孤独で不遇な少女は、聡明に心優しく成長し(3)
「報告に来てくれてありがとう。早速だけれどセーラ、聖堂の見学はどうだった?」
学院に戻ってきたセーラを、学院長は紅茶と甘い香りがするお菓子を用意して迎えてくれた。
「とても素敵なところで、皆さんに優しくして頂きました」
学院長室の中に置かれた来客用のソファに、ふたりで向かい合って腰を下ろしてからセーラが答えると、学院長は穏やかな微笑みを浮かべた。
「そう、順調に終わったようね。それは何よりですこと。それじゃあ先方に、あなたのことを正式にお願いしておいてもいいかしら?」
「はい、あの場所で働けたらいいな、って思いました」
「わたしはあなたなら、きっと大丈夫だと思うわ。だからこそ、この話に紹介しようと思ったんだから」
「ありがとうございます」
そこまで話してから、学院長からどうぞ召し上がって、と促されたので、セーラは遠慮がちな様子を見せながらも、温かな紅茶の注がれたティーカップとソーサーを手に取った。
「そういえば、あなたが王都から戻ってきたら、もう一度だけあの話をしようと思っていたんだけど、学院を卒業した後にも、その気になればあなたがいつでもこちらに戻ってこられるよう、わたしがここからいなくなった後にも、あなたの部屋は残しておくように後任には引き継ぐつもりだったけれど、その話はやはり辞退するつもりなのね?」
「後々に影響しますので、誰かひとりのためだけの特例は作ってはいけないと思うんです。身寄りがないわたしのことを慮って下さっていることは、とてもありがたく思っていますが……」
セーラは手元の湯気がたつティーカップに視線を落とし、少し伏し目がちになりながら、申し訳なさそうに答えた。
「そうね。誰よりも努力しているはずなのに、いつも目立たないように心がけているあなたなら、きっとそう言うと思ったわ。これまでたくさん苦労してきたことを知っているからこそ、せめてこの先々にも少しでも助けになるものを何か残してあげたくて、親代わりのつもりで、つい必要以上に心配になってしまって……。でも、それはあなたの将来のためには、もうやめなくてはいけないものね。良い結果が出るといいわね。先方からのお返事を楽しみに待ちましょうね」
話を終えると、セーラはお茶のお礼を伝え、深々とお辞儀をしてから学院長室を出た。
それから一週間の間、セーラは落ち着かない気持ちで毎日を過ごした。
――想像以上にとても立派な聖堂だったわ。本当にわたしが採用されるのかな? やっぱり駄目だったんじゃないかしら……?
と、繰り返し思いを巡らせながら。
八日経ってから、待ちこがれていた連絡がようやくきた。
選考の結果は採用。
セーラは晴れて、名高いガルディアン大聖堂の下働きの雑用係として働けることになった。
――セーラが学院の寮から離れる日。
今年学院を卒業した同級生たちは皆、既に一足先にそれぞれの新たな進路へと旅立っていた。
後に残っていたのは、ただひとりセーラだけだった。
だがそれも今日、この時まで。
老いて不自由な足でありながら、在学中は何かと気にかけてくれた学院長は、杖をついてセーラが学院を離れる前に見送りに来てくれた。
後輩たちとのひとときの別れの挨拶を済ませた後で、学院長とセーラは学院の門の前で、最後にふたりだけで向かい合って立っていた。
この春をもって引退し、学院を去ることが決まっている学院長は、名残惜しそうに淋しげな微笑みを浮かべ、セーラに静かに語りかけた。
「あなたが最初にここに来た日のことが、今はとても懐かしいわ。セーラ、あなたはとても心が強い人だから決して挫けないし、どんな道に進んでも大丈夫だと分かってはいるけれど、お節介なわたしに、最後のはなむけに少しだけ言わせてちょうだい。どうか身体にだけは気をつけなさい。これから先も自分の力だけを頼りに生きて、何か大きなことを成し遂げていくのなら、心身が健やかであることこそ大切なのだから」
「はい。この学院で学べたことを、いつも誇りに思いながら生きていきます。これまでとてもお世話になりました。学院長先生もお元気で」
セーラははっきりとした声で答えて深く頷き、学院長がかけてくれた言葉を、今ひとたび胸に深く刻んだ。
明るい日差しの中に、旅立ちの背中を押してくれるような、優しさを感じる風が吹き抜けていく。
「眩しいほど立派になりましたね、セーラ。王侯貴族たちの多くが住む王都は、この街とはしきたりや人の考え方も、何かと違うことが多いことでしょう。それゆえ、自分の人生を生きていく過程で、努力でどうしても埋められないものに突き当たって挫折し、どうしてもこの先に進むのが無理だと感じてしまうような時もあるかもしれない。そんな時には、いつでもこの街のことを思い出し、そして帰ってきなさい。また最初からやり直せばいいと、どこかにそう思える場所があるだけでも、人は強くなれるものだから」
学院長は最後の別れ際に、セーラの両手を皺が深く刻まれた細い手で、温かく優しくそっと包み込んでくれた。
そうして、六年の月日を過ごした慣れ親しんだ女学院の学び舎を後にして、セーラは一路再び王都へと向かった。
ガルディアン大聖堂への道を辿るのは既に二度目なので、道中は特に迷うこともなく、これから始まる新生活への期待で抑えられぬほど胸が高鳴り、意気揚々としていた気持ちも手伝って、予定していた時間よりだいぶ早く到着した。
――しかしそこで、セーラはいきなり思わぬ困難な問題に突き当たった。