大切な役目を託された麗しき娘(2)
それからセーラとロザリンドのふたりは近くのベンチに並んで腰をおろした。
そしてロザリンドは少し間をあけてから、セーラの顔を見ながら改まった口調で話し始めた。
「まずは王宮にパンを持っていく例の役に選ばれたこと、とてもよかったですわね。ここの者はなかなかあの名誉ある役にはなりたくてもなれないんですのよ。でもまあ、わたくしもあなたが抜擢されるなら相応しいと思いましたわ。ただここの全員の代表で行くのだから、あなたにもカティアにも、それ相応の意識や責任感は持ってもらいたいですわ。でも勿論、だからといっても、わたくしが何か先輩として意見がしたいというわけではないんですの、そこはどうか悪く取るようなことはなさらないでね」
ロザリンドのその凛とした話し方からは、純粋に心から祝福しようとしてくれている気持ちだけが伝わってきた。
ただ、さっきのロザリンドを取り囲んでいた娘たちへの対応に苦慮していたように見えたのがセーラには気になり、
「ロザリンドは今年のパンの役が、祈り係から選ばれなかったことを気にしていないの? 他の人たちは皆納得していないようだから……」
セーラが問いかけると、ロザリンドは直ぐにとんでもないと言いたげな顔をした。
「誤解なさらないでほしいですわ。わたくしは曲がったことが大嫌いですのよ。歴代の先輩たちがさも当然のようにされてきた、信仰心とはかけ離れた個人的な目的を果たしたいがためだけに、寄付金を過剰に積み上げるような真似は好きではありませんの」
ロザリンドは迷いのないきっぱりとした口調で言うと、上品で優美な仕草で金の髪を指ですきながらなびかせ、
「当然わたくしはそんなずるいことに自分が加担したことは一度もありませんわ。品位を保つためには、金銭で解決していい事と、してはならないことの区別はつけなくては。それにこの聖堂では規律を守るためにこれまでは余りおおやけには主張はしてきませんでしたけれど、『身を立てたいならば自分の力で』が、わたくしが生まれたエヴァリストラント家のモットー、だから慣例とはいえ、毎年祈り係がその役につくことについても、そもそも選考の条件自体が平等ではないことに疑問を感じてさえいたのですわ」
「そうだったの……」
セーラが頷くと、もっともらしくロザリンドも頷いた。
「この聖堂は改革をすべき点が何かと多かったのですわ。それはセーラも既に重々承知でしょうけど。それにわたくしはあなたが新しい仲間として聖堂に入ってきた時から、何か特別なものを感じましたの。あなたの仕事で雑用係の持ち場の雰囲気が変わっていくのを見ていて、さらにそう思いましたわ」
「……」
「あなたは元は貴族の生まれではあるけれど、途中でそうではなくなった。どこにも属さなかった間の特殊な環境が、今のあなたを形作っているのでしょうね。……あなたが入って下さって、わたくしは自分の世界がいかに狭かったかを思い知りましたのよ」
「そんな……」
「あら謙遜なさらなくてもよろしいのよ? それにここからが最も重要な本題で、この国の国王陛下のことですけれど」
「国王様が何か……?」
意外な話になったのでセーラはどきりとした。
まさか夜間にこの聖堂で、自分たち以外には誰にも知られずに、友人として他ならぬ本人にたびたび会っていて、しかも禁足地にまで連れて行かれたことまであります、などとは勿論言えるわけがない。
それにこうして予期せずにリオンのことが語られると、どうしても内心動揺してしまう。
ふたりだけで直接ここまで長く話したことが過去に一度も無かったロザリンドが相手なら、なおのことだった。
「わたくしは身内が現国王陛下のリオン様と子供のころから懇意にしていた縁で、昔からよく存じていますの。あの方はこの長く続いてきた王朝において、歴代過去最高の名君の資質を持った誉れ高きお方ですが、なんというか反面、それゆえ少し変わっていらして、国王らしくないというか、なんというか……。わたくしの勘ですけど、セーラに会ったらとても気に入って下さるんじゃないかしら?」
ロザリンドからの考えもなかったような提案に、セーラは驚いた。
「あの方は美しく着飾っただけの令嬢らしい令嬢はきっと好まれないから、だから周りの者たちがそれを何ひとつ理解せずに、見目麗しさだけを基準にして選んだ誰かと引き合わせようとしているから、退屈で一向に興味を持たれないのですわ」
「……」
「わたくしの身内も、そのことに以前から気を揉んでいるひとりで……。わたくしは聖堂に入る時に、家の者からその役目も実は内々に託されていましたの。ここでの働きぶりや立ち居振る舞いを見ていれば、その方の内面や真にどういう人物であるかが、とてもよくわかりますから。だからわたくしはいずれあなたをお妃様候補として推薦しようと思っていましたのよ。だから今回のパンの話はリオン様にお会いできる、またとない、いい機会ですわ」
「そんなこと……」
セーラは唐突すぎるロザリンドの話を、悪い冗談だというように曖昧に受け流そうとした。
ロザリンドが気の迷いか何かで、悪い冗談を言っているようにしかセーラには感じられなかったからだ。
リオンのことは好きでも、自分がお妃様候補などと、そんなことが到底あっていいはずがない。
そうとしか思えなかった。
「いきなりの話でとても驚かれたでしょうね。でも本当ですのよ。真剣に考えておいてくださらない? あなたからの返事次第では、わたくしは早い時期に身内に具体的な話をしたいと思っていますのよ。どうかしら?」
「そんな……唐突過ぎてなんて言っていいか。恐れ多くて……」
「それはそうでしょうね。でもわたくしは本気ですわよ。それから……」
そこまで言いかけてロザリンドは少し躊躇うような間を置いた後で、
「アスランを可愛がるのでさえ、人目を気にしていなければならないのなんて、今思えば前は随分窮屈だった気がしますわ。とてもなついてくれていたのに、それを見て見ぬふりして素通りなんて本当は心が苦しかったんですの。これからはあなたとカティがいる時には、わたくしもここに来てもよろしくて?」
「勿論よ、いつでも歓迎するわ、ロザリンド」
セーラはロバのアスランの話になったので心が少し落ち着けることができて、微笑んで頷いた。
それから少し思い出したことがあったので、この機会に大切な相談してみるつもりで切り出した。
「ロザリンド、実は少しお願いがあるの。聞いてもらえる?」と。




