武流だった。
『もしもし陽介!?お前大丈夫か?』
「俺は無事だ!武流も…大丈夫そうだな」
『俺たちは少し離れた公園に避難している!地図送るからお前もこっちに来い!』
「わかった!」
電話を切るとすぐにLIMEに通知が届き、
地図が共有された。
俺は急いでその公園に向かって走った。
ーーーーーーーーー
「逃げたか…まぁそう遠くへは行かないだろう」
陽介の姿が消え、残ったのは長政と信長だけだった。
「随分あの小僧に執着しているようだが、何が目的だ?」
弾き飛ばされた刀を拾うことなく、
腕を組んで長政へ問いかける信長。
対する長政は息を整え、頭から流れる血を拭き取る。
「はぁ…はぁ、何もないさ。皆がみなお前のように邪な考えがあると思うな。」
睨みつける長政を前に、深くため息をつく。
それは長政の言葉に呆れているような様子だった。
「よく分からないな。
あの小僧の力は、なかなかに興味深い。
あれは言わば“跪かせる力”だ。
我らの魂は奇跡的に“授かったもの”。
自由に動けようとも、縛りは残る。
一歩選択を誤れば、自我を失い、やがて暴走する。
だがそれを鎮められるのが、あの小僧だ。
あやつは魂を浄土へ還しているつもりだろうが、
使いようによっては――
多くの魂を、配下に従わせることもできる。
……お前は、欲しくないのか?」
ブッ――
長政は口の中に溜まっていた血を吐き捨て、
ふっと、乾いた笑みを浮かべて刀を構え直した。
「そんなもの……
お前が支配のために使おうとする時点で、
とっくに、私の答えは出ている」
「そうか……残念だ。”今世では”分かり合えると思っていたんだがな。」
――その時だった。
信長の背後で、空気が軋む。
ゆっくりと音もなく顕現したそれは一振りの刀。
刃は鈍く光り、見ているだけで圧を放っていた。
「これは……まさか!」
刀を握りしめた瞬間、その刃から異様な光景が広がった。
紫黒の煙が一気に噴き出し、刀身から次々と人骨が現れた。
数々の戦で切り捨てられた者たちの骸骨が、
信長の体にしがみつき、長政を凝視する。
「……圧切長谷部」
ギラリと輝く圧切長谷部と、先程より威圧感を増した信長に思わず、一歩、後ろへ退いた。
「行くぞーー」
ギィィインッ
先に動いたのは信長。
正面から一気に間合いへ踏み込み、
愛刀を長政の首へと振り抜いた。
それをギリギリで止めた長政だったが、
信長の威力は先程より増しており、
受けるのが精一杯だった。
「まだまだこれからだぞ。」
ギィィィンッ
二人の刀が再びぶつかり合った。
けれど先程より力もスピードも
信長の方が勝っており、長政は押される一方だった。
「……っ!」
ふらつきながらも、攻撃が当たらないよう
必死で防御する。
けれど、信長は容赦なく攻撃を続けた。
「遅い。」
ドゴッ!
すると鈍く潰れるような音が響き、脇腹に衝撃が叩き込まれた。
そのまま長政の身体は、紙屑のように吹き飛ばされた。
「が……ぁ…!」
地面に蹲りながら、息がまともにできず、
脇腹を押さえる長政。
恐らく肋も何本かやられたのだろう。
悶え苦しむ姿が痛々しい。
「お前は昔からそうだったな。」
「……っ」
一歩また一歩とゆっくり近づいてくる信長。
長政は立ち上がろうとするも、怪我が酷いせいか、
力が入らず顔を上げるのでやっとだった。
「友だの、家族だの、忠誠だの…そんなもんに縛られているからお前は強くなれんのだ。」
「だ……まれっ……カハッーー」
咳き込むと同時に口からは大量の血が流れ落ちる。
そんな弱っている長政の顎を刀の先でクイッと上げ、無理やり目を合わせた。
「あの時、俺に着いてきていれば小谷城で死ぬことも、お前の愛する家族とも別れずに済んだものを…なんとも愚かだな。」
「……っ」
「あぁそうだ。お前の愛していたお市なんだがーー」
お市の名前が出た瞬間、ピクッと反応する長政。
その様子を見て怪しくニヤリと笑みを浮かべた。
「”あの日の襲撃”、あの女はすべて知っておったぞ?」
信長の言葉に顔が青ざめる長政。
世界が音もなく崩れ落ちるような、絶望と虚無が長政を包んだ。
「~っはっはっはっは!気が付かなかったのか?あの女は随分と前から、お前たちの情報を送っていた。だからあの日、お前の城を襲撃できたんだ。あの女は何処ぞの田舎侍に嫁いだとて、骨の髄まで織田家の血が染み込んだ俺の妹。お前に情など移ることなどないのだ!」
何も言えなくなった長政を前に、信長は愉快そうに高笑いした。
刀を顎から離した信長は、逃げ場を塞ぐように長政へ歩み寄った。
髪を乱暴に掴み上げ、耳元へ顔を寄せて囁く。
「俺の妹…良い声で鳴いただろう……”長政様”ってな?」
「ーーーくそがぁぁぁ!!!」
長政の怒号が周囲に響き渡る。
けれど、身体が思うように動かず
ただその場で叫ぶしかできない。
「ではな、長政。なかなか面白かったぞ。」
愛刀を握り直し、
信長は長政の心臓を目掛けて、
刃を一直線に落とした。
「兄さん!!!」
刀が突き立つ、その刹那。
遠くから響いた声に、信長の動きが止まる。
「お前……なぜここに」
パッ!!
驚いているのもつかの間、
信長の正面が急に明るくなり、視界が遮られた。
「……っ。今度はなんだ」
その光は一つだけではなく幾つもの光が集まり、
強い明かりとなって信長の視界を奪っていた。
ブンッーー
目を瞑りながら、刀をひと振りすると、
攻撃が飛んでいきパリンッと幾つものガラスが
割れるような音が鳴り、それと同時に光も消えていった。
「……」
目を開けた瞬間、信長の視界から長政の姿が消えていた。
代わりに、視界を埋め尽くすように迫る影。
――陽介だ。
「反撃開始だぁぁぁ!!!」
振り抜かれた拳には、青白い炎が揺らめいている。
還す力を宿したその一撃が、迷いなく信長へと叩き込まれようとしていた。
「面白い……やってみろ」
その声には、警戒も焦りもなかった。
あるのはただ、目の前の一撃さえも愉しもうとする余裕だけ。
信長は、迫る拳から一切視線を逸らさなかった。




