今更なのに、それでも追いかけられる
「…」
「…」
婚約者同士の、二人きりのお茶会。私たちはいつも無言。
最初の頃は、私は積極的に話しかけていた。生まれながらの婚約者、貴方を私は愛していた。
話しかけても、返事は返ってこなかった。無視されればされるほど、ムキになって話しかけていたのはいつまでだったか。
そのうち私は会話を諦めた。彼のむっつりした表情は、その頃からいくらか和らいだ。
その時に私は初めて気がついたのだ。そんなにも嫌われていることに。我ながら、おめでたい頭だとは思う。
「…レミリア」
珍しく、彼から話しかけられた。言いたいことは、わかっている。
「レイチェルをいじめているというのは、本当なのか」
彼は、私の妹を愛している。妹をいじめてなどいないけれど、彼はレイチェルを信じるのだろう。
「していないと言って、信じてくださいますか?」
「…」
信じてはくださらないと知っていてこんな言い方をする私だから、彼に嫌われたんだろう。
「…アインス様。婚約を解消致しましょう」
「え…」
「妹には、婚約者はまだおりません。あの子は母の子ではないですから。父の妾が亡くなり、身寄りがなく孤児院に入れられたあの子を母が憐れんで拾っただけですもの」
私の物言いに彼は眉をひそめる。
「私たちのこの婚約は貴方を婿養子に迎える為のもの。妹が貴方と結婚して、貴方が婿に来て爵位を継いでくださればなんの問題もありません」
「…君はどうなる」
…ちょっと、驚いた。気にかけてくださるとは思っていなかった。
「私の私財を全て修道院に寄付して、そこに入ります。あの修道院には孤児院も併設されておりますから、子供達の面倒を見て楽しくすごそうと思っておりますの」
子供は好き。だからきっと、そこでの生活は私を癒してくれる。母は私が妹を虐げているなどありえないと味方してくれるし、父は母の慈悲で引き取られたとわからないのかと妹を叱責してくれるけど。一部の人からは妹の流した虐待の噂を揶揄されるし、そんな状況で平然としたフリをするのはもう疲れてしまった。幸いにも孤児院の子供達や修道院のシスター達とは孤児院への慰問などで顔見知りだから、妹の妄言を一蹴し私の味方をしてくれるし。
「…もし。君が妹へ謝罪してやり直すなら、私も協力する。婚約解消も、それなら必要ない」
「やってもいないことで謝罪する気はありません」
「レイチェルが嘘をついたと?」
「信じてくださらなくて結構です。私はもう、あの子に振り回されるのも貴方をお慕いするのもやめます。さようなら」
「レミリア!」
席を立つ。引き止める声は無視する。涙すら、出なかった。
結局。お父様とお母様に、あの子に振り回されるのは辛いと泣きついて修道院に行くのを許してもらった。あの子を捨てると父は騒いだけど、あの子の妄言がそこら中に広がっていて私は陰口を叩かれてもう限界だと泣けば父はそれ以上私を引き止めなかった。ただ、結局妹も無一文で捨てられることになった。私が相談したその日のうちに、父の貴族籍から抜かれて「娘を傷つけた悪女は出て行け」と追い出された。一応あの子も父の子なのだけど。
お母様は、私があんな子に情けをかけなければと泣いて謝ってくれた。アインス様との婚約解消も進めてくれると言ってくれた。父の爵位は結局、遠縁の親戚で優秀な者を養子に迎えることになった。…アインス様には、悪いことをしてしまった。妹と婚約し直せばいいと私は簡単に考えていたけれどその妹は捨てられてしまい、この家の爵位を継ぐというアインス様の約束されていたはずの未来は私が壊してしまった。でも、アインス様は優秀だから魔法省への登用が決まっているので生きていくのには困らないはず。…とはいえ、やっぱり恨まれるだろうけど。
私はそんなこんなで、顔なじみばかりの修道院に多額の寄付をして入れてもらうことになった。
あれから何年が経っただろう。私は修道院に入り、父は無事優秀な親戚を養子にして教育を施し爵位を譲り、アインス様は魔法省に入ったらしい。私の修道院での生活は、平穏で心地いい。子供達も元気いっぱいで可愛らしいし。
「ねえ、シスター!あっちでかくれんぼしよう!」
「シスター、一緒に遊ぼう!」
「シスター、遊び終わったらご飯だよ!だから早く!ご飯の時間になっちゃうよ!」
「ふふ、はい。では遊びましょう!」
子供達とそうして遊んで、時間になればみんなで手を洗い食事を摂る。その後はみんなに文字の読み書きや簡単な計算などの勉強を教えて、今度は夕食。私が夕食の片付けをしている間に、子供達はお風呂。そして子供達を寝かしつけ、いつも通り就寝する…はずだったのだけど、今日は違った。
「…レミリアさん、お客様よ」
「あら、誰か訪ねていらっしゃいました?」
父と母はこんな時間には来ない。父と母以外が訪ねてきたことはない。…そもそも、こんな時間に通されるということはよっぽどのお偉いさんのはず。誰だろう?
「お待たせしました」
応接間にノックをして入れば、懐かしい顔。
「…アインス様?」
「レミリア、こんな時間にすまない。仕事が忙しく時間が取れなかった」
「それは良いのですが、何故ここに?」
アインス様は、言った。
「私は魔法省のトップになった」
「その若さで!?」
「世俗から離れて暮らす君は知らないかも知れないが、戦争で活躍してな。爵位も領地も授与された。新たな領地は元敵国の地だが、今は我が国に併合されているから問題ない。今の私には爵位も仕事も金もある」
アインス様は、魔法で花束を取り出し私に差し出した。
「還俗して、嫁に来ないか」
私は頭が真っ白になった。
「え…無理です」
ぽろっと言葉がこぼれた。それは私の本心。
「…何故だ?」
「それはこちらのセリフなのですが…迎えに来られても、もう貴方への気持ちなんて過去のものですし困ります…そもそもなんで私なんですか?レイチェルは?」
「…レミリアが好きだからだ。この数年、ずっと君を想っていた。レイチェルなら知らないが、娼館にいると噂で聞いた。待遇は良いらしいとも聞く」
「あ…え…?」
とりあえず、レイチェルは生きているようでなにより。待遇は良いなら、まあ良かった。あの子は父の妾であったあの子の母親に似たらしく美しいから、金持ちに身請けしてもらうのも可能かもしれないし。
レイチェルには好きに生きて幸せになって欲しい。今は、心からそう思える。一応、血を分けた妹なのだし。迷惑はかけられたけど、私のせいでせっかく貴族になれたのに捨てられたのも可哀想だしね。
「まあ、レイチェルのことは…とりあえず生きててくれてよかったのですが。…アインス様が私を好き?」
「…信じてもらえないかもしれないが、幼い頃から君しか見えていなかった。もっと表に出せ、愛を伝えろと周りに言われていたが恥ずかしくて出来なかった。結果君を失った。だから、君を迎える準備ができたから、今度はちゃんと表に出す。愛を伝える」
「あの…ありがとうございます?でも、私的にはすごく今更というか…迷惑なんですけども」
「それでも、私は君が好きだ」
「…とりあえず、今日はもう遅いし帰ってもらえます?」
「また来る。…色々、すまなかった。今も、すまない。でも、好きなんだ、本当に」
それだけ言って帰るアインス様。…面倒なことになってしまった。
それからというもの、毎日のように愛を伝えられて求婚されるようになるとはこの日の私は知る由もなかった。