名誉ある役に選ばれたのは(2)
マグノリアが去ってから、カティアは控えめに周囲を見回し、セーラに顔を寄せてそっと耳打ちした。
「なんだか、大変なことになっちゃったね。ほら、見て、祈り係の子たちがすごい顔をしてこっちを見てるよ。まあ無理もないけどね」
カティアは優越感たっぷりな表情を隠そうともしていない。
「そんなに特別なことなの?」
小さめの声でセーラが聞き返した。
「そりゃあね。でもセーラがいなくて、わたしだけなら辞退してたよ。そんなことがしれたら、うちの父には後でめちゃくちゃ叱られるだろうけど、そんなの知らないよ。ここで働いてるだけで、もう十分苦労してるんだから、今さら面倒なお役目なんてすすんでやるわけないし」
「そうなの? さっきはあんなに喜んでたのに?」
「そりゃそうだって! 堅苦しいことなんて大嫌いだし。この持ち場はこういうものだから仕方ないんだって、どうにか納得しようとしてたけど、でも雑用係が日陰の役割ばかりなのが、最近特に嫌になってたんだ。普段は表に出る機会が少ないだけで、こっちだって毎日頑張ってるのに。だからたまには、祈り係が悔しい思いをするくらいの方がちょうどいいよ」
王宮行きの話の正式な通達があった翌日から、本番前の予行練習のために、セーラとカティアのふたりはパン作りにいそしんだ。
早朝から材料の仕込みをし始めて生地を二段階に渡り醗酵させ、きれいに形を整えて石窯で焼く。
その一連の作業を毎日入念に繰り返した。
パン作りのために王宮から届けられた小麦の量は使い切れないほど潤沢で、用途は限定されておらず自由にすることが許されていたので、出来上がった試作品のパンは最初のうちは寄付品の食料や日用品などと一緒に、救護院や孤児院に届けていた。
が、そのうちにふたりはもっといいことを思いついた。
今日はセーラとカティアは聖堂の裏の一角にある野菜畑と花壇が隣り合っている、いつもの場所に来ていた。
収穫の時期を迎えた野菜がみずみずしく実り、多種多様な花が咲いている。
セーラとカティアはそれらを手分けして摘み取ると、ロバにつけた荷車の上に乗せて、買い物で賑わう市場のある方に向かった。
そして大通りに面した一角に荷車を横づけした。
ふたりが聖堂の娘だとひとめで分かる姿をしているので、通行人たちが何事かと次々に足を止めた。
「お花やお野菜はいりませんか? 売上げはすべてガルディアン大聖堂の建物の修繕費用にあてられます。どうか皆さん買ってください」
そう声をかけて、街頭であわせて寄付を募った。
瞬く間に人々が集まってきて、そのうちの何人かがパンや野菜を買おうと名乗り出てくれた。
思った以上に好感触な気配を感じて、つられて気分も高まり、
「そうだ! セーラ、ここであの楽しい歌を歌おうよ。もっと皆に注目してもらえるように!」
「あの楽しい歌、って?」
「セーラが教えてくれた、あのガラリナの職人さんたちの歌! わたしももうたくさん覚えたから! わたしはセーラのようにはうまく歌えないかもしれないけど、一緒に歌うから!」
カティアとセーラは頷き合い、ぎゅっとお互いの片手を繋いで、ふたりは声を合わせて歌った。
貴族階級の出自の聖堂の娘が、職人たちがくちずさむ庶民的な歌を歌う姿に、道行く人々はつい足を止めた。
心を通わせ、呼吸がぴったりと合ったふたりの歌は美しく声が重なり響きあい、優しく温かいメロディーは風に乗って遠くまで響いた。
終わると通行人たちからは拍手喝采、初日からふたりが想像していた以上の多くのお金が集まった。
それを幾度か続けてしばらくの後、他の雑用係の娘たちも歌に参加するようになって人数も増え、花や野菜を売り歩く生活にも慣れてきたころの、ある日の夕方、カティアは聖堂に戻る道を辿りつつ、うきうきしながら言った。
「セーラのおかげで親にもすごく褒められたよ。街の人たちとの繋がりを大切にして、趣向を凝らした自発的な行動で自分の力で何かを変える、それこそが聖堂の仕事の真髄だ、って! わたし、祈り係じゃなくて雑用係をやっててよかったって、初めて心の底から思えたよ!」




