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路地裏の酒場、その片隅で(1)

「……で、これで気が済んだのか? エドガー」


「まあ、それなりには、ですかねー」


「微妙な返事だな……」


 ここは王都の市場の一角の何軒かのギルドが立ち並ぶ通りの路地裏にある、飲食店の壁際の席だった。

 そこでリオンとエドガーのふたりは、今日の会議の総括を兼ねつつ、改めてそんな会話を交わした。


 王宮の地下通路は霊廟や聖堂のみならず、他にも迷路のように王都の様々な場所に繋がっている。

 ふたりは執務室の引き出しに以前からひそかに隠してあった、市中を出歩くのに適当な服に着替えると、地下通路を通ってひそかに外に出た。


 そして市中に出ると、市場の周辺をしばらく見て回った。

 それが済むとこの店に入り、先ほど席についたばかりだった。

 古びた木製のテーブルの前で店員を呼びつけて、適当に酒とつまみを注文した。


 店は夕食の時間帯で混雑していて、客の数が多い。

 頼んだ酒が直ぐに運ばれてきたので、ひとまずリオンとエドガーは互いに今日の労をねぎらい、持ち手のついたカップを重ねあうと、ひとくち口をつけた。

 そうしているうちに、すぐに料理も運ばれてきた。


 エドガーは皿に盛られた、この店の名物になっている湯気が立ち昇る辛味ソーセージに、上からフォークを一突きでぶすりと突き刺した。


「お前、それ、昔から好きだよな。この店にくるたびに毎回欠かさず頼むよな」


「これだけは幾ら望んでも、自分の家では食べられない味なので」


「……まあ、そうだろうな。俺が教えなければ知らないままだっただろうな、こういう店も」


「男同士だけでこうやって集まって、どうでもいい下らない話をしながら外で食べる食事が、こんなに旨いと僕に教えてくれたのもあなたでしたよ」





 何杯かをのんだ後で、エドガーが不意に切り出した。


「前から聞きたかったことがあるんですけどー」


「聞きたかったこと? 何だ?」


「最近、何か変わったことでもあったんですか?」


「変わったこと? そんなこと何かあったか? 例の俺の部屋の家具がおかしなことになったあの話以外にか?」


「心当たりがないなんて言わせませんよ。前は朝まで僕に付き合ってくれるのが当たり前だったのに、最近、夜、部屋にいないことが多いですよね……?」


 エドガーの言葉に、瞬間的にリオンはぎくりとした。

 用心は怠ったつもりはなく、まさか他ならぬこの目の前の相手に、夜の外出が感づかれているとは思わなかったからだ。


「……た、たまたまじゃないか? それに色々と忙しいんだよ、俺も」


「あなたのスケジュール管理をしてるのは僕なのにー? 僕に大事なことをなーんか隠してません? あやしいなー。夜、ひとりで何やってるんだろって、思ってたんですよー」


 エドガーは酔った眼差しと口調で、フォークの先をリオンに向かって突きつけた。


「別に何も隠してないぞ」


「通いたくなる相手でも出来たのかと思っていましたよ。違うんですか?」


 エドガーは追及の手を緩めるつもりがないらしく、その後も似たような質問を繰り返した。

 幾ら詮索めいたことをされても、リオンはセーラのことを気取らせないよう、表情を変えないようにつとめたが内心では思っていたことはまるで逆だった。


 ――まずい……。こういう時、どう振舞えば正解かが、全く分からん。色恋に関してだけは百戦錬磨なエドガーの追及からは逃れられなさそうな気がする。


 リオンは狼狽を隠しながら思った。


「今日は悪かったな」


 リオンがさりげなく話題を逸らすことを目論んでそう言うと、既に両瞼が下がり気味のエドガーは意外そうに、


「あなたにそこまで言ってもらわなくてもいいですよ。僕だって仕事なんだから、やれることはやるだけだしー……」


 そこまで言いかけた時、エドガーの頭が前に向かってぐらりと下がった。


「なんだ、もう酔ったのか? 付き合えって言ったのはお前だろ。俺はまだ全然酔ってないぞ。早すぎないか?」


「あなたがいつも化け物並みに酒に強すぎるんですよ。ただでさえ普通はなりたくてもなれないものを色々持ってるんだから、酒にまで強くなる必要ないのになー……。すみません。最近、今日の準備のためにしばらくまともに寝てなかったせいか、なんか今夜はいつもよりも酒のまわりが早くて、ちょっと意識が持ちそうにないかも、んー……」


 直後にエドガーはテーブルに突っ伏した。

 リオンにはわかっていた。

 この側近がそうなってしまったのは、一気に肩の力が抜けたからだと。


「エドガー、俺との仕事を辞めようと思ったこともあっただろ?」


 リオンが言うと、エドガーは突っ伏したままで、独り言のように答えた。


「そりゃ数えきれないくらいありますよー。でも僕みたいな半端者を重用されてるんだから、限界まで力にならないわけにはいかないじゃないですかー」


「自己評価低すぎないか?」


「今さらですよ、僕は昔からこういう人間じゃないですか。だからあなたと同窓だから優遇されてるんだ、なんていうくだらない悪評がどこかでたつことになったら、他の誰より一番気分悪いのは僕なんですよ」


「……」


「わかってますよ、僕に足りないことがあるのなんて……。今日も相変わらず精神もぶれっぶれで一向に安定しないし、でも余裕のある振りでもしてなきゃ、毎日毎日やってられないんですよ」


 エドガーは緩い息を吐きだしてから、再び言葉を続けた。


「今日のあの会議のことだって、近くなってきてからはずっと気が立ってて、あなたが王都(こっち)に戻ってきてくれてからも、やさぐれた気分が消えなくて……。今日も正直あの場で、あの状況であの振る舞いができるあなたには、やはりかなわないと思いましたよ」


「……」


「僕の今の立場だって、自分から役をおりるのは、自分に負けた気がするからしたくないですけれど、仕える相手があなただから、まだ踏みとどまっていられるんですよ」


 エドガーはだるそうにそう言って、息をついてから再び口を開き、


「だからあなた自身がこの先は世襲でなくてもいいと考えていようが、余計なお世話とわかっていても、僕からすれば次に跡を継ぐのはあなたの実子が絶対にいいと思っています。僕以外の他の人間だって、誰しもが全員同じ気持ちなんですよ。だからこの前の、あなたが聞きたくない妹からの『ああいう話』をすることも、悪くはとらないでほしいんですよね」


 エドガーは突っ伏したまま、虚ろな目で酒が入った容器に指先で触れながら、かすれかけた声で言った。


「あなたはずっと僕の憧れだったんですから。そのままでいてもらわないと困るんですよ」


 リオンは思わず自分の耳を疑った。


「俺がお前の憧れ? 何の悪い冗談だよ。今日は相当酔ってるな。飲ませ過ぎたか」


 リオンが言うと、エドガーは僅かに顔をあげて、


「別に酔ってるからじゃないですよ」


「じゃあ、なんなんだよ、急に。そんな話をお前がすると、聞かされる側の俺の方が居心地が悪くなるだろ」


「今夜は僕も最悪に気分が腐ってるし、あなたも無自覚みたいだから言いますけど、あなたは僕以上に息苦しい重責だらけの中で生まれても、僕のようには歪まずに、高潔な精神はそのままじゃないですか。その心の強さの違いはいったいなんだったんだろうと、いつも思っていました」


「……」


「随分昔、あなたが命がけで助けた娘がいましたね。もう成長して随分大きくなったでしょうが……。僕もあれから自分に厳しい条件を課して鍛錬を繰り返してきたつもりですが、未だにあなたとは同じ状況下で、同じ行動をできる自信がない。自分を変えれば、そうすればその『あなたにしか見えないもの』と、崇高な何かに、僕も何処かで辿り着ける気がしていたのに」


 そう言ったきり、以後はリオンが呼びかけても、エドガーは眠り込んでしまったのか突っ伏したままで、何も答えなくなった。

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