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不意の温もりに心が揺れる

 ――その夜の聖堂。


 パンを焼く日が近づいてきた晩、セーラは他の仲間の娘たち全員が帰った後に、またひとりで女神像の前で祈りを捧げていた。


 ――すべてを順調に進められますように。聖堂の皆や王宮の方々のため、大勢の方に喜ばれるようなとてもおいしいパンをたくさん焼くことができますように……。女神様、どうかわたしたちのことをお守りください。


 不意に妖精たちが飛んできて、セーラを慕い、肩におりてきた。


「わたしをリオンと添わせたいだなんて……」


 昼間のロザリンドから聞かされたあの話は、受け入れる受け入れない以前の問題で、返事をどうするかを考えることすらできない気がした。


「俺のことで何かあったか?」


 背後から突然響いたその声に、セーラは驚いて振り返った。

 今夜はもう随分夜更けの時間帯になっていたので、声の主の相手がこないだろうと思い、油断していたからだ。


「遅くなってすまない。仕事が立て込んでいて……。だが今夜も大切な友人に会いたくて会いに来てしまった」


「リオン……」


 目の前の男の言葉と行動が意味するものに、セーラの鼓動が高鳴った。


 ――そんなことを言われたら、まるでほんの少しの時間だけでも、会いたくて会いに来てくれたような気がしてしまうのに……。


 打ち消そうとしても打ち消せない思いを胸に、ふたりが目を合わせ歩み寄っていく。

 その時、不意に妖精たちがひとかたまりになって、セーラの背中をトン、と強めに押した。

 受け身をとれずに勢いのままにセーラはよろけ、リオンが反射的に腕を伸ばしてそれを受け止め、ふたりの身体が重なった。

 至近距離でお互いの顔が近づき、思わずふたりは離れた。


「ごめんなさい、リオン」


「俺の方こそ」


 ふたりはお互いの目を合わせずに言い合った。

 セーラは頬が熱くなるのを感じた。


 ――どうしよう。ロザリンドから昼間あんな話を聞いたから、リオンに会っても余計につい意識してしまう。わたしがお妃様候補になんてなれるわけないのに……。


 そう思いながらも、今夜のセーラには肩幅の広いリオンの体つきや、骨ばった指先がいつもよりも目についてしまっていた。


 一方のリオンは、再び直に触れて感じたセーラの身体の温もりと、甘い香りに抑えきれぬ激しい感情がさらに募った。


 ――俺はもう自分を抑えられない。今夜、このままあなたを俺の部屋に連れて帰りたい。


 リオンは顔を近づけながら、セーラの目を見ながら思った。

 だが、それをまだぎりぎりで堪えながら、


「孤児院のおもちゃの時よりも、多くの寄付を集められたそうだな。感心した」


 極力平静を装いながらのリオンの突然の言葉に、セーラは驚きの表情になった。


「その話をどうして知ってるの……?」


「側近から聞いた、セーラたちのことを。何か目的があったからなんだろう?」


「聖堂の雨漏りが酷かったから、雑用係の皆が働いているところの環境を少しでも良くしたくて、その修繕費用を工面するために、それで街で歌を……。でもまだ随分かかると思うけど頑張りたいと思ってる」


「俺が力を貸してやることもできるけど、それは望まないよな?」


「今回のことは時間がかっても、自分の力で出来るところまでやってみたいの。聖堂の皆もやる気になっているから」


「そうだろうな。友人の俺が助けてやろうとして力を貸しても、あなたはそれ以上のものを自分でいずれ成し遂げてしまう気がする。俺もそれを見たいんだ。俺が贈れるのは金でまかなえる物だけでふがいなく思う」


「そんな……」


「今日はこれで帰る、今夜はあまり長居をするつもりじゃなった。まだしばらく日数があるが、この先は予定が多くて、パンの役で王宮に来てくれる日までここには来られそうになかったから来た。今夜もあなたに会えてよかった。こちらに来てくれる日、俺は王宮であなたを待つことにする」


 リオンに言われ、頷いたセーラの頬が自然とより赤みを帯びた。

 数歩歩きだしてから、リオンが最後に振り返った。


「おやすみ、セーラ」


「おやすみなさい、リオン」


 ふたりは最後にそうして別れた。

 お互いの心に離れがたく感じる、想いの余韻だけを残して。





 その後、セーラは妖精たちと部屋に戻った。

 部屋の扉を開けた瞬間、妖精たちが光の軌道の描きながら、先に室内に入って行った。

 そして、窓辺でセーラを呼び寄せたがっているように跳ね回っていた。


 いざなわれるようにしてそこまで歩いていくと、窓のそばに見覚えのないものが置かれていることにセーラが気付くのにそう時間はかからなかった。

 あの時届いたリオンからの手紙が置かれていたのと同じ場所に、大きな虹色の宝石がはめ込まれたペンダントが置かれていた。


「なんてきれいな宝石なのかしら、これもあなたたちからの贈り物なの?」


 周りを飛び回る妖精たちに問いかけた。

 ペンダントに用いられている宝石は、市中の宝飾店で扱われるようなものとは全く異なる神々しい絶対的な何かを感じさせるほどの輝きを放っている。

 リオンが時々見せる眼差しにもどこか似ているように見えるそれを、セーラは遠慮がちにそっと手に取ってみた。

 宝石を飾る鋼のこしらえも、随分立派なものだった。


「虹色の石なんて初めて見たわ。まるで女神様がくださった宝石みたい」


 そう呟いたセーラの肩には妖精たちがのってきた。


「これは流石に仕事に出ている間に、この部屋の中に置いておくわけにはいかないわね。どうすればいいかしら……」


 そう口にしたセーラが宝石を手の中に包み込んだ時、石が突然ほのかに明るく輝き始めた。


 ―――そして……。

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