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新しい場所での生活、聖堂の寮の部屋(3)

 壊れた寮の部屋の修理は、その後もとても順調に進んだ。

 最後の仕上げにもう一度、隅々までくまなく掃除をし、きれいになった床板の上から少し厚めにまんべんなく均一になるようニスを塗ってから、後は乾くのを待った。


 ようやく完成というころになって、マグノリアが心配顔で様子を見にやって来た。

 マグノリアは生まれ変わった部屋の様子を一目見るなり、胸に手を当てて感嘆の声を上げた。


「まあ、なんていうことなの! 見違えるほどきれいになったじゃない! これが本当に同じ部屋だとでもいうの? 自分の目がとても信じられないわ! ここに引っ越したいって言われた時には、最初はどうなることかと思ったけど、セーラ、あなたが来てくれて本当によかったわ!」


「わたしや他の雑用係の皆も、仕事の手がすいている時に交代しながら、たくさん手伝ったんですよ、マグノリア様!」


 褒めてもらいたくてうずうずしながらカティアが言ったので、セーラも後押しするように大きく頷いて、


「はい、たくさんの方たちに助けてもらえたおかげで、遅れずに予定通りに進めることができました」


「カティアも皆も、今回のことは慣れないことばかりの連続だったでしょうけど、頑張ったようですね」


 マグノリアが称えると、たちまちカティアは得意満面な顔になり、胸を張って照れながら笑った。

 それから、マグノリアは何かを思ったように、改めてセーラの方を向いて、


「セーラ、あなたの器用さや特別な力は、このわたしにもとてもよく分かりました。もしあなたさえ良ければの話だけれど、これからも時々、聖堂の他の場所を直すのもお願いできないかしら? 内々の事情で申し訳ないけれど、ここは単一の独立組織として存続し続けるために、基本的には運営に関しては、有志の方たちからの寄付だけでまかなっている施設だから、裏方へはあまり派手にお金を使えないのよ」


「はい、勿論、喜んでお力になりたいと思います」


 ガラリナの街にいた間の経験で身についた自分自身の能力が、またこの聖堂の中でも引き続き生かせることは、セーラにとっては何よりも願ってもないような嬉しいことだった。





 ――ようやく聖堂の寮の部屋へ、本当に引っ越しが叶った日。


 元々少なかった荷物をすべて運び込んでから、あらかた荷ほどきを済ませた後に、セーラは一番最後まで手をつけずに残しておいた、大きめの木箱を開けた。

 木箱の中には高貴な紳士淑女が住まう邸宅のような佇まいをした、テラス付きの3階建てのドールハウスが入っていた。

 慎重に取り出し、壊れてしまわないように、大切に両手で抱えるようにして持ちながら運んで窓辺に置いた。

 それから中の家具の配置を手早くきれいに元通りに整えた。


 ドールハウスの内側の部分は、壁でひとつひとつの部屋が細かく仕切られている。

 天井からシャンデリアが下がっている階段付きのエントランスホール。

 暖炉の置かれた団欒用のリビングや、食事のためのダイニング。

 床がタイル張りの調理道具が揃ったキッチン。

 他には天蓋付きのベッドとドレッサーがある出窓付きの寝室などがあり、それぞれの部屋は用途に相応しい模様で壁がきれいに塗られ、親指ほどの大きさの家具がきちんとそなえつけられている。


 この細部にまで凝った、麗しいおとぎ話の中に出てきそうなドールハウスは、セーラ自身の手によるもので、長い間とても大切にしてきたものだった。


 今までお金に余裕があったことなど過去に一度も無かったけれど、それでもその僅かな貯えを使いながら、何年も時間をかけて少しずつ作りあげてきたもの。


 夜のとばりがおりて部屋が暗くなってきたのを感じて、セーラはランプに明かりをともした。

 それから椅子に腰をかけて、唯一の心の拠り所のような存在であり続けたドールハウスを眺めていた。

 ぐるりとひとしきり室内を見回す。


「ここがわたしの新しい部屋ね。ここにはどれくらいの間いられるかしら」


 微かな呟きと共に、目を閉じるといつも思い出すのは、古びた狭い屋根裏部屋の風景だった。

 隙間風が吹く殺風景な部屋の中から、いつも夕暮れ時には街の様子を眺めていた。

 立ち並ぶ建物の煙突からは白い煙がたちのぼり、窓辺には暖かそうな部屋で夕食を囲む人たちの影が通りには映り込む。


 ――お父様、お母様……どうしてわたしをひとり残して死んでしまったの。わたしはいつもひとりぼっちなのに。


 いつも夕暮れにはそう思いながら、心がまだ弱く無力な自分の境遇を嘆いて、部屋の隅で声を殺してひとりで泣いていた。

 厳しい冬の寒さ以上に心をつらくさせる、言葉で言い表せないような身を切られるような侘しさを感じながら。

 それすらも今は懐かしい。


 ――顔を暗くすればそれにつられるように気持ちも落ちる。だから心が何も感じてないようにいつも努めてきた。もうあのころのように声をあげて泣くことはなくなったけれど、いつかわたしも誰かに、他の誰かの代わりとしてではなく、わたし自身が必要としてもらえる日がくるのかな。


 セーラはそこまで思って、ほろ苦いものを感じて微かな息を吐き出した。


 ――それにたくさんの場所で働いてきて、他の人よりも多くのことが出来ることになったけれど、それが必ずしもいいことではなかったことはもうよく分かってる。この先がどんな未来になったとしても、それでもわたしはひとりであることには変わりは無いから、だからいつも強い気持ちを持って、前だけを向いて進まなきゃ……。


 セーラは瞳を閉じて、まだ孤独に耐えられなかった少女だったころの自分が、まるですぐそこにいるかのように、過去の時間を静かな心で思い出した。


 ――淋しい時には歌を。


 上手に歌えなくてもいい。

 聴かせる相手もいなくていいの。

 美しい歌詞をくちずさめば、つられて心も軽くなる。

 そして毎日、ほんの小さなことに幸せを見つけるの。

 そうすればわたしはまだ大丈夫だと、自分の心にそう言い聞かせられるから。

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