カレンダー
別世帯な事もあってか、幼少期から現在まで割と親密なのに祖父母の生業を知りません。
祖父母は彼等の結婚以来、当方の実家から車で40分程の一軒家住まいで、殆ど在宅しており、良くお邪魔していました。
昔は画材屋、はたまた甘味処の自営業、時に祖父は会社員、ではなく俳人、祖母はテレフォンオペレーター、と思ったら算盤の先生と、折に触れ二転三転し、どれも事実にしてはその気配が窺えず、しかし虚構なら理由もチョイスも不思議です。
改めて問い質す機会もないまま当方が独立転居して、祖母が亡くなり祖父は独居生活に入りました。
最近当方が地元へ戻り、祖父を訪ねる機会が増えました。
祖父は地域のカルチャークラブのカレンダー作りに熱心で、年末の迫った先日、通年作成してきた来年版の自作の版画カレンダーや、友人作の写真カレンダーの完成品を披露してくれました。
祖父の版画カレンダーは、月毎に季節の植物を表したほっこりする一品でした。
一方、ご友人の写真カレンダーは、苔むした岩垣や、素っ気ないブロック塀、洋風の鉄柵門等の前からそれぞれ戸建ての民家を捉えた、もっと明るい日に撮ればと惜しまれる雰囲気の風景写真の連作でした。
各写真の垣根や塀や門の口の左前側に、ふんわりした短髪で痩せ型中背の大人が写っています。
両手を腹の前ですっきり重ね、細い首はぴんと伸ばし、鋭い顎をぐっと引いた如何にも几帳面そうなその姿は、若かりし頃の祖母に違いなく思われました。
つまりこのカレンダーはご友人から祖父への祖母追悼の品だろうと合点しました。
祖父母宅はずっと現在の一軒家の筈で、まさか余所のお宅の前で撮り集めた訳でもなかろうし、様々な家を背景とする一連の写真はご友人の合成でしょう。
何とも高度な編集技術と独特な感性をお持ちだなぁと思いつつ素敵だねお祖母ちゃん若いと祖父に告げると、祖父は心外げに顔を顰めてこれは祖母ではないと言います。
そうなのと当惑しつつ9月、10月と捲り、11月に写っている家が正にこの家のお向かいです。
お向かいの家の生垣の左前側に、若い祖母としか思えない人が目元も頬も力ませた生真面目な顔で直立し、どこか厳しげに前の方、この家の方角を見詰めています。
ふと呼び鈴が鳴り、玄関を開けると若い祖母が立っていて当方を見据える光景が妙に生々しく眼前へ浮かび、12月を見ないまま祖父宅を辞去しました。
改めて問い質す機会もないまま来年を迎えそうです。
終.