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王宮の異変(2)

 エドガーを下がらせた後でひとりになると、リオンは机の近くへと移動した。

 革張りの椅子には座らず、机のへりに背を預けながら、


「……で、事情はよくわかったが、俺がいない間に家具だけを違うどこかの場所へ飛ばして消す、なんて奇妙な真似をするのは、『お前たち』の仕業なんだろう? 白状させるぞ。出てこい」


 確信に近いものを持ちつつリオンが言うと、光の玉のように見える何かが、ふわっと空中に向かって飛び上がった。

 そして光の玉はリオンの肩の上に乗っかると、そのままこつんと喉の辺りにぶつかってきた。


 光の玉のような姿をした彼らは、リオンが物心ついたころから、常に近くに居続ける『妖精』だった。

 詳しい理由は一切不明なままだが、なぜかリオンにだけはその姿が見え、さらに木々が風に吹かれる時の、木の葉の葉擦れのような微かな声まで聴くことができた。

 過去の記録を探しても歴代の王族でも同じ能力があった者は、ふたりといなかったらしいのにも関わらず、だ。

 リオンはもうこのことについて深い意味を考えるのを、既に放棄して久しい。


「俺の部屋にあったものを持って行った先は一体どこだ? それになんで家具だったんだ?」


 リオンの耳に妖精たちの囁くような声が聞こえてきた。


「『いい住処をもらったからその礼に』? 家具にした理由は『召使い(・・・)である俺のものが一番手っ取り早かったし、質が良かったから?』相変わらず理屈がめちゃくちゃだな。姿自体は見えなくても、お前たちの存在を多少は感じ取れる人間もたまにいるから、今回の相手もそういう口か? それはまあいいが、お前たちがしたことで、城の者たちがだいぶ困っていたんだぞ。何かやりたいなら一言、先に俺に言えよ。昔、外にいた時とは違って、事前の根回しがないとここでは後々面倒なことになるからな」


 リオンはそこまで言うと椅子に腰を下ろし、留守中に山積みになった書類の山を引き寄せて、一枚一枚見落としがないように気を配りつつ確認する作業を始めた。

 目線は手元に落としながら、妖精たちと話しをし続ける。


「……? お前たちが家具を持っていった先の相手が驚いていた、だと? まあそれは当然そうなるだろうな。人間はいきなり唐突にそんなことはしたりはしないものなんだ。せめて事前に何かしらの段取りを踏めよ。俺といて長い割には、お前たちは人間の生活のことについては一向に学習しないよな。それに誰かに何かを贈りたくて、城から持っていきたいなら、次からはもっと目立たないような小さいものにしておけよ、いいな?」


 リオンはペンを取ると、書類の上で素早く走らせながら、さらに続けて、


「それにしてもなぜ急にそんなことをした? 今まではしたことがなかっただろ?」


 問いかけには答えずに、妖精たちは円陣を組んで、机の端の一カ所に集まった。

 どうやら急遽、この場で何かの集会か会議のようなことでも始めるつもりらしい。


 ――話の途中で、また俺のことは無視か……。集団でこの俺を使用人扱いさせることは寛容に受け止めるとしても、住まわせてもらっている恩くらい、多少は感じてくれてもいいんじゃないかと思うが、そう感じる俺が間違っているのか……?


 リオンは内心げんなりしながら思った。

 思えば自分は幼少期のころから、この妖精たちには数え切れぬほど迷惑な目に遭わされてきた。

 細かいことはもう殆ど忘れたが、未だによく記憶に残っているのは……。


 ――王立図書館の、あの時だな……。


 突然、真夜中にたたき起こされて、今から図書館に行きたいから連れていけとせっつかれ、面倒だから嫌だとどんなに言ってもきかないので、根負けして仕方なく連れて行ったことがある。

 そして結果、どうなったかというと……。


 ――暗闇の中で大量の本を手当たり次第に棚から山ほど出した挙句に、そこら中に放置して気が済んだら一冊も戻さずにいなくなって、後で朝までかかって俺ひとりですべてを片付けたんだったな……。子供ひとりであの広大な中で置いて行かれた時の絶望感を、同じ状況になれば誰でも分かってくれると思うが……。


 それ以外にも度々事あるごとに日常的にこき使われることが、昼夜を問わず繰り返されてきた。

 そしてリオンは一連の流れの中で思い出し、


 ――住処か……。そういえば妖精たちが最初に持って行ったというあのチェストは、こいつらが仮住まいにしていたやつだったな。気に入る家がようやく見つかったことだけは、よかったと言ってやるべきかもしれないな。もうこいつらがこのままいなくなっても何も困らないんだが、気に入った家があってもまだ俺のところには来るのか……。


 妖精たちはリオンが子供のころから、しきりに住処を欲しがっていた。

 王宮内にある部屋ではどこも気に入らないようなので、自然の中の方がいいのかと、外の庭園に出て、小動物が好みそうな木のうろや、草むらの陰や、鳥用の巣箱も見せてみたもののどれも建物の中以上に嫌がった。

 他に選択肢がなかったため、リオンは多少の不満はあってもこれで我慢しろと、妖精たちをずっと自分の部屋のチェストの引き出しに住まわせていた。


 リオンがつらつらとそれらのことを思い出しているうちに、妖精たちの会議もどきでは何らかの話がまとまったらしく採決がなされたようだ。

 人間の側の都合をまるで考えない妖精たちの中にも、多数決で決定するという概念が存在しているらしいことも、未だにリオンは理解に苦しむ時がある。


 ――ちょっと待て。その前にこいつらは俺の机の一部を使って、さっきから一体なんの話し合いをしているんだ?


 一抹の嫌な予感を感じたリオンの耳元に妖精が再び来た。


「ん? 何か言ったか?」


 次の瞬間、妖精たちはリオンに聞かされた側の本人が耳を疑うような内容を告げた。


「は? 正妻も側室も持たないというくだらない誓いなんか早く捨てさせて、家具を渡した相手と俺を結婚させるための決議に合意した、だと? 本人が参加していない会議で、俺の個人的な人生の選択肢にまで干渉しようとするな、そんなものは却下だ!」


 幾らなんでも聞けるかと、呆れ気味にリオンが言い返すと、妖精たちが抗議の意を示すように、机の上で何度も激しく跳ねた。


「会えばどうせすぐ好きになる、だと? 何を分かったようなことを……。それにしてもお前たちは、どうしていつもそう俺の言うことを聞かないんだ? 頼むから俺の立場も考えてくれ。もう子供の時とは違うんだ。それにお前たちのような小さくて大量にいるのが、常にまとわりついていては、結婚なんて到底出来るわけないことをいい加減分かれよ。どう考えても相手が気味悪がるに決まってるだろ」


 妖精たちは強情で、こうなると頑として言うことを聞かなくなることは、経験上よく知っていた。

 だからこそ、リオンはさらに疲れで気力がことごとく削られていくのを感じた。


「……で、一応はきいておくがさっきの話の続きだが……で、家具は誰のところに持って行ったんだ? ん……? 待て、今なんて言った? もう一度言え! ……セーラ・ロゼリア・ガーネット……? あの時の娘か!」


 その名を聞いて、リオンは瞬時に息をのみ、思わず身体の動きが止まった。

 忘れることができない名前だった。

 同時に妖精たちがなぜそんな不可解なことをしたのかの意味も一瞬で理解した。


「確実に本人なのか? 間違いではないんだな?」


 まだ何処かに信じがたい気持ちがありつつも、同時にリオンは妖精たちが引き起こした一連の行動にも一応は納得はできた。


「そうだったのか。……で、その……セーラは今、どこにいるんだ? ガルディアン大聖堂の寮の部屋にひとりで住んでいる? なんだ、そんな近いところだったのか。それにあの聖堂の寮の部屋は確か長く使ってはいなかっただろ? あんな人も住めなさそうなところにか……? なんだか随分変わった娘だな。とりあえずだいたいの事情は分かった。俺からセーラに説明したいから、手紙を書くから今夜中に届けてくれ」

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