祈り係と雑用係
翌日からは本格的に聖堂での仕事が始まった。
初日にセーラは祈り係と雑用係の全員が揃って合同で行われる、朝礼の場で新しく加わった仲間として紹介された。
申し送りが住んで解散になると、早速セーラの周りには話を聞きたがって聖衣姿の祈り係の娘たちが集まってきた。
その中のひとりの、陽の光のもとで華やかに輝く、艶のある腰にまで届くプラチナブロンドを優雅になびかせた、美貌と呼ぶに相応しい、際立って美しい顔立ちの娘が前へ出てきて、
「ごきげんよう。わたくしはロザリンド。祈り係の皆のことを代表してまとめていますの。あなたはあの手つかずになっていた幽霊が出てきそうな空部屋に住んでるんですって? あんな薄汚いところに、それも独りでだとか」
「はい。でももう随分きれいにしてあるんです」
セーラが短く答えると、社交界でもそこにいるだけで美しさで周りを圧倒してしまいそうな容姿のロザリンドは意外そうに片眉をあげながら、
「まあ! 噂は本当ですのね。それにあなたは夜会ではお見かけしたことがない方よね?」
「父の代までで、今は貴族ではなくなったんです」
「それでは爵位を取り戻すためにここに働きにいらしたのね。それは大変ないばらの道ですわ。心から同情いたします。それならここで実績を積んで、ゆくゆくは国王様にお会いして再び戻れるようにお願いするのが一番の方法ですものね」
「国王様?」
「あらそれもご存じなかったの?」
「ここは王家の方々につらなる場所だったのですか?」
セーラが問いかけると、ロザリンドは稀有なる宝石を思わせる深い青の両眼に、何を今さら当たり前のことを、と言いたげな感情を浮かべた。
「そうですわ。この聖堂は古い時代から何かとゆかりが深い場所なんですのよ。表立っての特別な庇護は受けていないにしろ、それはこの街に住む殆どの人間は知っていることですわ。だからこそご自身を売り込んで爵位を取り戻したい方になら、再起をはかるためにはうってつけでしょうね。そうは思われなくて?」
ロザリンドの言葉を、セーラは直ぐに打ち消した。
「いいえ、わたしは貴族には戻れなくてもいいんです。ここに入ったのも、最低限は食べていけるように働く場所が必要だったから、ただそれだけなので、他には何も望んでいないんです」
明瞭なセーラの返事を聞いて、ロザリンド以外の他の祈り係の娘たちは、揃って眉をひそめた。
「強がりではなくて、本当にそう思ってらっしゃるの? 爵位がないままでもいいだなんて。それでは将来、まともな相手とは絶対に結婚できないわよ? それを知っていても、それでもいいとおっしゃるの?」
ロザリンドの後ろにいた娘が、再度セーラにたずねた。
「ええ、そうです」
セーラがもう一度迷いのないはっきりとした返事と共に頷くと、聖衣姿の祈り係の娘たちは明らかに釈然としない様子で一様に首を傾げあった。
「まあ、そういう価値観で生きてらっしゃるのね、珍しい方……。でもわたくしたちには分からないですわ。自分が生まれた家以上の爵位の伴侶を得ることを、最初から何も望まないだなんて」
祈り係の娘のひとりがそう言うと、その横にいた別の娘も、
「そうよね。それにせっかくここに入られるのなら、祈り係の方がよかったのに。その点では少しお気の毒よね」
「雑用係の仕事は、いつも何かと汚いことばかりですもの、あんなのはちょっと……。それに街の人たちの中に入っていって直接関わることなんて、そもそも貴族の娘がやるような仕事じゃないですものね……」
祈り係の娘たちが控えめな声で、雑用係の娘たちが集まっている方に目を向けながら、しきりにひそひそと言い合っていた。
そんな祈り係の娘たちの中で唯一ロザリンドだけが、途中からは話には加わらず黙っていた。
その時、それまでは少し離れた位置で朝礼に参加していたカティアが、素早く後ろから近付いてきて、
「セーラ、もう仕事が始まるよ! 遅れちゃうから早く行こう!」
わざと周囲に聞かせるような大きめの声で言うなり、急かすようにセーラの手首を強めの力で掴んでつかつかと歩き出した。
祈り係の娘たちが集まっていた場所から少し遠ざかり、建物の陰になる場所で立ち止まると、カティアはようやく手を放して、
「ごめん、急に無理に引っ張って連れてきたりして……。なんか後ろから聞いてたら、腹が立って仕方なかったんだ。あんなのいきなり聞かされて気を悪くしない人なんていないのに……。聞いててすごくがっかりしたでしょ? せっかく今日が仕事の初日だっていうのに」
「してないよ。いろいろな価値観の人がいるんだなって、思っただけだよ」
セーラが落ち着いた口調でそう言ってもなお、カティアはまだ心の内にあるわだかまりを全部は解消しきれていない様子で、
「わたしよりも年下なのにセーラは大人なんだね、でも嫌な思いしてなくても、わたしからは一言だけでいいからどうか謝らせて。マグノリア様は祈り係も雑用係もどっちも皆一緒で平等なんだって、いつも必ずそう言ってくれて、だから今日みたいに朝礼も毎回必ず一緒なんだけど……。でも、祈り係の子たちって、実際にはいつもああなんだ。本人たちに少しも悪気はないんだけど……」
カティアはそこまで言って、さっきまでいた辺りを見やるように後ろを少し振り返った。
そして再び口を開いて、
「余り言いたくないことだけど、祈り係はいつだって雑用係のことを下に見てて、こっちの雑用係の仕事なんて汚いだけ、って思ってる。これから頑張ろうとしてる相手にそういうことを直接言ってしまうと、それが相手を嫌な気持ちにさせるとか、失礼になることとかが、世間知らずのお嬢様の集まりだから、そこらへんが全然わかってなくて……。ああいうのだけはセーラには聞かせたくなかったのに。ごめんね」
カティアは唇を噛んで、とても悔しそうに言った。