英雄と偶像
「ぐ、グリフォンだと……」
「グリフォンライダー……俺は今、夢でも見てるってのか……?」
空を統べる生き物とは、一体何か。
その問いに対する答えは、鳥形の魔物だろうか?
答えは否。
では天空から一方的に相手を嬲ることのできるワイバーンこそが、空においては最強か?
――それもまた否である。
なぜなら空を統べる覇者は……力強い四本の足で大空を駆け、その翼で天空に羽ばたくグリフォンだからだ。
こと空中戦において、グリフォンに勝る魔物はこの世界には存在しない。
一等級――つまりは最強クラスの一画であるグリフォンには、ある特徴があった。
この魔物は己が主と認めた人間にのみ、その背中を預けるのだ。
故に一等級の魔物を単独で倒すだけの実力があり、グリフォンがその力を認めた豪傑は、グリフォンに乗ることができる。
グリフォンライダー……それは畏怖の象徴であり、同時に英雄のシンボルでもあった。
かつてその名を馳せたとされる偉人には、グリフォンライダーの者も多い。
強力な魔物を従える存在は、自然と人の耳目を集め、有名になっていくものなのだ。
だがグリフォンライダーが現れることは、非常に稀だ。
英雄はそう簡単に現れないからこそ、英雄として崇められるのである。
王国で最後にグリフォンライダーが出たのは、今よりもはるか昔のこと。
目の前の光景は、果たして本当に現実なのか。
しきりに目を擦りながら確認するランパルドだが、何度確かめても結果は変わらない。
彼の前にいるのは、自分よりも一回り以上歳の離れたように見える少年だった。
冒険者業界では、見た目と実際の強さは比例しないというのはわりとよくあることだった。 恐らくこの少年も見た目が当てにならない類だろう。
少年はアマーマンの群れと、それを従えるマーマンキング達を前にしても自然体のままだった。
さして緊張していないその様子は、この戦場にいる者達と比べると明らかに異質だった。
「アイビー、サンシタ……やろう」
「みいっ!」
「グルルッ!」
少年が肩に乗せた亀が、ふよふよとひとりでに浮かび出す。
そしてそのサイズが、突如として大きくなる。
魔物の中には、自らの肉体の大きさを変えることができるものもいる。
スライムやゴーレムの一部は、自らの身体を本来より縮めたり、あるいは一時的に本来より巨大化させることができるものがいるのだ。
だがこの亀の巨大化は、そのような生やさしいものではなかった。
しゅるしゅる、しゅるしゅる……。
最初は手乗りサイズだったはずの亀が、どんどんと大きくなっていく。
片手で持てるほどのサイズになってから、両手でも抱えきれないほどのサイズになり、そして人を乗せることができるほどの大きさになる。
けれどそれでもまだまだ止まらない。
そのあまりの異様な様子に、マーマンも人も、全員が言葉を失って亀を見つめていた。
止まることなく大きく鳴り続けた亀は、最終的に……。
「なんだよ、これ……」
「デカ、すぎんだろ……」
山のようなサイズにまで成長していた。
……いや、成長していたのではない。
本来のサイズが、これほどデカかったのだ。
そんな生物が、果たして存在していいのか。
これは魔物なのか。だが魔物だとしても、いくらなんでも……。
思考が空転するランパルド。
亀の衝撃の前に、先ほどまで見ていたはずのグリフォンライダーの印象すら霞んでしまっていた。
亀が一鳴きすると、マーマン達は思わず後ずさっていた。
続いて亀が身じろぎをすると大地が揺れ、小さな地割れが起きる。
冒険者の中には腰を抜かし、地面に倒れ込んでしまう者までいるほどだ。
けれどそんな彼らを責めることはできない。
何もできないという点では、ランパルドも無様に惑っている者達と何も変わらなかったからだ。
呆然とすることしかできなかったランパルドとグィンバルは、気付けば亀の背にグリフォンライダーの少年が乗っていることに気付く。
それを見てようやく、あの亀は少年の肩に乗っていたのだということに気付く。
グリフォンと超超巨大な亀を使役するあの少年。
一体彼は――ランパルドが考えることができたのは、そこまでだった。
「やっちゃえ、アイビー!」
「み゛い゛ぃぃぃぃぃぃっっ!」
亀の叫び声と同時、世界はその色を失った。
激しい光で塗りつぶされる視界。思わず目をつぶったが、まぶたの裏まで明るさでクラクラとしてくるほどの異常な高度だ。
だが今目の前で起きているこれを、見逃すわけにはいかない。
ランパルドは逆らおうとする自分の身体に喝を入れ目を開ける。
そこにあったのは、圧倒的なまでの光だった。
「おいおい……」
夥しいほどの魔法陣。
円形の中に展開された、精彩にして緻密な魔法陣が、縦に横にと広がっている。
近くにあるものは、自分の身体を照らすほどの場所に。
そして遠くにあるものは、目を細めなければ視認すら難しいほどの遠距離に。
それら全ての魔法陣が、その輝きを強め、発動のタイミングを見計らっていた。
その光景を見たマーマン達は、逃げるでもなく、怖がるでもなく、ただ呆けたように天を突くほどに巨大な亀を見上げていた。
恐らく人も魔物も、今抱いている感情は同じだろう。
つまりは――自分とは格が違う。
ランパルドは世界の広さを知った……というより、強制的に理解させられた。
井の中の蛙、大海を知らず。
上には上がいる。
そんな言葉が脳裏をよぎる。
二等級冒険者になるまでに、厳しくも険しい道のりを乗り越えてきたつもりだ。
おかげで今ではある程度名が通るようになり、界隈では知られるようになってきたという自負もある。
けれどそんな自信は、目の前の光景の前に木っ端微塵に砕け散る。
圧倒的な力は、全てを凌駕するのだ。
「み゛い゛い゛っっ!」
魔法陣の輝きが強くなり、そこから魔力の矢が現れる。
シングルアクションの単純な魔法だ。
けれどそこに込められた魔力は恐ろしいほどに高く、魔力をわずかに感じ取れるランパルドにも震えが走るほどだ。
そして魔法の数はまともに数えるのが馬鹿らしくなってくるほどに大量だった。
ズドドドドドドッ!!
「ギギイイイィッッ!?」
「「アンギャアアアアッッッ!!!」」
魔法の矢が、マーマン達へと降り注ぐ。
マーマンも、アマーマンも、マーマンキングも関係ない。
全ての魔物達が一撃で身体を貫かれ、己の骸を晒していく。
後に残ったのは大量の魔物達の死骸と、静寂だけだ……。




