小説の書き方心得。『ありふれた設定だね。』と言ってくる人に向けて
新しい料理を作りたいからって、
毎回、未知の食材探しに冒険には行かないでしょ。
夜も更け、静かな書斎で一人の作家、玲子はキーボードに向かっていた。画面に浮かぶのは、いつものありふれた設定の物語にみえる自身の新作。ふとすると、いつも彼女の頭を駆け巡るのは、過去に誰かに投げかけられた言葉だった。
『ああ、最近よくあるやつねw』
『同じような設定、見たことあるよ。』
『おろじなりてぃーほしいよね。』
これらの言葉が、どこか冷たい刃物のように玲子の心を切り刻む。誰もが無意識のうちに口にしてしまうその一言一言が、彼女の創作意欲に、そして魂に、深いトラウマを刻みつけたのだ。
――そんなある日、玲子はいつものように近所の中華料理店へと足を運んだ。
店内は、ほのかな油の香りと賑やかな話し声に包まれ、彼女の心をほんの少しだけ和ませた。仕事のストレスで胸がいっぱいになった時、玲子は無性に辛い物の味に救いを求める。看護師の友人に「新しいストレスをかけることで心を守っているのね」と心配されたこともあったが、その彼女も仕事終わりには強い酒を飲んでいるのだから、心配するほうの気持ちもわかるってものだ。
いつもの席に着き、玲子はふと、行きつけの店主に心情をぼやく。店主は、長年この店を守り続けてきた男で、何とも風格のある笑顔と、鋭い眼差しを持っていた。
玲子が、ため息交じりに「最近、どんな作品を書いても、ありふれた具材ばかりだって言われて…なんか新しいネタないかな」と呟くと、店主はにやりと笑いながら、カウンター越しに答えた。
『中華なんて、四本足ならなんでもくっちまうぞ。いい加減、新しい食材なんて出てこねえよ。3000年かけて世界中から集めて、うめえもんを残してきたんだ。それでも毎日新しい料理が浮かんでくるぜ。』
そう言うと、今日の大将おすすめの逸品が運ばれてくる。相変わらず、ものすごく辛いが、複雑な辛味の奥に旨味がじわりと染み出している。
店主の言葉は、ただの皮肉ではなかった。彼は、どんなに古くありふれた素材であっても、その「調理方法次第」で無限の可能性が生まれると語っていたのだ。
玲子の胸に、暖かな感覚が広がる。口は火を噴いているが、彼女の思考は次第に広がっていく。確かに、料理と小説は似ている。基本の具材―お米、塩、砂糖、しょうゆ、鶏や豚、牛、魚、さらには奇をてらったジビエ―は、どちらも欠かせない素材だ。小説においては、スキルや魔法、剣、転生、ハーレムといった設定がその具材に当たる。大事なのは、それらをどうアレンジし、どんな「調理法」で仕上げるかということだ。
料理人が見た目、味付け、しこみ、風味、香り、そして店の雰囲気や演出にこだわるように、作家もまた、ただ設定を並べるだけではなく、その設定に込めた情熱や工夫、細やかな描写で読者に新たな感動を届けるべきだ。単に「鶏肉かよー」と批判されるのではなく、作者自身の魂が宿る描写こそが、作品に深みと個性を与えるのだ。
そして、もう一つ。どんなに魅力的な異能や魔法、剣技の設定があっても、それを実際に体験し、感じ、味わわなければ説得力は生まれない。登場させる能力を、まるで自分の日常の一部として生きるかのように実感することで、キャラクターや世界観はよりリアルになり、矛盾なく深みを増す。中世ヨーロッパの歴史を描くなら、実際にその国を訪れ、風土や文化に触れた記憶を元に描くのと同じだ。
玲子は、これまでの自分の経験―看護師の友人との会話、バイト先での出来事、好きなゲームや得意なスポーツ―が、それぞれ独自の味わいを持つ素材になっていることに気づいた。たとえそれが物語の主軸から外れていても、作者の魂がこもった描写は、未知の世界を読者に届け、作品の魅力と深みを増す。
ふと、玲子は学校時代に出会った、ひと際賢い子の姿を思い出す。何気ない仕草や一瞬の閃きに、周囲が「すげー」と感嘆したその瞬間――それは「日本一の頭脳」と設定で語るのではなく、日常の中で自然ににじみ出る輝きとして表現されるべきものだ。
玲子は再びキーボードに向かう。指先からは、これまで以上に自分自身の体験と情熱、そして料理人のような緻密な技が溢れ出す。どんな批判も、もはやただの古いレシピの一部に過ぎない。大切なのは、どう調理し、どう味わわせるか――それこそが、創作という台所における真の魔法なのだ。
こうして、玲子は確固たる決意とともに、物語という新しい一皿を紡ぎ始めた。今夜の創作は、ただのありふれた具材ではなく、読者の心に染み渡る絶品のメニューとなるだろう。
新しい料理を作りたいからって、
毎回、未知の食材探しに冒険には行かないでしょ。
やめてください! グルメ界を冒険する美食屋なんてしりません!