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聖なる虹色のあかし(2)

「それよりもセーラ、今の話をわたくしとカティア以外の誰かに?」


 ロザリンドが問いかけると、セーラは「いいえ、誰にも」と短く答え、首を横に振った。


 ――けれど本当はこの事実を知っている人物が他にひとりだけいたが、心が苦しくそのことにはまだ触れられずに。


「この先のことを思うと不安でどうすればいいのか分からなくて……。このまま何も無かったように全部を胸の内にしまって隠しておいた方がいいの? ペンダントをしなければ、聖女のあかしはあらわれることはないわけだし」


「確かにおおやけにすれば、大変なことになりますわね。簡単にはこの先のことを決めない方がいいですわね」


「そうよね」


 ロザリンドの言葉にセーラは頷いた。


「この前の話の続きですけれど、セーラは本当にお妃様になる覚悟はおありかしら?」


「えっ!?」


 とたんにカティアが驚きの声をあげた。


「セーラ本人ならまだしも、当事者でもないあなたが、なぜそんなに驚いているんですの?」


 ロザリンドがちらっと視線を向けながらカティアにきいた。


「えっ、だってちょっと待ってよ。いきなりロザリンドがそんなことを言うからに決まってるってば! それにその前の話、って何のこと? しかもお妃様だなんて、それは流石にいきなり話が飛躍しすぎじゃない!?」


「セーラと少し前に、わたくしとわたくしの兄からの紹介で、現国王のリオン様に引き合わせるお話をしたのですわ」


「そんな話!? ってか、そんなことがロザリンドには本当に可能なの!?」


「その気になれば出来ますわよ。それにカティアこそ何を言っているんですの? この国の中で女性としての最高位となる豊穣の女神が選んだ聖女のあかしを持つ者と、対等に添い遂げられる立場になり得るのは、国王陛下をおいて、他にはふたりといませんもの」


「これはやはり誰が聞いても、そうなってしまうことなのね……」


 哀しげなセーラに、ロザリンドは同情気味に神妙な表情で頷いた。


「そうなるのも無理ないですわね。でもわたくしが感じてきた予感が、この先は現実になるような気がしますわね」


「ロザリンドが感じてきた予感、って?」


 カティアが再びたずねる。


「わたしの母は父と結婚する前には、元はそれなりに名の知れた舞踊家兼占い師を稼業にしておりましたの。だからわたしも少しだけ特別な力を受け継いでいますのよ」


「ふうん。それは分かったけど、で、ロザリンドが感じてきたその予感、っていうのはなんなの?」


「セーラが国王陛下の寵愛を受けて、お妃様になることですわ。わたくしがこの聖堂に祈り係として入ったのも、元々はそのお妃様の候補探しのためですのよ」


「え!!」


 カティアは驚いて再び前のめりにつんのめりそうになった。

 その横でセーラはとんでもないと言わんばかりに、


「ちょっと待って! そんなことありえないから! そのお話は今日のパンのことが終わった後に丁寧にきちんとお断りするつもりで……!」


 セーラは酷く慌てた。

 けれどそれも織り込み済みとでも言うように、ロザリンドは言葉を続ける。


「セーラならきっとそう言うと思っていましたわ。だからそうなる前に、女神様もあえて妖精をつかわせて分かりやすい形で力をお与えになったに違いありませんわ。聖女になるものは『運命に導かれる者』ですもの」


「ロザリンドのそれって、ここに入る時に、マグノリア様が皆に女神像の前で必ず一度は話す、いつものあの話のことだよね?」


「そうですわ。だからわたくしは常々思っていたんですの。セーラはここに来る前から、もうどこかでその何らかの運命が始まっていたのかもしれないと」


 ロザリンドが繰り返し納得させようとするようなことを言っても、セーラにはまだ到底信じがたい気持ちだけが心を占めていた。


「わたしじゃ、そんなの全然相応しくないわ」


 セーラが憔悴した眼差しで思いを口にすると、


「あら、どうしてですの?」


「わたしは親の代で爵位も失って、街で貧しい暮らしを長くしてきた、そういう人間なのよ。育ってきた環境は、実際の身分差以上に根深いことだと、自分が誰よりもよくわかってる。それに……」


 そこまで言いかけてセーラは言葉を途切れさせた。

 この先の話を口にしていいかどうかにまだ迷いがあった。

 このまま続きを話せば、もう誰の前でも、口にすることが憚られて自分以外の誰かに打ち明けること自体がなくなったあの時の過去の話へとどうしても繋がってしまう。


 ――でも、カティアとロザリンドにだけは聞いてほしい。わたしのすべてを。もう自分の過去には何も怯えなくていいように。


 そう改めて思い、セーラは十三年前のあの夜の出来事の記憶を、カティアとロザリンドに初めて聞かせた。


 伏し目がちになりながら忌まわしい惨劇の夜の話を一部始終し終えて、セーラは顔をあげ、


「今の話をきいてよくわかったでしょう? わたしはその時のたった一人の生き残りなの。たくさんの死んだ人たちもこの目で見た。とても恐ろしい記憶よ。一人だけ難を逃れたとはいえ、心に在る闇は消えない。その記憶を持ったままのわたしが、国王様のおそばにいるのに相応しい女性になれるはずなんてない。現に今も、もしも願いが叶うなら、聖女には自分以外の誰かが代わりなってほしいと心から思ってる。それなのに……」 


 そこまで言って言葉に詰まったセーラの目には微かに涙が滲んでいた。


「まだ話せていない何かあるんですのね? セーラ、もうわたくしたちにありのままをすべて打ち明けてしまった方が楽になれるかもしれませんわよ?」


 ロザリンドに促され、セーラはもう一度頷いた。

 その心に蘇るのは、ただひとつ、運命を決定づけたようなあの夜のリオンとのことだった。

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