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再び王宮で事件は起きて

 ――数日後の王宮。


「リオン様! 大変です! 保管してあった大切な宝石が消えました!」


 血相を変えた従者数人が、つんのめりそうなほどの勢いで廊下の向こうから全速力で駆け寄ってきた時、リオンはその場で倒れそうになるほどの眩暈を覚えた。


 ――遂に知られたか。いずれそうなるだろうとは思っていたが……。というか、半日以上気がつかないのか、お前らは! 王都全体の治安が自慢とはいえ、中枢に関しては警備に問題があり過ぎるだろ! 俺は昨夜からとっくに知ってたんだぞ! たった今気づいたかのように騒ぎ始めるのはやめてくれ……。それに妖精たち、俺とセーラを結婚させたがっていても、幾らなんでもやりすぎだぞ、これは!


 リオンには聞く前からわかっていた。

 いや、分からないわけがない。

 『これ』が他ならぬ、自分自身のせいなんだということが。


 ――俺はあの時、妖精どもに言ったぞ、確かにな。やるなら『もっと目立たないような、小さいものにしておけ』と。話を後ろ半分しか理解してないうえに、城の至宝の中の至宝のような、最も大切な宝石まで持ち出す許可なんて誰もしねーよ! やるなら他になんかあるだろ!? あいつらには静かにおとなしくしているという選択肢がないのか!? 何かを持っていきたきゃ、今は随分殺風景になったが、俺の部屋にあるものまでにしておけよ! とっ捕まえて、まとめて拷問部屋行きにでもさせるぞ!?


 この先の対応を思うと気力を削がれ、既に何もしたくない気分ではあるものの放置するわけにもいかず、城内が騒然となる中で、リオンはひとまず皆を落ち着かせるように出て行った。

 こうでもしなければ、もう収集がつかないだろうと判断からだった。

 自分が何かこの場で言うしか、他に道がないだろう、と。


「既に無くなったものを今慌てて探しても仕方がないだろう。それで直ぐに見つかるわけでもないだろうからな」


 従者たちは全員、こちらが気の毒に感じるほどに青ざめている。


「それに宝石が消えたことで、誰かが怪我などをしたわけでもないのだから、それが一番よかったと思うべきだ。とにかく今はこの話は他の者には伝えるな。いいな? また後で指示する。それまで待て」


 そう言うと、直ぐに踵を返して執務室に戻った。

 しばらくすると部屋の扉をノックする音が響いた。

 中に入ってきたエドガーは他の従者たちとは違って、別段何も気にもとめていないような飄々とした様子で、


「なんとなくですが状況が家具の時と非常によく似ていますね。今回は無くなったものの価値が桁違いですが」


「まあ、それはそうだな」


 机の上の書類から目を離さずに、リオンが応える。


「まさかですが、やっと結婚する気になったんですか?」


「結婚? 誰がだ?」


「勿論あなたがですけど」


「は? いきなりなんでそうなるんだ!?」


「書物によるとあれは古い時代には元々そのためにある証だったそうですし、それにしてはなんだか落ちつかれているご様子なので、あなたが自ら好きな相手に渡したのかと思っていましたよ。このところ夜にも何度も出かけてたからそうなのかなー、と」


 リオンが嫌々ではあるものの肯定の意を示すためにしかめっ面で頷くと、流石にエドガーも驚いた顔になった。


「但し、正しくは俺が渡したんじゃないが、どこへ行ったかだけは想像がついている。それにその相手には護衛のようなものもついているから、まあ、喪失の危険性だけは限りなく低いはずだ」


「護衛?」


「その護衛たちは俺の言うことは欠片もきく気がないが、弱くはないので無くなることはないだろう、多分な」


「あー、原因はあのあなただけにしか見えないもののせいだったんですか。僕もそんな気がしていましたけど」


「見えない方が幸せだと俺が昔から言ってきた意味がわかるだろ?」


「まあ、確かにだいぶ迷惑ですね」


「とにかくいずれ近いうちに、あれは元通り何事もなく戻るから安心しろ。あと、それまでの間は他の者たちには適当に辻褄が合うようごまかしておいてくれ。相手には返してもらえるように俺が直接出向いて頼んでくる。今回の件に対しては誰にも落ち度や責任はない。ただ時間稼ぎだけは頼む」


「で、あの宝石は今、誰のところにあるんですか?」


「それも聞かないでくれ。相手にも立場があるから、現状ではお前にも詳しいことはまだ話せない。察してくれ」


 従者の問いかけに対して、リオンはため息混じりにそう答えた。





 ――今回ばかりはあの妖精たちの暴挙には心底本当に参った。今気づいたが、まさか俺には生まれながらにおかしな呪いでもかかっているんじゃないだろうな? このありえない出来事の連続に、最近はそうとしか思えなくなってきたんだが……。


 その日の晩、長年翻弄され続けてきたことに遂に我慢の限界に達したリオンは、再び聖堂でセーラに会うため、地下の霊廟の中を肩を怒らせながら歩いていた。


 心に浮かぶのは、当然ながら妖精たちの行動への数限りない恨み言だった、

 前回会った時には、聖堂のパンの日までは会わないとセーラには伝えたが、ことはそれどころではなくなってしまったからだ。


 本来のこなすべき予定は多くを延期させた。

 城の者たちが仕事にならないほど右往左往しているのだから仕方ない。


 ――あの忌々しい妖精どもめ! あいつらをまとめて説教する前に、とにかく一刻も早く、あの宝石を城の宝物庫に戻さないことにはどうにもならないからな。戻した後の言い訳を考えるのはその後だ。


 起きてしまったことを今さら咎めようが、事実が覆るわけもなくどうしようもない。

 リオンはこれまでと同じように礼拝堂の奥に安置された女神像の裏の床にある、隠し戸から聖堂の内部へと出た。


 しばらくセーラを探して歩き回ったがなぜか見つからなかった。


 ようやく見つけたセーラは、聖堂の奥まった場所にある小さな水くみ場の近くにいて、ひとり夜空を見つめていた。


 周りを舞う妖精たちに囲まれ、なぜか哀しげな表情を浮かべている。

 リオンがこれまでに目にしたことがないような沈痛な面持ちだった。


 ――昼間の聖堂の仕事で何かあったのか?


 そういぶかりながら普段通りに声をかけようとしたものの、セーラの表情に説明のつかない感情にかられ、リオンはその場で立ち止まった。


 セーラがポケットから、大切そうにそっと何かを取り出した。

 その手にあるのは、まごうことなく長く宝物庫に保管されてきたあの宝石だった。

 次の瞬間に目の前で起きた出来事に、リオンは自らの目を疑った。


 ――月の光の中で、『それ』はただ神々しく眩かった。


 リオンは目の前で起きた信じがたい出来事と変化に、愕然とし言葉を失った。

 すべてが明らかになった時、セーラのそばにいた妖精が、その訪れと存在を報せるようにリオンの方へと飛んでいった。

 そこに立つ、リオンの姿を認めるなり、セーラは憂いの表情のまま、身じろぎもせずにただ立ち尽くしていた。

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