小学校1年生…人間なんて滅べばいいのに
名前は別としてほぼほぼ実体験をただただ書き連ねる。小学校1年生の頃の事とはいえ、これが始まりなので忘れようがない。
とりあえず教師はクズ。教師という職業につく前に四肢切断して教卓にでも貼り付けるぐらいの措置が無いとロクな事をしないと、昔は本気で思ってた。今でも教師は基本クズだと思ってるけれど、可哀想すぎるとも思ってる。結局「人間の教師」なんて学校教育では不要、それが答えなんだと思う。
「好き嫌いが激しいとこんな事になるんです」
老齢の女性教師、野口の声が教室に反響する。
舞台はとある小学校の1年1組の教室。教卓の上に1人の男子児童が後ろ向きに立たされアトピー…アトピー性皮膚炎で荒れた膝裏を見せ物にされていた。
男子児童の名前は「宮沢」。決して口数が多いわけではないものの、内向的というわけでもなく幼稚園時代には友人も多く運動も決して不得意ではなかった。
しかし、それが小学校入学と共に一変した。担任の教師は一言でいえば「独善的」だった。もっとも、教師など「クズ」「性格破綻者」「性犯罪者」などおよそ生きるに相応しくない人類の最下等種が9割を占めるので、特別運が悪かったとはいえない。悪いのは日本の教育システムだろう。
野口は自分の“お気に入り”の児童以外を侮辱するタイプの教師。宮沢は一学期の時点でもうやる気を失っていた。リアルな「のび太」とはこういうものだという有様でその成績は見るも無残。唯一、昔から得意としていた「算数」だけが最高評価であったことをのぞけば実技科目も含めて全滅だったといっていい。
宮沢はもう心を閉ざしてしまっていた。
そして7月のある日、事件が起きる。
野口が宮沢のアトピー性皮膚炎による皮膚の荒れ方を目の当たりにする。両膝と両肘の裏側はピンク色から赤色に変色していた。野口が7月まで気付かなかったことは、どれだけ児童を見ていなかったかという証拠となろう。
宮沢は好き嫌いが激しいところがあるのも確かだが元来小食で、食べるのも決して早くない。給食の時間内に食べ終わらないのは当たり前。あの頃の学校はそれを許さない雰囲気はあった。掃除の時間となっても食べ終わるまで掃除によりホコリが舞う中、食事を強要される世界だった。戦後でもあるまいに間違いしかない給食というシステムに嫌な思い出しかない大人もきっと多いだろう。
宮沢は無理矢理教卓の上に立たされ、見られたくもないただれた皮膚を見せ物にされ
「好き嫌いが激しいとこんな事になるんです」
と、間違った知識で貶められる。
児童にとって教師は絶対の存在。間違った事は言わない存在。ましてやそれが小学1年ともなればそこに疑う余地はない。宮沢は野口公認の「いじめていい対象」となった。
もちろん、小学1年生であったからこその救いがある。これがもう2学年3学年上であればどれほど陰湿ないじめにつながったかはわからない。
野口は「プールに入ると感染するので宮沢クンは今後プールに入るのは禁止」と宣言する。今は7月、もう何度かプールには入っている。それならもうとっくに感染している、けれど野口にそんな理屈は通用しない。アトピー性皮膚炎がプールで感染すると本気で信じているのだ。
学校に対する嫌悪感が募る一方の宮沢だが、プールの時間は自由時間も含めて学校生活での数少ない楽しみだった。しかし、それすらも奪われた。
そして1学期の通知表「プールの授業に欠席が多い」と体育の評価は最低評価。元々、それがなくとも既に最低評価になってもおかしくない状態ではあったが、自ら封じておいてのあまりにもひどいコメントにさすがに両親も激怒する。だが、学校は取り合わない。
2学期になると宮沢にとっては学校は地獄でしかなかった。休み時間になるたびの嫌がらせ。いじめ体験者からすれば「それが何だ?」と思うレベルのものだったかもしれない。だが、それが教師公認で帰宅中にまで長期にわたって続けばおかしくもなる。
「人間なんて滅べばいいんだ」およそ、小学1年生らしからぬ発想。けれどその時、宮沢はそう思っていた。人間なんてろくな奴がいない、こんな世界には何の価値もない。何もかもが間違っている。正しいやつなんていない。人間なんて滅べばいいんだ、毎日毎日何か破滅的な天災でも起きて自分ごと何もかも無くなればいいのにと。人間が滅びることを妄想することだけが、その頃の宮沢の楽しみだった。
未払いだの問題だらけの給食なんてシステムいつまで続けるんだろうなと本気で思ってる。
だからといって給食を賛美する人を否定する気はない。