自称武将がやってきた
「よいっ…しょ!」
土曜日の昼ーーー
俺は今じいちゃんの遺品整理をしていた。
とは言っても何を捨てて何を残せばいいか
全く分からないんだけどな?
でもそのままにするのもなんだし、
ちょうど散らかってたところだから
家の掃除と一緒に遺品整理をしていた。
「うわ!これ俺が小さい頃に借りてた悪霊払いの本だ。懐かしい~」
タンスを開けるとじいちゃんの服や小物、他には難しそうな本や巻物が山のように出てきた。
正直こんなにあるとは思わなかったから驚いている。
「虫に食われてるやつやカビ生えてるやつはさすがに捨てるか~。持ってても余計に酷くなるだけだし」
そんな感じでポイポイといるもの要らないもので分けながら、あちこちのタンスや引き出しを開けていると、一つの木箱を見つけた。
「なんだこれ?まだ新しいな」
木箱を結んでいた紐を解いて、箱を開けると
その中にはじいちゃんが生前使っていた
通帳と印鑑が入っていた。
「こんなところにあったんだ。まぁ俺がなにか使うわけじゃないし、このまま入れて……ん?」
なんだこれ?
通帳と印鑑の下に、よく見ると白い縦長の封筒が
入っていることに気がついた。
「もしかして…」
白い封筒を手に取って見てみるとそれはじいちゃんが遺した遺言書だった。
「じいちゃん、こんなの作ってたんだ」
何が書かれているんだろう
その封に指をかけた、まさにその瞬間だったーーー
バタンッ!
急にお堂の方から大きな音が聞こえた。
「善六さんか?」
善六さんとはじいちゃんの弟子であり、
祈祷や法事があった時にじいちゃんと一緒に
儀式をやっていた人だ。
俺は悪霊払いは習ったけどお経とかはまだ読めないし、
じいちゃんも今の学業に専念しなさいって
言われてたから、じいちゃんが亡くなった後は
善六さんに全て任せていたのだ。
でも今日は特に何も予定がなかったはずだけど
忘れもんか?
俺はじいちゃんの遺言書をパーカーのポケットに入れてお堂へ向かった。
住居スペースとお堂は繋がっていて、わざわざ外に出なくても中の通路から内扉を使ってお堂に入ることができる。
お堂の内扉を引いて中に入ってみたけれど
善六さんどころか誰の姿もいなかった。
ただ一つだけいつもと違うのはいつも閉めている
お堂の外に続く引き扉が開いていたのだ。
「泥棒か?」
俺は警戒しながらお堂に置いている物が
盗られていないか確認した。
けれど、盗られているものは無さそうだ。
じゃあ単に俺が閉め忘れただけなのか?
……一応備えておくか。
俺は経机にある小さな引き出しに手を伸ばし
中から札を取り出した。
久しぶりにやるが問題無いだろうとズボンの
ポケットにその札を入れていた時だったーーー
「お主が我を蘇らせた者か」
「!?」
気配なく突如、声が聞こえた方へ驚きながら
振り向くとそこには引き戸のそばに、"血のように赤黒く染まった甲冑を纏う影"が立っていた。
無言で俺を見下ろすその視線に、思わず背筋が凍る。
「…………」
「お主、なんか言ったらどうだ」
「うぉりゃぁぁぁあ!!!!!」
俺は咄嗟に隠し持っていた悪霊払いの札を取りだして
そいつの頭に貼り付けた。
うん、こいつは悪霊だ。
絶対そうだ。こんなの普通の人間じゃないって。
それにこいつーーー
「おい…何をしているのか分かってるのか」
「うるせえよ悪霊が。さっさと成仏しやがれ」
「ふむ…我を幽霊だと思っているのか?」
「だったらなんだよ。」
そういうことか…と独り言を漏らした甲冑の男は、
静かに兜を取り外す。
続いて、足の防具、胴の甲冑――そのすべてを
次々と脱ぎ捨てていった。
「ならば、これならどうだ」
「……!」
目の前に現れたのは、20代前半と思しき若い男。
すらりと高い身長に、甲冑を着ていたとは思えないほど細身の身体。
そして何より、鋭く光るその眼――まるで相手の本質を見透かすかのような視線に、思わず息を呑む。
幽霊だったらこんなはっきり映らない。
それに、この甲冑も――どう見ても本物だ。
「……すみませんでした。あまりにも不自然だったんでつい。」
……いや、例え幽霊じゃなかったとしてもこいつヤバいやつじゃないか?あとで警察に連絡しておくか。
俺は床に置かれた兜を手に取り、御札を剥がしていると、男は不思議そうに俺の顔を凝視してきた。
「お主、我を蘇らせたものではないのか?」
「はい?」
やっぱこいつヤバいやつじゃん。
この歳になっても厨二病こじらせてるやつっているんだな。
俺が引いた目で見ていると、何かを察したのか男はため息をついて背を向けた。
「…違うようだな。」
去り際、あの鋭かった眼差しとは裏腹に――どこか遠く、虚ろな目をしていた気がした。
「なぁ、あんた!ここには何しに来たんだ?
じいちゃんに用があったのか?」
「……貴様、その者は今どこにいる。」
やっぱりじいちゃんに用があったのか。
けど、じいちゃんにこんな若い知り合いなんていたっけ?
それにこいつ、じいちゃんが亡くなった事は知らないんだな。
「じいちゃんは先日事故で亡くなったよ。
俺でよければ用件は聞くけど……」
「……そうか。いや、もう用は済んだ。」
そう言い残して、男はそのまま寺を去っていった。
なんだったんだ?
変な奴だったけど何も盗んでなさそうだし(血塗れの甲冑は置いてったけど…)、じいちゃんの知り合いっぽいしな~…しょうがないから警察には通報しないでおくか。
「さて、掃除するか~」
遺品整理がまだ残ってるし、ちゃっちゃとやろーー
「頼もおおぉおぉお!!!」
「今度はなんだ!?」
お堂を飛び出して、外に出てみると
そこに現れたのは柔道着を来た大男が
仁王立ちしていた。
今日は変質者の訪問が多いな…
さっきのやつもこのおっさんも
見た目からしても変だけどーーー
「おぉ、お主!この寺に水紋真善殿に会いたいのだが、おるか?」
また、じいちゃんに用がある人か……
生前どんだけ変な知り合い作ってんだよ。
「じいちゃんは先日事故で亡くなったりました。」
「な、なんと!!!それは誠か!?」
近い近い近い。
でかい体とでかい顔が俺の目の前まで近づいて
唾を飛ばしながら叫ぶおっさん。
「本当です…そんで、俺がじいちゃんの孫で陽介って言います。」
「そうかそうか孫か、……お主も辛かったな」
「ちょっ……!」
そう言うと悲しそうな顔をしながら、でかい手を俺の頭に乗せて、ぶっきらぼうに撫でてきた。
いやいや、なんで初対面のおっさんに頭撫でられてんだ俺!? 高校生にもなってこんなの恥ずかしすぎる!!
俺は急いでおっさんの手をどかそうとしたその時ーーー
「こらこら、その辺にしておきなさい信玄。」
おっさんの背後からまた別の声が聞こえてきた。
今度は誰だ!?
俺は身体をかたむけて、覗いてみるとそこには一人の好青年とその後ろにも複数の人が集っていた。
「え…え?」
「お~!貴様もしや謙信か~!久しいのぉ!」
「お久しぶりです。貴方はいつの時代も変わりませんね。」
「お主も相変わらずよのぉ~!がははははっ!」
どうやら2人は知り合いだったらしく、
俺を差し置いて楽しそうに会話を始めた。
……いやいや、ここそういう場所じゃないし!!
「てか、何なんですかあんたら!?みんなじいちゃんに何の用があるんですか!」
「おぉ、そういえば申し遅れたな。わしの名は武田信玄!甲斐国を収めし戦国大名なり!」
「私の名は上杉謙信と申します。僭越ながら越後国を収めておりました。」
………はぁあぁああぁぁ~!?
まさかこの瞬間から、人生で最大の面倒事に巻き込まれるなんて――
この時の俺は、知る由もなかった。