エヴァリストラント公爵邸(4)
「妹のわたくしが言うのもなんですけど、女性関係がかなりゆるいことが唯一の欠点なのですけど、それ以外はリオン様ほどではないにしろ、あの兄もそこそこ有能ですのよ。次官としての働きも評価されているようですし」
「ねぇ……でもそれは、唯一のその欠点が、致命的にその人が駄目なところだって言わない? そういう問題のある人を、普通は友だちにはすすめないでしょ」
カティアが一目でそうとわかるほど青ざめながら言葉を返した。
「いいえ、それは考えようですわ。人間の言動には、常に何かしらの理由が根底に隠れていることも多いんですのよ。それが外から見えやすいか見えにくいかだけで……。わたくしが思うに、あの兄はリオン様がこのまま遠からず結婚まで突き進めば、確実に心中穏やかではいられなくなりますわ。だから気がかりなんですの」
「そうなの?」
「そうですわ。その証拠に、さっきリオン様の結婚のお話を聞かされただけでも、いきなり平常心を失ってあの通り、ですもの。お兄様が誰よりもリオン様を結婚させたがっていたはずなのに、人間はわからないものですわね……。まあ、元々兄が女性関係が派手だったのも、優秀なリオン様にそこしか勝てないと知っての、兄なりの対抗心からくる裏返しだったようですから、今後はこれまでと同じようにしたとしても、むしろその労力自体が無駄というか……」
「えっ……、リオン様への対抗心で、って、それってなんか歪んでない?」
「かなり歪んでますわよ。だってこのわたくしの兄ですもの、フフ」
「そうなんだ……っていうか、ロザリンドってお兄さんには言いたい放題なんだね。なんか聞いてて、逆に気の毒になってきたんだけど……」
「極めて冷静な分析ですわよ? わたくしのモットーは身内だからと言っても手心を加えたりはしませんの」
「なんか容赦なさすぎるし、ロザリンド………」
「それに、わたくしから見ると、一見共通項が何も無さそうに見えるのに、あなたと兄は似ているように感じる時があるんですわ。打ち解ければ、多分ふたりとも、とても気が合いますわよ」
「えー……。やっぱりそれ、どう考えてもいい加減に言ってるようにしか思えないよ。今思い出したけど、ロザリンドのあのお兄さんって、王宮の貴公子とか呼ばれてる人でしょ、わたしとは違いすぎて無理無理」
「あら、でもそれは兄のただの表の顔ですわよ?」
「お、表の顔……?」
「そのうち兄が仕事が休みの日に、もう一度我が家に来てみればいいですわ。そのときわたくしが言っている意味がよくわかるでしょうから」
「……ってか、いやその前に、なんでそうわたしにそんなにお兄さんをすすめようと……?」
カティアはどうにも釈然としない様子で引きながら、ロザリンドからとりあえず離れようとベッドの端に移動した。
そこまでふたりの会話を黙って聞いていたセーラは口を開いて、
「ねえ、ロザリンド、ありがとう。わたしが聖女になった話をお兄さんには言わないでおいてくれて」
「それは当然ですわ。そのことだけはリオン様とセーラのふたりだけでまずはこれからどうするかを決めるべきことですもの。それまではわたくしは誰にも明かしたりはしませんわ。明日わたくしたち兄妹とカティアが付き添って、リオン様のもとにあなたを連れて行きますわ」
「うん、ありがとう」
――リオンにわたしから、あの時は言えなかった本当の気持ちを伝えられたら……。
セーラがそう思った時、不意にロザリンドがセーラの両手を取った。
「セーラ、あなたはこれからとても幸せになれますわ、誰よりも、きっと」
「どうしたの、改まって。なんだか思わせぶりで意味ありげな感じじゃない?」
気を取り直したカティアが横から顔を出しながら不思議そうにきく。
「そんなことないですわ。ただ今夜のうちにそう伝えたかっただけですわ。だってこれからは、セーラにはいつもわたくしたちがついているんですもの。ねえ、カティア、そうでなくて?」
「それはそうだよね!」
カティアも笑顔で答えた。
その夜、聖堂の三人は手をつないで仲良く眠った。
――翌朝。
部屋の中に用意されていたそれに気づいて、カティアは目を瞠った。
「これって、祈り係がいつも『祈りのともしび』の仕事をする時に着る衣装だよね!? それがどうしてここにあるの!?」
「前々からセーラに頼まれていたんですのよ。王宮のようなおごそかな場所に行く時に使うのに、ちょうどいいから貸してほしいと。だから今日は全員でこれを着ていきますのよ」
ロザリンドが言うと、カティアは目を潤ませながらセーラに両手を広げて勢いよく飛びついた。
「セーラ、ありがとう! すごく嬉しい! 一度でいいから、いつかこれを着てみたかったんだ! 雑用係だとずっと着る機会がないからだいぶ前から諦めてたんだけど、わたしも着られるなんて夢みたい!」
「喜んでくれてよかった。この衣装もまた一緒にお揃いで着られるね!」
カティアとセーラは笑顔で、お互いの両手をぎゅっと握り合った。
「あら、カティア、あなたは祈り係のことが嫌いなのではなかったのかしら?」
片方の眉をあげながらロザリンドが言うと、
「この服のことだけは別だもーん。いいでしょ、憧れるくらい」
しれっとした顔でカティアが答えた。
早速三人でお揃いの聖堂の服に着替えようとした時、不意にカティアが何かをひらめいて、
「ねえ、ロザリンド。わたし、今、すごくいいことを思いついちゃった。今日はいつもの祈り係の『祈りのともしび』のためにこの服を着るんじゃないんだから、ただ着るだけじゃなくて、もうひと工夫してみない? せっかく三人揃ってロザリンドの部屋にいるんだし」
カティアは部屋に置かれているロザリンドが日常的に愛用している、豪華な化粧品や宝飾品の数々に目をやりながら言った。
カティアとロザリンドのふたりは、ひとしきり部屋の隅でひそひそ声で話し合った。
その後で、なぜかひとりだけ置き去りで仲間外れ状態なセーラを、ドレッサーの前の椅子に半ば強引に座らせた。
「どうしてわたしひとりだけを椅子に座らせるの……?」
セーラは困惑顔できいた。
「未来の王妃様にお仕えする練習を、今日から始めるんですわ。よろしくて?」
ロザリンドがふっくらした形の良い口元に優雅な笑みをたたえながら言うと、
「そうだよ、リオン様のためにね!」
カティアも片目をつぶって言った。




