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夢のような贈り物

 初日のその時の出来事で、親の代で爵位を失った身の上の、少し変わった出自の娘が雑用係の新入りで入ったことは、この聖堂の内部で働く者たちの間に瞬く間に周知された。

 自分が噂話の的にされていることは知らないまま、セーラは最初はカティアに常について回って、仕事の内容について色々と教えてもらうことから始めた。


 ――覚えることが多くて大変だけど、一日も早くひとりでこなせるようになりたい。


 その一心だけでどんな些細なことでも聞き洩らさぬように心掛けて、懸命に働いた。

 そんな日々がしばらく続いていたある日、夜になって自分の部屋に戻ってきたセーラは、一歩足を踏み入れてすぐにその場で立ち止まった。

 具体的には説明しづらいものの、朝出て行った時とは明らかに違う、違和感のような何かを感じていたからだった。


 鍵がろくにかからない屋根裏部屋で暮らしていた当時に、気の抜けない状況が続いて感覚が鋭く鍛えられて、今ではどんなに上手く隠されていても、僅かな変化だけで自分の留守中に誰かが部屋に入った痕跡を容易に見つけられる。


 だから外から扉に施錠して出掛けても実際にはそれが余り役に立たない時が多いことを、セーラは身をもってよく知っていた。

 けれど今回だけは、過去に同様のことを経験した時とは、受ける感覚が何故か少し違うような気がした。


 ――何かしら……? 目的はよくわからないけど、誰かがこの部屋の中に入ったことだけは、間違いないと思うんだけど……。


 確信めいたものを感じながら、セーラは明かりをつけ、どこかに必ずあるはずの手がかりを探して、見逃さないよう慎重にゆっくりと室内を見回した。

 不意にドールハウスに目が留まり、じっと目を凝らしてさらによく見てみると、中に置かれていたダイニングチェアの位置が少しずれていた。

 まるでついさっきまで誰かがそこに座っていて、セーラが戻ってきたのに気づいて、慌てて立ち上がって外へ出て行った後のように。

 そしてテーブルの上には、見覚えのない小さな可愛らしい磁器のティーカップとソーサーのセットが置かれていた。

 心の警戒を解いて深い安堵を感じるとともに、セーラの顔が思わずほころんだ。


「これ、どこから来たのかしら?」


 壊さないように、指でつまんでそっとティーカップを取り上げてみると、中にはまだほのかに温もりがある液体が少しだけ残っていた。

 そっと鼻を近づけてかいでみると、上品な紅茶のとてもよい甘い香りがした。

 幻想の世界へいざなってくれるような、かぐわしい香り。


「なんていい香りなのかしら。ここは女神様のための聖堂だもの。きっと見慣れないわたしがこの部屋に引っ越してきたのが気になって、誰かが遊びにきてくれたのね」





 その日の夜更け、セーラは眠りにつく前にひとかけらのパンとチーズの載ったお皿と、蜂蜜のつまった小さなビンを、ドールハウスの横に並べて置いておいた。

 翌朝目覚めたら、そうなればいいと期待した通りに、お皿とビンだけを残して食べ物が全て跡形もなくなっていた。

 セーラは感激して思わず震えた。


 ――妖精が全部食べてくれたんだ! 昨日の夜のことはやっぱり気のせいなんかじゃなかったんだわ! なんて素敵なお客様なのかしら! また来てくれるように、今夜も何か置いておいてあげなくちゃ。


 それからセーラは朝と夜、毎日ドールハウスの横に欠かさず食べ物を置いておいた。

 仕事に出ていて部屋を留守にしている間や、就寝している時間の間に、ドールハウスの中に残されている妖精たちが訪れたらしい跡は、日に日にはっきりと分かりやすい形となってあらわるようになった。


 ついさっきまで、そこで楽しいお茶会が行われていたかのような名残り。

 エントランスホールの壁に新しくかけられた、森や湖畔の自然の風景を写し取った額縁に入ったきれいな絵画。

 調理器具を使って、お菓子作りをしたらしい後のお砂糖のほのかな甘い匂い。

 昼下がりにのんびりお昼寝をしていたかのようなベッド。


 姿は見えないけれど、それらの痕跡をひとつひとつ新たに見つけるたびに、セーラはとても嬉しくなった。

 せめてささやかでも何かしたくて、セーラは言葉で直接思いを伝えられない代わりに、ソファやベッドには妖精たちがくつろげるように、花の刺繍をあしらったやわらかなクッションを幾つも作ってドールハウスの中においておいた。


 するとその翌日には、今度は窓辺にはお返しの贈り物のように花が置かれていた。

 花は最初は一輪だけの切り花だったのが、日を追うごとに徐々に届く数が増えて、セーラは毎朝目を覚ますのがさらに楽しみになっていた。


 ――明日の朝は何が起きるのかしら……?


 そう思うと、次に起きるその素敵な出来事を想像してばかりで、毎日部屋で眠りに落ちる時にも、胸がはちきれそうなほど楽しみで仕方なかった。


 そんな日々を経て、ある日、花瓶に入りきらなくなるほどのたくさんの花が届けられた。

 そのことにこれまでと違う何かを微かに感じていた翌日、セーラが朝陽を感じて目を覚ますと、部屋の中には見たこともないような美しいチェストが置かれていた。


 ――わたしはまだ夕べの夢から覚めていないのかもしれないわ。もしかしたら聖堂に来たのも、本当は最初から全部夢だったのかも……。


 そう思いたくなるほどまだ信じられない気持ちのまま、おずおずとチェストに近づいた。

 引き出しは四段で、角には金の繊細な蔦模様の縁取りがあり、支えは猫足になっている真っ白に塗られたチェストだった。


「すごいチェスト。これも妖精からの贈り物なの……?」


 心を落ち着かせることなど出来ずにセーラは何度も何度も、そのチェストの周りを歩き回った。

 美しい夢や幻ではなく、朝陽の中でチェストは反射して輝き、まばゆい光を放っている。

 立派な邸宅にあるような豪奢な家具だった。

 よく見ると少しの使用感があり、新品ではなさそうだった。


 ――こんな高価そうなものが、いったいどこから……?


 セーラはそう思いながら、


「妖精にもっと贈り物をしなくていけないわね。このチェストへのお返しが、チーズの欠片や蜂蜜だけじゃ、とても足りないもの」


 幸いこの寮の部屋に引っ越してからは、住まいに関わる費用が何もかからなくなって、これまでよりも貯えを増やせる目途はたっていた。


 ――余裕が出たお金の大半は寄付するつもりだったけど、その分を使えば妖精に家を作ってあげられる。よかった。


 次の仕事の休みの日、セーラは街に行ってドールハウスの材料になりそうなものをたくさん買い込んだ。

 その翌日からはセーラは仕事が終わった後には、早速妖精たちが快適に過ごせるような、ドールハウスの増築や新築のための作業に取りかかった。

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