王宮の異変(3)
――翌朝。
セーラが眠りから目覚めると、ドールハウスの真横には、差出人名が書かれていない一通の手紙が置かれていた。
きれいに封がされていて、上等な紙でできたものだということは一目でわかった。
封筒をそっと手にとってから、セーラはどうするべきか決められずに、しばらくそのまま眺めていた。
「開封してしまってもいいのかしら……? でもきっとわたし宛てに送って下さったものだから大丈夫よね……?」
若干気が引ける思いがありながらも、セーラは慎重に端から封を破ると、中からそっと便箋を取り出してみた。
読み始めてすぐに、やはりこの手紙は間違いなく自分宛だということが分かった。
自然と手紙を持つ、セーラの手が震えた。
中には手紙の送り主から、あの立派な家具の元々の持ち主が間違いなく自分であること。
妖精たちが住処をもらったことを大変喜んでいて、そのお礼に贈り物として自分の部屋にあった家具を持って行ったらしいことを、後から知ってとても驚いたこと。
そういう経緯だったが届いた家具はどれも返す必要はないので、できればそのまま何も気にせず自由に使ってほしいこと。
妖精たちがしたことで随分驚かせてしまったと思うので、それを申し訳なく思っていることなどが書かれていた。
そして手紙の最後には、妖精たちは自分と長い間一緒に暮らしてきたが、自分以外の人間に姿を見せたり懐くのは初めてのことなので、迷惑かもしれないがどうかこれからも出来れば嫌わずに相手をしてやってほしいことなどが書かれていた。
――ドールハウスに来てくれるようになった妖精たちは、元々この方のところにいたのね。家具に誰かが使ったような跡があったのは、無断で持ってきたものだからだったんだわ。それに差出人の方のお名前はどこにも無いけれど、手紙を下さったこの方は裕福な商人か貴族の方かしら……?
手紙を改めてみて、手紙の送り主の筆跡を男性のようだとセーラは思った。
――この手紙の便箋の紙も、家具と同じくらい上等そうなものだもの……。きっとお名前がないのは上流階級の方で、身分が違い過ぎるわたしのために、きっとご自身の素性を明かすことをためらわれてのことね。それならわたしからは、何もお返事をしない方がよさそうね。
セーラは手紙の様子や状況からそう思い、名も知らぬどころか、男か女かの性別も分からぬ手紙の送り主へは、感謝の思いとともにその人の幸せを心で祈るだけに留めておいた。
――一週間後。
リオンは今、自らの執務室で再び独り考えあぐねていた。
すぐに返事が返ってくるものと思っていたが、あれからセーラからは何もこなかったからだ。
――名を明かすわけにはいかなかったから仕方なかったが、俺が無記名で書いたあの手紙で、セーラは本当に家具の話に全て納得したんだろうか? それともまさか読んでいないということはないだろうな? 妖精たちに頼めば返事くらいは簡単に送り返せたはずだと思うが、どうして何もこないんだ……? それとも気まぐれで恩知らずなあの妖精どもに頼んだのが、そもそもの間違いだったのか? ああそうかもしれない、今思えばあいつらがまともに俺の言うことを聞いてくれたことは、これまでにも殆どなかったのに。相手はあの、セーラだったのに、俺はやり方を誤ったのかもな。
リオンはそう思いながら、後悔のため息ついた。
一方通行の状態になってしまったために、むしょうに落ち着かなかった。
――いや、今回ばかりはこんな曖昧な状態での繋がりを望んだ俺が悪いな。手紙のやりとりをするようになった後には、せっかくこんなに近い距離にいるのだから、一度くらいなら機会を設けて会うのもいいかと思っていたんだが……。
セーラがリオンのようには妖精たちの話す言葉を理解できないということを知らないがゆえに、おかげでリオンは益々セーラへの思いを募らせることになってしまった。
――忙しくていつもあっという間に夕方になってしまうけれど、充実した日々。
王宮にいる現国王であるリオンから、個人的に誰よりも気にかけられているなどとは知るよしもないまま、聖堂のセーラの部屋にはさらに家具が増えていた。
ふたつあるうちの寮の部屋の片方は、妖精がくれた家具を置いた。
リオンから届いた手紙のおかげで、家具はセーラの心の中では借り物という認識ではなくなり、今はもう大切にすることを心がけながらも、自分で使うようになっていた。
この今の住まいになっている、セーラが手を入れた聖堂の寮の部屋は、日々の生活優先で時間的な制約もあり、家具が届く以前に直すことができていたのは住むのには差し支えないという程度で、部屋の壁や柱は引っ越してくる前と変わらず貧相なままだった。
家具との対比が余りにもみすぼらしく気になったので、天気がいい休日の昼間に窓枠の額縁と内壁を白い塗料を用いて、きれいに塗り直す作業を少しずつ進めていった。
それをようやくすべてやり終えたあくる日、仕事を終えて帰ってくると、今度は床には立派な絨毯が敷かれていた。
セーラの急ごしらえだったはずの寮の部屋は、遂に貴族の娘が暮らす邸宅の中の一室のように美しく立派な夢の空間となって完成した。




