噛まれたところ痛かったなぁ。
「はっ! ちょっと殴る力が強くなったからって、調子に乗るなよ!? 僕が君に負けるわけない……だって、僕には“力”があるんだから!」
さっきまであんなにへらへらと笑って、
人を見下していた村上が、今は――
ただの子供みたいに強がってるようにしか見えなかった。
「……」
それと、不思議なことに俺の身体にも少し変化があった。
……いや、“変化”なんて生易しいもんじゃない。
いつもより身体が軽い。
全身に血が巡り、体温がぐっと上がっているのが分かる。
何より――
俺の身体を、青白い炎のようなものがうっすらと包んでいた。
「……なんだ、これ」
目に見えてるのか、それとも感覚だけなのか、
自分でもよく分からない。
けど、確かに俺の身体に“何かが宿っている”そんな実感があった。
「なぁ、清正…これって」
「ん?今さら気が付いたのか。ようやくお主の”鎮める力”が遂に現れたようだ。」
「これが……」
初めて見た…これが俺の力なのか?
青白い炎がじわりと手のひらを包み、
皮膚の内側から熱が立ち上るのがわかる。
初めての感覚なのに、妙な“納得感”があった。
『お前は、生まれた時から人とは違う不思議な力を授かっていた。』
……じいちゃんの遺言書が、ふと脳裏をよぎった。
ずっと知ってたんだ、じいちゃん。
俺にこんな力があるってことを…
でも、それを無理に教えなかったのはーー
「自分で気づけ、ってことか。」
拳を握ると力がそこにある。
もう疑いようもなく、確かに“ある”と分かった。
「……やっと、あいつと――対等に立てる」
視線を上げると、怯えと怒りを混ぜた表情をした村上がいた。
「なぁ、村上。確かに、お前には“特別な力”がある。けど……さっきも言ったが、それは“お前の力じゃない”。その力はお前の“先祖のもの”だ。」
「……なんで先祖のだって分かるんだよ。陽介くんは僕の何を知ってるって言うんだ!」
「お前をそんなふうにさせちまった元凶が……俺の“じいちゃん”なんだよ。」
「……は?」
何を言っているんだ?と言わんばかりにポカンと口を開けて呆然としていた。
そりゃそうだよな…俺だって初めは村上と同じ反応だったし。
「俺のじいちゃんが、村上の先祖を現世に下ろしたんだ。今、お前の中に先祖がいるんだろ?……って言っても”その様子だともう消滅しそう”だな。」
「何を言ってるの?」
「最初、村上は先祖に身体を乗っ取られた”被害者”だと思っていたんだ。けれど、戦ってみて”それは違う”って改めて分かった……」
「……もしかして、陽介くん、”視えてるの”?」
本当はあまり知られたくない。
ーーけれど、そんなこと言ってる暇はない
「……あぁ、視えるよ。昔からずっと、な」
俺の霊感のことを知ってるのは、じいちゃんと善六さんだけだった。
それも、そうしないと“普通”でいられなかったからだ。
「お前も俺も、”普通じゃない”。だったらもう、隠す必要はないって思った。」
各地で起きている武将たちの暴動。
村上の異常な力。そして、喋るマーモット。
どれも現実とは思えないけど、全部“今ここで”起きていることだ。
――もう、否定なんてできない。
ずっと言えなかった。言わない方がいいと思ってた。
けど今だけは、少しだけ……
背負っていたものを降ろせた気がした。
「村上、単刀直入に言う。俺は、お前の中にいる武将を鎮める。」
「……僕の先祖を鎮める?ーーーふははははっ!」
村上は腹を抱えながらげらげらと笑っている。
本当に感情の起伏が忙しいやつだな。
「どうやって鎮めるのさ(笑)視えるだけのくせに、何ができるって言うのさ!」
「だからさっきも言ったろ。俺とお前は”普通じゃない”って……ずっと逃げてたけれど、今ようやく現れたんだよ。この力がーーー」
右拳を前に出すと、青白い炎がゆらりと動き、
燃える勢いがさらに増した。
これには村上も少したじろいでいるようだ。
「この力は、武将達の暴走を抑制するだけではなく、本来なら”この世にいてはならない存在”をあの世に還すための力なんだ。だから、もうこんなことせずに、大人しく先祖を還してあげよう。」
「……だっ」
「ん?」
「嫌だ!!!」
俺を拒絶するように刀を大振りし、
どデカい斬撃が向かってきた。
でも初めて見た時よりスピードが遅い。
それに、あの攻撃…さっきの感覚でやればーー
「いけるか、陽介。」
「あぁ、やってみる。」
静かにゆっくりと息を吸い、拳を構える。
斬撃が、空気ごと俺を裂こうと迫ってきていた。
心臓の音が一瞬止まる。だけど、全く怖くない。
この拳に宿ったのは、誰かを”壊すための力”じゃない。誰かを、”還すための力”だ。
「ーー還れ」
青白い炎が、拳から迸る。
俺は、そのまま斬撃へ拳を叩きつけた。
その瞬間ーーー
バリィィンッ!
「!!」
破裂音とともに、空中に斬撃の破片が飛び散った。
それはまるで、透明なガラスが砕けたように煌めいて――消えた。
「ま、また壊された…なんで、さっきのまぐれじゃなかったの!?」
殴った後、自分の拳を見ると少し震えていた。
あの鋭い斬撃を拳で殴ったのに傷一つ付いていない。
すげぇ……俺、本当にーーー
「なんでだよ!僕が……違う、違うはずなのに!だって、僕はゴミを排除したくて……それで!」
「……村上。」
「うるさい!僕を諭すな!僕は…僕は、全てを壊すんだぁぁぁぁあ!!!」
足元がふらついている。目は涙でにじんでいて、剣を握る手も震えていた。それでも、村上は前へと突っ込んできた。
「我が援護する。お前は攻撃を避けつつ、対話を続けろ。」
「分かった、ありがとう。」
「うわぁぁぁあ!!」
無造作に振り回し、攻撃する村上。
それを清正が的確に判断し、俺に指示を出してくれた。
「右、下、次は少しかがめーー」
ヒュン、ヒュン
やっぱり身体が軽い。
身体能力が普段より上がっているのが
身に染みて実感していた。
「村上!お前は過ちを犯したんだ。罪を償ってこんな戦いを終わらせよう!」
「僕は悪くない!悪いのは…悪いのは、僕を虐めたあいつらだ!僕を見捨てた先生たちと両親だ!」
「確かにいじめたやつらや、お前の両親はお前に対して酷いことをしてきた!だけどなーー!」
「陽介、掴め!」
ガシッ
清正の合図で俺は村上の右手首を掴んで攻撃を防いだ。
「!?」
驚いて振りほどこうと反対の手で殴ろうとしていたが、それもあっけなく俺に掴まれて、村上は身動きが取れなくなった。
「やっと、捕まえた!」
「は、離せよ!!!」
「嫌だ!俺はお前と話がしたい!」
腕が動かせなくなった村上は足で俺の腹や足を
蹴飛ばしてきた。
いてぇ……足の骨が軋む。でもここで手を離したら、
俺はきっと一生後悔する。
だから、絶対に、離さねぇ!
「村上、お前が辛い思いをしている時、何も気づいてやれなくてごめん!」
「!!」
「でも俺、鈍いから…お前が言ってくれなきゃ何も分からねぇんだよ!」
「だから、言ったって何も解決しないって言ってるだろ!!」
「それでもいい。俺一人じゃ何もできないけど……けれど、どうすればいいのか一緒に考えることはできる!!」
ピタッ
すると蹴っていた足が、不自然に止まった。
反撃しようとしていた村上の顔に、わずかに戸惑いが浮かんでいる。
……もう、大丈夫か。
俺はゆっくりと手を緩め、村上の両手をそっと離した。
「お、おい陽介!」
「大丈夫だ。今の村上は――もう大丈夫な気がするんだ」
村上は、ぽつりと呟いた。
「……一緒に考えるって」
「そうだ。すぐに解決出来なくても、どうすれば村上が笑って過ごせるようになるか、一緒に悩む事くらい俺にだってできる。」
「……っ!」
呼吸が浅くなり、目にはじんわりと涙が見えていた。
そして不意に村上の手元に視線を向けると
刀を握る手が小刻みに震えていた。
「そうだよ…村上!」
「……たけ、るくん?」
「武流!お前無茶するな!」
俺たちの会話に割って入るように武流が
怪我をした足を引きずって向かってきていた。
「俺も、馬鹿だからさ。考えるのは無理だけど、でも…家に帰りたくない時はいつでも俺ん家に来いよ!そんで朝までゲームしようぜ…」
「俺のじいちゃんの知り合いに役所で働いてる人がいてさ、その人児童相談の課にいて人当たりがいいから、今度紹介するよ。」
「あ、いいなそれ!てか、それ早く言えよ(笑)」
「そんなすぐ思い出せるわけねぇだろ」
まだ出血はしているが、武流のいつもの笑顔を見てホッとした。
俺達が話している様子を見ていた村上が俯いてボソッと呟いた。
「なんで……僕なんかに……そこまで」
「え?友達なら当たり前じゃね?なぁ、陽介!」
「あぁ、村上が俺らのことをどう思ってるかは知らないけど、少なくとも俺らはお前の友達だぞ。」
「………っ」
村上の目から、ぽろりと大粒の涙がこぼれた。
一度こぼれたら止まらなかった。
ボロボロと、滝のように頬を伝い、
村上は小さくしゃくり上げながら、その場に膝をついた。
「っ……ぐっ、ひっ……ぼ、僕……っ」
「村上、やってしまったことは元には戻らないけれど、これからやり直すことはできる。」
「言ったろ?俺らはお前の味方だ!罪を償って帰ってきたらまた3人で集まろうぜ」
「………ごめん、2人とも…ごめんなさい」
村上の泣く姿を見るのは初めてだった。
どんなに虐められても、村上はいつも泣かずに
必死で耐えていたから……それを自分の家でも
同じことをしていたんだと思うと、胸が痛くなる。
でも、ようやく泣くことができた村上を見て、俺は少しだけ安堵した。
そして泣きじゃくる村上に手を差し伸べた。
「一緒に、行こう」
村上は涙で濡れた顔をあげ、恐る恐るその手を伸ばす。
もう少しで、指が触れる……その瞬間だった。
「うっ!!」
「!?」
急に村上が苦しみ出して胸を押さえるように
蹲ってしまったのだ。
「村上!?どうした!おい!」
「……けて」
「え?」
「ダれか……タズゲ、デ……」
「っ!!お前……まさか!」
武将の魂が暴走しているのか!?
困惑していると、頭を抱えながら悶える村上の背後から、影がにじむように現れたのだ。
「うぅ…だれか……ダレ、カ」
「村上!しっかりしろ!」
「よう……すけ、くん……うあぁぁ!」
黒い影は村上の背にぴたりと張り付き、まるで何かを“引きずり出す”ように蠢いていた。
「陽介、これはまずいぞ。今すぐにこの者の魂を鎮めんとどちらも死ぬぞ!」
「!?それはどういう……」
「あの様子、恐らくあの男の意思が弱くなったことで、隙を見て先祖の怨念が現れたのだろう…もうほとんど正気を保っておらん。最後の最後に抵抗して、道ずれにするつもりだ。」
「そんな……」
苦しみながら暴走する村上とその先祖の怨念。
やっと…やっと村上と分かり合えたと思っていたのに!
魂を完全に鎮めないとこんな事が起きるなんて。
「武流、お前は避難してろ!ここは危ない!」
「わ、分かった!」
「清正、援護を頼む!」
「おう!ところで陽介、何か鎮めるための術はあるのか?」
「え?」
術…?殴るだけじゃダメなのか?
ポカンとしていると清正が呆れたと言わんばかりの顔をしていた。
「まさかお主、殴ればいいと思っとらんか?」
「違うのか……でもさっき村上の攻撃を殴ったら消えたし…」
「あれは魂ではなくただの斬撃だ!…いいか?魂とは命だ。命を還すというのは、ただの力任せでできるものではない。――“祈り”と“願い”が必要なのだ。」
祈りと願い……
『いいか、陽介…この者たちはなーー』
「お前が亡くなった祖父の孫であれば命をどうやって弔っていたか覚えておらんのか?」
じいちゃん…の弔い方
そういえば、俺が悪霊に振り回されて
困っていた時、じいちゃん…なんて言ってたっけ?
「陽介!前!」
「!?」
ブンッ
あっぶな!
今はそんな呑気に考えてる暇なんてなかったわ。
暴走した村上の攻撃はめちゃくちゃではあるが、威力はさっきより増していた。
清正のおかげで難を逃れたけれど、どうやって鎮める……!
「しっかりせい!考えるくらいなら身体で覚えろ!」
「わ、分かってるよ!」
俺は攻撃を避けながら村上に近づこうと試みた。
けれど、そう簡単には上手くいかない。
「に、げて……!」
「村上!」
「トモニ……イコ、ウ」
くそっ早くしないと!
一歩間違えれば、斬られる。
でもこのまま放っておくわけにはーーー
『霊とはな、心に残した想いがあるせいであの世に還れないのだよ…でもそのままにしてしまうと悪霊になるんだ。だから、わしらが手助けをしてあげるんだ。』
じいちゃん……!
じいちゃんの声が、ふと脳裏をよぎった。
――俺が、この力を使う意味。
右手に意識を集中させ、俺は再び村上の元へ駆け出した。
「陽介!気をつけろ!」
「流るるは――」
「陽介……あいわかった!」
俺のやることに察してくれた清正は
それ以上何も言わず肩にしがみついていた。
「流るるは邪気ーー」
ブン、と鋭く振り下ろされた斬撃。
咄嗟に身を引き、腕の先を掠める風を感じた。
……次は、横。斜めに薙ぐ気配が来る。
「清めし心ーー」
すかさず膝を落とし、地を這うようにすり抜ける。
少し刀が視界をかすめたが、意識は切らさない。
「理を外れし、その魂よ――」
荒れ狂う攻撃の隙を縫って、俺は村上の目前に滑り込む。
「いまここに、迷いを解き放ち、静かなる帰還の時とせん。」
そして力を込めた拳を広げ、村上の胸元にそっと手を置いた
「還魂ノ言」
その瞬間――
手のひらから青白い光が、ブワッと広がった。
それはまるで、綺麗な絹の糸で編んだ布のように
優しく村上の身体を包み込む。
「!!」
そして、村上の身体から黒い影が
塵のように抜けていくのが視えた。
同時にその黒い影は、本来の姿へと変わっていく。
あれは恐らく、村上の先祖なんだろう。
「ありがとう…」
村上の先祖は一言お礼を伝えると
すーっと姿が消えてしまった。
「………」
終わった……魂を還せた。
『いいか、陽介…この者たちはな無理やり祓ってはいけないんだ。』
『なんで?だって悪いことしてるじゃん』
『そうだな…だがな?この者たちも元は人間だったんだ。人間には言葉がある。だから言葉で伝えて、清い心で還してあげるんだ。』
戦いが終わったあとに思い出すじいちゃんの言葉。
じいちゃん…俺、やったよ。
手のひらを見ると、役目を終えたからだろうか、
さっきまで燃えていた青白い炎が消えていた。
ふと、村上へ視線を向けるとフラフラで今にも倒れそうになっていた。
「村上!!」
ガシッ
間一髪で村上の腕を掴み、ゆっくり床へ座らせた。
意識は朦朧としているけれど、魂の色が見えない……てことは元に戻ったんだな。
「よ、う……すけ、くん」
「村上、無事か?」
「っ……あり、がとう」
涙を流すその姿は、俺と武流の3人で
一緒にいた頃の村上のだった。
「無事で…良かった」
……やっと、終わったんだ。
緊張で張り詰めていた何かが、ふっとほどけていく。
足元が崩れるみたいに、体が急に重くなって――
「お、おい陽介!!しっかりしろ!」
「陽介、大丈夫か!?」
……もう、大丈夫だ。
初めて、心からそう思えた。
そして限界がきた俺はそのまま意識を失った。




