国王リオンが忌避し続けてきたもの
――王宮にて。
「今度は床の敷物か……」
リオンはエドガーからの再度の報告に顔をしかめた。
「随分と器用ですね。犯人は面妖な魔術師か何かでしょうか? 去年の建国祝いの宴席の余興で大道芸人が料理ののったテーブルを使って似たようなのをやっていましたね、そういえば」
「そうだな」
エドガーにすら真実を伝えてはいないが、リオン以外に可視できない『真犯人たち(集団)』が判明しているうえ、その犯人たちが自分の言うことを今さらまともに聞くとも思えず、リオンは改心させることを内心既に諦めていた。
その為に、あえて話題にすることすら面倒で、返事すらこの通り適当になる。
「そういえば最近顔を見ていないが、お前の妹は元気なのか?」
さりげなく話題を変えようとして思い出したようにリオンが言うと、エドガーが頷いた。
「ええ、元気ですよ、とても。今は毎日毎日仕事で何かと忙しいようで、同じ家に住んでいるのに滅多に顔を合わせなくて」
「お前の妹にもそのうちまたここに来るように言ってくれ。その時はいつでも歓迎するから。いずれ時期がくれば王宮の仕事にも就いてもらいたいと思っている」
「我が妹を過分に評して下さって光栄です。まあ聞きたくないことかもしれませんが、妹はあなたに紹介できる有望な娘を近々連れてこられるかもしれないと言っていたので、その時だけは嫌々でも会ってもらおうと思っていました。妹はその人を余程希少な人材と思っているらしく、余計なことをされたくないと、まだ僕にも詳しい話を教えてくれていないんですが」
エドガーの話す言葉に、リオンはとたんにすこぶる嫌そうな表情になった。
だが、エドガーは明らかにそれに気づきながらも、話をやめる気がないらしかった。
「今はこの国は安定して国力もありますから、軍事同盟云々が目的の婚姻も特段に必要ない状況だ。だからあなたの妻になる女性も隣国の姫じゃなくったって、別にいい。身内の僕が言うのもなんですが、妹はうちの母親譲りで年以上に人を見る目が肥えている。長老どもよりは僕の方がよほどあなたのことを分かっているし、僕ら兄妹からの方が、はるかに話が早いから合理的だ」
そこまで話をし終えたエドガーに、リオンは大きく息をつくと、
「なんだ、結局は俺が限界まで嫌っている、その話に行きつくのか」
「そろそろいい加減に、あなたには身を固めてもらわなくてはいけませんからね」
「お前たち兄妹の言いたいことも分からなくはないが……だが、だったら、なおさら俺に伴侶を斡旋したがる前に、お前自身が先にやるべきことがあるよな? そうだろ?」
「僕が、何をですか?」
エドガーは皆目見当もつかないという顔で聞き返した。
「むしろ俺じゃなく、エドガー、お前の方が先に結婚しろよ。自ら行動で示したらどうだ? 幾らでも祝ってやるし、いい年の独身の男はこの城にふたりもいらないだろ」
リオンが言うと、エドガーは少し考えた後で、
「いや、それだけは無理ですねー、僕にも個人の都合というものがありますしね」
「なんで無理なんだよ? それにお前の言う、その個人の都合ってなんのことだ? 説明しろ」
「正直に言っても、怒らないなら言いますけどねー」
「既に前提が、俺が怒るような理由なのかよ……」
「んー、というか、僕はお付き合いする相手をひとりに絞るのには向いていないというか……」
何でもないことのようにさらっとそう言ってのけた、外見に関して(だけ)は貴公子と言っても何ら差し支えないエドガーに、リオンは肩を落として本気で脱力した。
「お前、本当に相変わらず最低だな! やっぱりまだそれをやってんのか!? だったら、俺の結婚どうこうを気にする以前に、昔から変わらない自分のその最悪な軽薄さと節操のなさを先に直せ! 話はまずそれからだろ! 妹に将来を心配されているのは、俺じゃなくむしろたちの悪すぎる実兄のお前の方だろうが!」
「まあ、それとこれとは別の問題ですから。この場合、僕のことを置いておいて下さいよー」
語尾をゆるくしてあっさり話をすり替える、一向に悪びれない様子のエドガーに、リオンは頭痛がした。
「そもそも俺がこうなったのは、反面教師的なお前がいつもすぐ近くにいたからだろ」
そう言って、この辺りが区切りかと、リオンが机の上に置かれた書類の束の承認作業を始めたのを見てエドガーは、
「まあ、そういうわけで、話は最初に戻りますが部屋に絨毯を元通り入れるのであれば、家具も現状かなり減っていますのでそちらも合わせて新たに手配しますので、その時はまたおっしゃってください」
「新たなものは必要ない」
「それでいいのですか?」
「ああ、構わん。そのままにしておけ。どうせ元々俺ひとりが寝るためにしか使わない部屋なんだから華美にすること自体が無意味だろ。そんなものは権威じゃない。いざとなったら床で寝てやる。無駄金は極力つかうな」
「わかりました。幾ら体力が自慢のあなたでも、床で寝るのだけはおすすめしませんので、ではもし気が変わって必要だと思われた時には、いつでもおっしゃってください。その場合は早急に用意させますので。それではこの辺で失礼します」
そう言って退出しようとしかけた時、エドガーはドアノブを片手で掴んで、もう一度リオンの方を振り返った。
「なんだ、エドガー、まだ何か言い忘れていた用件があったのか?」
顔を上げてリオンがたずねると、
「結婚とまでは言わずとも、そろそろ好きな相手くらいは作った方がいいんじゃないですか? その堅物はいい加減やめた方がいいですよ。誰も得しないし」
「余計なお世話だ! 黙ってろ!」
最後にリオンが、がなるように叫んで言い返すと、エドガーは笑いながら部屋を出て行った。




