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大切な役目を託された麗しき娘(1)

 ――さらにその二週間後。


 その日、セーラはカティとは違う仕事をひとりでしていて別行動をとっている時に、厩舎の横で聞き覚えのある誰かの声を聴いた。


「ロザリンド、何もせずにこの状態を、このまま放置しておいてもいいんですの?」


「なんのことかしら?」


「あのパンを持っていく役のことよ! 順当にいけば今年はロザリンドが王宮に行くはずだったのに、それがこんなことになってしまったせいで、夜も眠れないくらいに悔しくて……。それにあれは祈り係が必ずやることだって、ずっと決まっていたのに! それをあんな今年入ったばかりの新人がやることになるなんて到底考えられないわ!」


「祈り係が必ず、という規則ではなかったはずですわ。でもあなたがたがわたくしに思いを寄せてそう思って下さるのには深く感謝しますわ、でも既に決まってしまったものは覆せませんもの」


 壁際からそっと向こう側を覗くと、あのロザリンドが、五、六人の取り巻きの祈り係の娘たちに囲まれていた。


「今からでも遅くないかもしれないわ。今からわたくしたちでマグノリア様に抗議に行きましょう。そうすればきっと思いを分かって考え直して下さったうえで、上の方々に進言してくださるに違いないわ。ねえ、皆様もそうは思われなくて?」


 祈り係の娘の中のひとりがそう言うと、その意見にもっともだと言うように他の娘も次々に揃って頷き合った。


「そうよ、それがいいわ! 早速今からここにいる全員で参りましょう」


「お待ちになって。わたくし自身はそんなことを望んでいませんのよ」


 ロザリンドがたしなめるようにはっきりとした口調で止めても、他の娘たちはまだ納得できない表情をしていた。


「でも……」


「皆さんが感じて下さった強いお気持ちはよくわかりましたわ。でもそのことで祈り係全体によくないイメージがつくようなことになればどうかしら? 内輪揉めはここでは減点対象にしかならないのに、それでも皆さんはマグノリアに話に行こうと言われるのかしら?」


「それは……」


 祈り係の娘たちは顔を見合わせて言い淀んだ。


「とにかくこの話はもう終わりにしますの。これ以上の行動はどうか慎んで頂きたいですわ。わたくし自身は何ひとつ不満を持ってはいませんから。よろしくて?」


 ロザリンドは最後にそう締めくくった。





 賛成してくれるものだと思っていたものの、実際には願いが聞き届けられず、歯がゆい表情をした娘たちが渋々その場から離れていくのを見届けてから、ロザリンドは今度はつながれているロバの方に向き直った。


「さて、アスラン、お前は今の話をきいてしまいましたわね? でもそれはわたくしとお前だけの秘密にしておいて、もし聞かれても誰にも話してはいけませんわよ? お前にこっそり好物を持ってきただけのつもりだったのに、こんなところで皆につかまってしまうとは思いませんでしたけれど……」


 セーラが見ている前で、ロザリンドは不自然に膨らんでいた聖衣のポケットからリンゴを取り出すと、ロバのアスランの鼻先に持っていた。


「他の誰かがくる前に、さっさと食べてしまうんですのよ。そんなに物欲しそうな顔をしていて、ここを通るたびにわたくしのことを甘えるように呼んだりして、全く困った子ですわね。お前はいつもセーラとカティアにお腹いっぱい食べるものをもらっているんじゃなかったのかしら?」


 アスランのたてがみを撫でながら、ロザリンドは続けて言った。


「お前は本当はもっと太れたのね。わたくしはいつもコルセットをきつく締めたドレスを着ることばかりに考えがいって、カティアのような頑丈そうな娘とは違って普段からあまり食べないようにしているから認識が足りなかったのですわね。可哀想なことをしてしまっていたのね。セーラはその点、お前の体形維持のこともよく分かっているようね。立派になってきてよかったですわね」


 もらったリンゴを、嬉しそうにあっという間に食べつくしたアスランに向かってロザリンドは、


「まあ、お前は本当にこれが好きですわね。仕方ないからまた今度持ってきてあげますわよ。でも次の時まではおあずけですからね」


 撫で続けていると、アスランがもっとそばに寄りたそうに鼻先を寄せてきたので、ロザリンドは手で押し返しながら、


「アスラン、幾ら良い匂いがしておいしそうでも、わたくしの髪は食べものではありませんのよ。よろしくて?」


「あの……」


 セーラが背後から遠慮がちに声を掛けると、ロザリンドが慌てて振り返った。


「これはその、このアスラ……じゃなくて、このロバがどうしても食べたがるからですのよ! わたくしが食べさせたくて、食べさせているわけではなくて……!」


「本当にアスランと仲良しだったんですね」


「……!!」


 もう言い逃れが出来ないと思ったらしく、ロザリンドは酷くバツが悪そうに顔を赤くした。

 しばらく黙っていたが仕切り直すように、


「そうですわ。せっかくここでこうして会えて丁度いい機会ですから、セーラ、あなたとふたりだけで話したいことがありますの。少しそちらに座りませんこと?」


 わざとらしく咳ばらいをひとつして、ロザリンドが言った。

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