プロローグ
現代社会の、それもごく一般的な階級。
そう、ブラック企業で社畜として今日も会社に尽くす。それがこの俺、北条守だ。
東京暮らしだが、どうやら今日も家に帰れなさそうだ。
そうして俺は東京の夜景を作る一人として、暗いオフィスにただ一人パソコンと向き合いつつ部長や課長の愚痴を言いながら黙々と手を動かす。
そしてたまにデスクに置いているエナジードリンクを飲み、元気を回復している。
この会社に勤めてはや半年。新入社員時代から愛用しているエナドリを飲まないと、いつ眠るかわからないぐらい疲労と寝不足が溜まっている。
ちなみに俺のデスクの上はエナドリの空き缶が散乱しているので、所属する部署での俺の呼び名は「エナドリマン」だ。
まあ、口臭だけでなく、やや体臭もエナドリの臭いに汚染されかけているのだから、当然だろうか。
そう考えながら、気怠い体に鞭を打ちつつ俺は手を動かす。
ふと手がポケットに突っ込んでいた。
手の中には小さな箱が収まっている。
そして俺はその箱を開けて中身を見てニヤける。
何かというと、“婚約指輪”である。
こんなエナドリ中毒者に婚約者がいるのにはもちろん訳がある。
それはもうすぐ卒業という大学4年の出来事だった。
「守くん。私、最近来てないの、」
「え!?そ、それっって、、、!?」
大学1年の時、ちょうど同じテニスサークルに所属していた同期の響さん。
特に運命的な出会いではなかったが、飲み会の帰り、酔った勢いでヤって既成事実化からのお付き合い。
そして大学4年の冬、出来てしまった。
そう、彼女が妊娠してしまったのだ。
結果、現在は同棲していて、俺の帰りを心待ちにしてくれている。
今日だって、
「ゴメン。もしかしたら今日も帰れない」
と連絡すると、即既読が付き、
「え〜っ、また〜。赤ちゃんも旦那さまのこと待ってるよ〜」
とか返信してくるので、もうメチャクチャ元気をもらうのである。
全ては愛すべき家族のため。
そうして今日も黙々と手を動かすのである。
ふと力が抜けた。
あれ、、、?
頭も痛い。
身体全体が動かない。
力が出ない。
デスクにうつ伏せになっていた。
身体のどこかがEnterキーに当たっているのだろう、目の前のパソコンの画面に空欄が作り続けられていた。
意識が朦朧とする。
俺、きっと死ぬんだろうなぁ。
労災認定してくれるのだろうか。
残された響さんは?
お腹の中にいる、まだ見ぬ我が子は?
“一体誰が養うんだ?”
家族が路頭に迷う。その嫌な想像が、俺の頭を過った。
”死にたくない、まだ死に切れない。“
愛すべき家族。そして、生まれてくる我が子の顔を見たい。
その気持ちだけが込み上がってきた。
だが、残酷にも視界と意識は徐々に薄れていく。
ふと、目に入った。
響へ渡そうと思っていた、婚約指輪だ。
残っている力を、、腕に、、、、
俺が最後に見た光景。
それは、強く握られた婚約指輪。そして、
スマホの画面に表示された、響からの、「帰るの何時になりそう?」という、メッセージだった、、、
こうして俺は、死んだ。
そのはずだった。
第零話 ープロローグー
ちなみに作者は共産趣味者です。