ウブじゃねぇし!
青い炎がぱちぱちと弾け、空気が一瞬だけ熱を帯びた。
焼けた瓦礫の匂いが鼻を突き、立ち上る灰が目にチクチク痛い。
その光が消えた瞬間、くちびとの巨体は音もなく沈黙した。
「陽介、よくやった。」
「あぁ…」
胸の奥でまだ震える鼓動を感じながら、俺はくちびとの上に立つ自分の足を見下ろす。
呪符が消えた甲冑は急に光をなくし、妙にボロついていた。
やったんだ…俺、このでかいの相手に…勝ったんだ。
村上の先祖を鎮めた時よりも、力が増してるようだったけれど、力を一気に放出した反動でズンッと身体中に鉛を入れられたような重さが押し寄せる。
「悪い清正、ちょっと休憩ーー」
疲れて鎧の上で座ろうと膝を曲げた瞬間、
グラッと視線が歪んで、くちびとの鎧の上で
足を滑らせてしまった。
あ、これやばい。
「お、おい!陽介!!」
頭から落ちていく俺の身体。
視界はぼやけて、清正の声も遠ざかる。
下は瓦礫や割れたカラスが散らばっており、
受け身を取りたくても身体が全く動かない。
終わった…そう思い目をつぶった。
「陽介くん!」
ズサーーッ!
……あれ?痛くない?
何があったのか分からず、
恐る恐る目を開けると、そこには
心配そうに俺の顔を見ている長政がいた。
「大丈夫かい!陽介くん!」
「長政…?あれ…俺、くちびとの上から落ちたんじゃ…」
「そうだね。あと一歩遅かったら君の頭は瓦礫に直撃だったよ。」
「そうだよな…ん?じゃあ今俺ってーー」
なんか長政との距離が近い気がする。
それに妙に身体が浮いてるような…
「すまない。咄嗟に身体が動いてしまって…」
「あ、いや…うん。」
気まずそうにする長政に、
俺はお姫様抱っこをされていた。
「よくやったぞ、長政よ!我ではどうすることも出来なんだ。助かった。」
「いやいや、とんでもない。それにしても…陽介くんって結構軽いんだね。ちゃんとご飯食べてるかい?」
「………」
俺の尊厳とはーー
男にお姫様抱っこされている今のこの状況に恥ずかしくなり、手で顔を覆った。
「…おろせ」
「あぁ~!ごめんごめん。けれどもう下ろして平気なのかい?」
「大丈夫…」
「何を言っておる!まだ本調子ではないのだぞ!向こうまで運んでもらえ陽介!」
「嫌だ!!!」
じたばた腕の中で暴れて見たものの、身体が本調子じゃないのか、まだ頭がクラクラしていた。
「気持ちは分かるが、ここは折れて私に任せなさい。」
「……すんません。」
結局、自力で歩くのを諦めて安全なところまで運んでもらうことになった。
「陽介~!!」
向かった先にはさっきまで逃げ惑っていた人達と武流が待機していた。
「無事でよかった……って、それーー」
「…なんだよ。」
「いや?……っぷ!」
「おい!今笑ったろ!!」
俺が男にお姫様氏だっこされている状況に爆笑している武流。
こいつは笑うだろうとは思っていたけれど実際に笑われるとくっそ腹立つ!!
「こらこら武流くん。陽介くんが頑張ってくれたんだから笑うもんじゃないぞ。」
「そ、そうだよな!悪い悪い。見慣れない光景だからつい…っ」
くくくっと面白そうに笑う武流。
今すぐにでもぶっ飛ばしたい気持ちを抑え、
長政の腕の中で深くため息をついた。
「全く…とりあえず、ここにいる人たちは全員無事ですかね?怪我をしている人がいたら手を。私が手当します。」
「陽介、そこに座っておれ。わしはこいつと共に怪我人の手当をしてくる」
俺を床に下ろすと、長政と清正はすぐに怪我人のいる方へとかけて行った。
武将もあーゆー事するんだ…と少し関心していると、武流が隣に座ってきた。
「お前すげぇな。あんなの相手に立ち向かうなんて」
「…俺一人だったら無理だったよ。長政がサポートしてくれたおかげだ。」
「あいつもかっこよかったな!あんな強いと思わなかったから、初めて戦ってるところ見た時、ちょー感動した!」
「ははっ、たしかに。」
戦っていた時のあの険しい表情とは裏腹に、怪我人を優しい眼差しで応急処置している長政がそこにいた。
「あ、あれ天月遥だ。生で見るとまじで綺麗だな」
「……あぁ」
スタッフの人達に声をかけられ、笑顔で返事する天月遥。そこへ長政が駆け寄ってきて、座っている彼女よりも低い姿勢で跪いた。
「腕を見せてくれるか?」
「え、えぇ…でもかすり傷ですから」
「ダメだ。」
怪我をした右腕を少し強引に、
けれど優しく掴むと、持っていた包帯で
あっという間に傷口を塞いだ。
「ありがとうございます…」
「当然のことをしたまでだ。市が無事であれば何よりだ…」
「…いち?」
「あぁ!いや…な、なんでもない」
不思議そうに見つめる天月遥と、頬を赤らめて照れる長政。
あいつ、急にテンパってるじゃん。大丈夫かよ?
目の前で恥ずかしそうにその場でオドオドしながら挙動不審になる三十路の男に俺はバレないように笑った。
けれど、もう一度2人の様子を見た時、何故か俺も恥ずかしくなって、我慢出来なかった俺は少し視線を逸らした。
「陽介…お前あーゆーの苦手なタイプ?」
「…うっせ。」
「図星かよ(笑)ウブだねぇ~」
「そういうお前だって彼女できたこと無いくせに」
「あぁ!?お前、言ったな!」
くだらない口喧嘩をしながら、俺たちはしばらくその場で笑い声を響かせた。
ーーー少し時間が経ち、身体も少し回復してきた時、長政がこちらに向かって歩いてきた。
「陽介くん、少し…いいかな?」
「ん?あぁ、いいよ」
隣で疲れて寝ている武流と清正を置いて、俺たちは建物の外へ出た。瓦礫の上を歩きながら前を歩く長政が話しかけてきた。
「もう体調は平気かい?」
「まぁ、まだ本調子ではないけど…」
「そうか…しかし、驚いたよ。君にあんな力があるなんて」
「……」
いつか、俺の力が武将たちにばれることも時間の問題ではあった。
長政にも本当は秘密にしていようと思っていたけれど、巨人が暴走した時、あーするしか俺の頭には思い浮かばなかった。
「悪い。正直言うとずっと隠していた。俺の力はあまり人に見せたり、知られてはいけないって清正に言われていたから…」
「いや、謝ることはない。むしろ懸命な判断だよ。」
ザク、ザクと足を踏み込む度に瓦礫の音が響く。
長政が足を止めた先には、あの巨大なくちびとが身につけていた甲冑があった。
「けれど、あのような魂の葬り方は生まれて初めて見た……あの力は一体何なんだい?」
「この力は元々俺の中にあった力みたいで、なんでも魂を還す力らしい…けど、その力知ったのはじいちゃんが死んだ後で、力を使えるようになったのもつい最近なんだ。」
「魂を還す…か」
そばにある甲冑を手のひらで撫で下ろす長政。
難しそうな表情をしている…やっぱり安易に話さない方が良かっただろうか。
「君のおじい様は、優しい方なんだな。」
「え…?」
思いもよらなかった言葉に、俺は少し動揺した。
「あの…なんで?」
「え?だって陽介くんのおじい様は、その力で“還す”と言ったのだろう?
我々のような忌み嫌われる者は“成敗する”とか“滅する”と吐き捨てられるのが普通なんだよ。
けれど、君のおじいさんは違う。迷走しようが、暴走しようが、どんな魂にも帰る場所を与えようとする、優しい人だったんだろうなって。」
「……!」
『その力を使って彼らを救ってやってくれ。』
その時、じいちゃんとの思い出がふと、頭を過ぎった。
それは、俺がまだ小学校に入る手前の頃ーー
寝る前にじいちゃんが成仏できない魂について語り出した時のこと。
『この職をしておると色んな魂と巡り会うのだがな?特に亡くなったあとこの世に未練を残して成仏しない者がいつの時代も多くてな。なかなかあの世に行こうとせん…そういう場合、どうすればいいと思う?陽介。』
『塩ぶん投げて御札を貼る!』
あの頃、ガキだった俺は考えるより先に、思ったことをそのまま答えた。
そのせいでボカッと頭を殴られて、よくじいちゃんに怒られた。
『ばかもん!それではかえって魂が憤怒して悪霊化してしまうだろう。』
『いってぇ……じゃあどうすればいいんだよ!』
頭を擦りながら、じいちゃんに問いかけた。
すると、じいちゃんは微笑みながら俺の胸元に手を添えてこう答えた。
『寄り添うんだ。魂は斬れぬし、力を行使すれば抗う。
だが寄り添えば、己から穏やかに歩み出す。
わしらの務めは魂を追い立てることではない。
その者が”帰る先”を思い出させてやることだ。』
「……じいちゃん。」
じいちゃんは、いつも亡くなった人達が道を間違えないよう、救う手立てを考えていた。
誰よりも人の気持ちに寄り添い、誰よりも命の尊さを理解していたそんなじいちゃんが自分の都合で禁術を使い、武将達を蘇らせた。
遺書にはちゃんとした理由は書かれていなかったけど、もしかして何かじいちゃんの大事なメッセージを俺は見落としているんじゃないのかーー?
「陽介くん?大丈夫かい?」
「っ!」
ハッと我に返ると、心配そうに顔を覗く長政が目の前にいた。
「大丈夫…けど、ありがとう。俺のじいちゃんのこと、優しい人って言ってくれて」
じいちゃんの本当の目的なんて、正直まだ分かんない。
でも――
俺のたった一人の家族を、こんなふうに言ってくれた長政の言葉は、正直めちゃくちゃ嬉しかった。
「いや、思ったことを言っただけだよ……。陽介くん、その力、大切にするんだよ。いずれその力が道を開く時がきっと来る。その時は……迷うな。前に進み続けろ。」
長政の言葉はズシッと重く、けれど俺の胸に強く響いた気がした。
「……あぁ!」
「さて、そろそろお市のところへ戻るかな。」
ふと空を見上げると、ついさっきまで真っ青だったはずの空が、いつのまにか夕暮れの赤に染まっていた。
その色を静かに見つめながら、長政は一呼吸置くと、わずかに表情を引き締めた。
「そういえばどうなんだよ?やっぱ天月遥ってお市さんなのか?」
「……だと思いたい」
「は!?」
まさかの!?
俺と話す前まであんなに楽しそうに話してたのに!?
動揺が隠しきれず、長政の肩を掴んだ。
「どういうことだよ?まさか……また違ってたのか!?」
「いや、間違いではないんだ!……ただ」
「ただ…なんだよ」
心臓がドキドキしすぎて逆に痛い。
すると、長政は人差し指をくるくるさせながら、急にモジモジし始めた。
「あの者がお市かどうか、聞くに聞けなくて困っているのだ…」
「……」
ちょっと何言ってるか分からない。
さっきまであんなに強気で俺に助言してた男が、1人の女性に対して、ひよってる……だと?
「お前、やっぱアホだな」
思わずふっと鼻で笑うとボッと顔を赤くして言い訳をしてきた。
「し、仕方ないだろ!?お市と会うのは数百年ぶりなんだぞ!しかもようやく再会していざ、近くで見たら昔より別嬪になっているのだぞ!?言葉を失うに決まっているだろ!」
「知らんわ!!」
赤面でテンパってる長政を見て、リア充は爆発しろと心の底から願った。
「ま、どうせこのあと戻るんだ。さっさと聞いてしまってさっさと言いたいこと言えよ。」
あんなにたくましかった背中はどこ行ったのだろうか。俺は長政の襟を掴んでズルズルと引きずった。
「いやいやいやいや!まだ心の準備が……」
「しなくていいだろ!くちびとと戦ってる時なんて”もう…君を一人にはさせない。”なーんて言ってたくせによ!」
「お前っ!盗み聞きとは最低だ!!」
ギャーギャーと文句を言ってるが、完全無視。
さっきまでの感動を返して欲しい。
はぁ~と深くため息をつきながら避難所へと向かった。
ーーーーーーーーーーー
場面は変わり、とある会議室にてーー
「……”アレ”の気配が消えた」
一人の男の発言に周囲がザワついた。
そんな事はお構い無しに、男は一人の執事を呼び出し、耳元で何かを囁いている。
「あ、あの…如何なされたかな?信長殿。」
長いテーブルの最奥で退屈そうに座る男ーー織田信長だ。
耳打ちを終えると、執事はスッと会議室を後にした。
そのタイミングを見計らうように近くに座るスーツを着た小太りの男が話しかける。
「の、信長殿…先程もお伝えしたようにこの国のルールは昔とは変わりましてーー」
「同じことを何度も言ったところで俺の考えが変わるとでも思っているのか?」
「ひぃっ!」
信長の一声に怯え出すこの小太りの男は、勝海照之。日本の内閣官房長官である。
その他にも外務大臣や防衛大臣など、日本のトップエリートたちがこの会議室に集結していた。
「こんな頭の弱い奴らが、今の日本国を従えているのか?阿呆にもほどがあるな。」
「「……」」
何も言えなくなる大臣たちを見て、ため息をつく。
そして空席の椅子をチラッと横目に立ち上がった。
「”あいつら”も帰ったし、俺も帰る。時間の無駄だ。」
「お、お待ちください!”あの話”についてまだお約束がなされていません!」
「……権力も実力もないお前らと契りを交わさないといけない理由がどこにある?そもそもここへ呼んだのはお前たちだろ。残るのも帰るのも俺の勝手だろ。」
そう言い残すと、信長は大臣たちを残して会議室を後にした。
長い通路を早歩きしながら、信長は眉間に皺を寄せて考え込んでいた。
静まり返った廊下に、彼の足音だけが響く。
ガチャッ
「お待ちしておりました。」
信長が勢いよくドアを開けると、そこには先程の執事が静かに待機していた。
30代ほどの短髪の男性。長身に黒いタキシードを身にまとい、まるで信長がここへ来るタイミングを読んでいたかのように、部屋には椅子もテレビも既に完璧に整えられている。
「彰人、先程話していた映像とやらを出せ。」
「かしこまりました」
彰人と呼ばれた執事はテレビの電源をつけると、画面にはあの巨大くちびとの映像が流れ始めた。
「今回の会合のために、警備へ行かせた”符鬼”ですが、何者かによって倒されたと見られます。」
「……ほう。」
信長は組んだ指をわずかに動かすだけで、表情はほとんど変えない。
だが、その沈黙は“興味を抱いた時”のそれだと彰人にはわかっていた。
「倒したのはどこのどいつだ」
「一部のくちびとに設置していた監視カメラの映像を見る限り2人…1人は30代前後の男性ともう1人は未成年の男の子ですね。」
「……童か。」
彰人の報告を聞いて少し眉がピクッと動く。
これは驚きというより警戒心に近く、だがその奥には獲物を見つけた獣の光があった。
「寛仁、お前の呪符は童ごときに破られる程度のものだったのか」
2人しか居ない空間でその名が呼ばれた瞬間、空気が一変した。
彰人が瞬きをした刹那、信長の背後には先程まで存在しなかった影が立っていたのだ。
灰色の破れたローブをまとい、フードの奥は闇に覆われている。
剥き出しの腕は骨のように細く、いくつも重ねられた数珠がカラリと音を立てた。
「いえ、信長様……あれは“力なき者”に破れる類の符ではございませぬ。」
寛仁の声は掠れ、ねっとりと耳に絡みつく。
「いかなる武将が挑もうとも、呪符を視ることすら叶わぬよう、常に“隠”を施しておりますゆえ……。」
「では何故、呪符が破られた。」
「それは……」
「信長様、こちらに映像が残っております。」
吃る寛仁を庇うかのように、彰人が信長の興味をテレビに向けさせた。
その映像には、くちびとと戦う長政と陽介の姿がはっきりと映っていた。
「あれは……浅井か。随分と弱そうな姿になったもんだ。会合に現れんかったから死んだと思っていたが、まだ生きておったか。」
長政の姿を見て鼻で笑う信長。
どうやら長政には大して関心がないらしい。
目を光らせているのは、もう一人の少年――陽介だった。
『還魂ノ言!!』
陽介がくちびとに力を使った瞬間を信長はじっと見つめていた。
「……彰人、あの童は何者だ」
「素性はまだ把握しておりませんが、音声を聞く限り、彼は陽介という少年のようです。」
「……」
信長は黙ったまま彰人からリモコンを受け取り、陽介が映っている映像を何度も見返した。
「寛仁、お前の呪符は力のない者や武将でも簡単には破られないと申したな?」
背後に立っている寛仁に向けて、ゆっくりと声をかける。
「は、はい。左様です……」
「では、お前と同類……平たく言えば僧侶には破られるのか?」
「!?」
信長の鋭い観察眼と確信をつかれ、寛仁のフードが動揺で揺れた。
「ば、馬鹿な……!あの小僧が僧侶だとっ!?」
「僧侶というよりかは、”僧侶の素質”を持った少年…という感じでしょうか。」
「そうだな。その可能性が高い」
彰人に同意した信長は突然立ち上がった。
それを見た彰人は何かを察し、部屋の中を早歩きして、無言でドアを開けた。
「お、お待ちください!どちらへ……!」
動揺した寛仁は、部屋を出て行こうとする
信長を引き止めようとした。
けれど、振り向くことはなくただ冷たく寛仁をあしらう。
「あの童に会いにいく。お前はもう下がれ」
そう言い残し、バタンとドアが閉じた。
「くそっ!この小僧は一体何者なのだ!」
ガンッと椅子を蹴り飛ばし、悔しそうに映像を見つめた寛仁。
「この顔、どこかで……」
徐ろにテレビを掴んで陽介の顔をじっくり眺める。
その瞬間、なにか思い出したかのようにハッと目を見開き、手の力がギリギリと強くなっていた。
「まさか……”あの男”の?くそっ!!」
ガシャーーン!
テレビを放り投げ、悔しそうにその場で震える寛仁。
フードから僅かに見えた瞳は強い憎しみの炎がともされているようだった。
「……許さないっ」
それだけ言うと寛仁はあっという間にその場から消え去ったのだった。




