俺のじいちゃんがやらかしました。
突然だが、先日――じいちゃんが死んだ。
「可哀想に…不慮の事故だってねぇ」
「なんでも雷がお堂に落ちて、そこにいた住職さんが直撃したそうよ…」
「怖いわねぇ〜…水紋さん、いい人だったのに無念だわ」
葬式に来ていたじいちゃんの知り合いと思われる
おばさん達の会話が聞こえてきた。
俺のじいちゃんは、地元じゃちょっと名の知れた寺の住職だった。
幼い頃に両親を事故で亡くした俺を、代わりに育ててくれた人。
でっかい古寺で、男二人でのんびり――でも濃い時間を一緒に過ごしてきた。
「あの子って…住職さんのとこの?」
「そうそう。えっと、確か…陽介くん?だった気がするわ。」
「可哀想に…まだ子供じゃないの。」
……あ、言い忘れてた。
俺の名前は水紋 陽介。
ごく普通の高校生……と言いたいところなんだけど、実はちょっと特殊な“体質”をしている。
「……さすがに出てこねぇか」
周囲の参列者が哀れみの目を向けるなか、
俺はふらっとお堂の奥にある、じいちゃんの遺影の前へと歩いていた。
気配を探るように、ゆっくりと視線を泳がせながら。
「……”いるな”、でも…じいちゃんじゃないか。」
そう。俺は昔から“霊感”がある。
幽霊は普通に見えるし、話すこともできる。
小さい頃はそれで周りから気味悪がられたけど、
そんな時に助けてくれたのがじいちゃんだった。
『悪霊が出た?よっしゃ!よう見とけ、こうすりゃ追い払えるんじゃ』
『術はな、正しく使わにゃならん。悪用すれば、返って自分を傷つけることになるぞ』
じいちゃんも、ただの坊さんじゃなかった。
”霊を祓える住職”として、時に相談に乗り、
時に俺に力を授けてくれた。
今では俺も、簡単な悪霊祓いくらいならできるようになった。
……だからこそ思う。
あの雷は、“ただの事故”じゃなかった。
空が割れるような音。時間が止まったような空気の重さ。
あの夜の雷鳴には、何か――“意思”のようなものがあった気がする。
このお堂は古いが、屋根の修繕は定期的にしてたし、瓦も頑丈だった。
なのに、まるで屋根を狙いすましたように落ちた雷は、
一点を貫いて、ちょうどそこにいたじいちゃんを――
「……」
信じたくはないが、どう考えても“おかしい”。
だから、死んだ自覚もなく霊として出てくるんじゃないかと思って、
朝からずっと寺の中を探し回ってたけど……どこにもいない。
……ま、あのじいちゃんのことだ。
死んでもあっさり「成仏したぞ!」とか言ってそうだな。
「少しくらい、俺になんか言ってから行けよ……」
香を手向け、じいちゃんの遺影を見つめる。
『陽介、今日からじいちゃんと一緒に暮らそうな』
『霊が見える?安心せい、わしも見えるぞ。怖がることは何もない』
『陽介、お前はまっすぐに生きろ。周りの戯言なんぞ気にするな。信じた道を進め』
――あの優しい声。あの笑顔。
どんな時でも、誰よりも俺の味方でいてくれた。
覚悟はしてた。もう80を超えてたし、
“その時”が来てもおかしくない年齢だった。
けどさ、でも……
「この死に方は、ないだろ……」
声に出すと、ぐらついた感情が喉の奥に込み上げてきた。
目頭が熱くなるのを、グッと堪えて線香を添える。
そのときだった。
――ふ、と。
煙が、風もないのに揺れた気がした。
まるで誰かが、そこに立っていたような……そんな気配。
「……じいちゃん?」
けれど、返事はなかった。
ーーーーーーーーー
葬式を終えて数日後、俺はテレビをつけながら学校に行く準備をしていた。
じいちゃんがいなくなったことで住居スペースが無駄に広く感じる。
「あ、線香忘れてた。」
『――本日未明、都内の歴史博物館前で大規模な騒動がありました。刀や槍のような武器を持った集団が現れ、警察が出動する事態に――』
じいちゃん、今日も行ってきます。
仏壇部屋に漂う線香の匂いを後に、居間にあるカバンを手にした。
『詳しい素性は不明ですが、専門家によれば“歴史の過激な再現イベント”などの可能性もあるとのことです――』
「へぇ~、なんか物騒な世の中になったな~」
そう言えばついこの間、じいちゃんもニュース見ながらあーだこーだ言ってたな。
今の世の中はダメだ!とかもっと上がしっかりしないとーとか何とか…って
「そろそろ行かないと遅刻する!」
俺はリモコンに手を伸ばし、テレビの電源を切った。
玄関に走り、急いで靴を履く。
「行ってきます!」
誰もいなくなった家だけど、やっぱこれは言わないと落ち着かない。ガラッと勢いよく玄関を開け、学校へ向かって走り出した。
あのテレビの中で“他人事”のように映っていた混乱が、
まさか自分の足元にまで、静かに忍び寄っているなんて――この時の俺は、まだ何も知らなかった。
ーーーーーーーーー
都内の歴史博物館前にてーーー
複数台のパトカーと完全防備されている警察官が厳戒体制で博物館を囲っていた。
「止まりなさい!ここは既に包囲されている!」
博物館は何者かが爆発物を投げたことにより、一部で煙が立ち込め、警報が辺りに鳴り響いていた。
所蔵品の一部が狙われた可能性もあり、現場は一時騒然となっている。
「犯人達の人数は把握出来たのか!?」
「は、はい!侵入したのは3人と聞いております。」
「3人?嘘だろ……建物丸ごとやられてるぞ!?」
信じられないという表情で1人の警察官が警戒していると、突入部隊がやってきた。
表口と裏口の二手に分かれて合図とともに一斉に突撃する作戦らしい。
「A班、準備完了」「こちらB班、完了」
「よし、行くぞ!」
班長の合図とともに隊員たちが一斉に駆け出した。
その時だった。
「騒がしいのぉ……」
ーーザシュッ。
「え…?」
一人の男の声が聞こえたと思いきや、
気が付くと、前にいた数人の隊員の首が落ちていた。
「う、うわぁぁぁあぁあ!!!」
パニックになった一人の隊員が持っていた銃で乱射し始めた。
「何処を撃っとる」
ザンッ!
乱射していた男の懐に入り、下から上へ一気に斬りつける。あっという間に真っ二つになり、上半身がズルッと落ちていく。
男の脅威に他の隊員たちは恐れをなしてその場を逃げ出した。
周囲を囲んでいた警察官たちも何が起こったのかわけも分からずその場でただ呆然と立っていた。
「ったく…久方振りで体が鈍っとるな」
煙と死体の山からぬっと現れたのは
返り血を浴びた甲冑姿の男だった。
全身から立ち昇る殺気は、そこにいた誰もが“敵わない”と直感するほどだった。
「あ、あれは…人間なのか?」
すると、兜の隙間から射抜くような視線が突き刺さる。
見られた瞬間、喉がヒュッと鳴った。
まるで首筋に冷たい刃を当てられたような、死の気配が這い寄ってくる。
あまりの殺気に睨まれた警察官が腰を抜かしてしまった。
「…さて、向かうか」
刀に着いた血を拭き取り、鞘へ入れると周囲の警察官達を無視して、男はそのまま現場を後にするのだったーーー