作戦
カーチャをなんとかなだめてから、辺境伯がこちらを向く。
「だがそうなると、どう戦力を配分するかが悩みどころだな……アイビーのいるところに他の戦力を置いておくのはもったいない。ブルーノにアイビー、何か意見はあるか?」
「あ、それなんですけど……」
「みいっ! みいみいっ!」
「……なんて言ってるかわからん。ブルーノ、翻訳してくれ」
「みぃ……」
「はい――転移の魔法を使って、各地の戦場へ向かうことができたらと」
言いたいことが伝わらなくて少し悲しそうにしたアイビーの言葉を、僕が翻訳していく。
アイビーは今回作戦を言い渡された時に、とある魔法を使うことを提案してくれた。
それが、転移の魔法だ。
これは名前そのまま、人や物をとある場所へと飛ばす魔法だ。
ただしこの魔法には二つの制限がある。
まず一つ目は、行ったことのある場所にしか転移することしかできないこと。
そして二つ目は移動する距離が伸び、転移する人の数が多くなればなるだけ、使う魔力量が増えることだ。
いくらなんでもできるアイビーとはいえ、彼女にだって生き物である以上、魔力が無限にあるわけじゃない。
現地では間違いなく、大量にやって来ている魔物達と激戦を繰り広げることになる。
戦うための魔力だってしっかりと残しておかなくちゃいけない。
だから向こうに送る助っ人は、しっかりと人選をしなくちゃいけない。
それを考えると、マリアさんとハミルさんが来てくれたのは渡りに船かもしれない。
僕とアイビー、そしてアンドレさんで立てた作戦はこうだ。
「僕達がサンシタと一緒に、まずは現地に向かいます。そして転移の魔法を使って帰還。転移できるだけの人員を向こうに連れて行き、その後は各地で行動する」
「なるほど……たしかに理に適っているようには思えるな」
「それで辺境伯にもご協力をと」
「俺にか?」
「はい、できれば僕らの身分を保証してもらうための一筆をいただきたいんです」
アイビーという巨大な戦力。
グリフォンのサンシタと、それに乗るグリフォンライダーの僕。
一等級冒険者であるシャノンさんに勇者のレイさん、魔王十指のアイシクルに元聖女のマリアさん。
なし崩し的に僕がリーダーになったこの臨時パーティーは、改めてみてもとんでもない。
一人一人が強力な力を持つ生き物というのは、言わば歩く天災のようなものだ。
以前ギルドで聞いたんだけど、名の知れた冒険者というのは、気軽にホームを移動することが難しかったり、領地を移動する度に面倒な手続きを踏まなければいけないことも多いののだという。
僕らだって移動する時には辺境伯に事前に話を通すよう言われているし、実際出掛けることができる場所も、辺境伯と関わりのあるところという条件が付いているしね。
そんな風に冒険者というのは、領地における貴重な戦力だ。
そして身元も定かではない者も多いが故に、警戒心を向けられやすい存在でもある。
僕らのような謎の強い冒険者達がいきなり現れれば、まず間違いなく警戒される。
権力者達も、そんなのに出てこられては気が気ではなくなってしまうだろう。
下手をすれば僕達に矛が向けられる可能性だって考えられる。
けれど辺境伯が僕らの身分を保証してくれるとなれば、話は変わってくる。
辺境伯は王国中枢部……というか王様とはあまり仲良くないらしいけれど、その力や手腕に関しては認めざるを得ない上級貴族だ。
そんな人物に認められている人達となれば、無下に扱うこともできなくなるというわけだ。
辺境伯の威光を笠に着るみたいであれだけど……ことは非常時だ。
余計な手間がかからないよう、可能な限り手は打っておきたい。
「ああ、わかった」
辺境伯に手紙をしたためてもらったり、カーチャと共に行動する護衛の騎士達の選定をしてもらっている間に、僕らはひとまず現地へ向かうことにした。
帰ってきたら受け取って……僕らの力を合わせて、魔物の侵略から皆を守るんだ!
「気を付けるんじゃぞ~!」
【行くでやんす!】
カーチャ達に見送られながら、サンシタの背中に乗った僕らはどんどんと高度を上げていく。
皆の姿が米粒サイズになったところで上昇を止め、その推進力を横へと振り替える。
宙を蹴り、空を駆ける。
空の覇者の面目躍如である。
結界を張っているおかげで、息苦しくなったり、風に飛ばされたりすることもない。
グリフォン相手に喧嘩を売ってくるような魔物もいないため、非常に安全な空の旅だ。
「みぃっ!」
アイビーは元気そのもの。
僕はその頭を撫でながら、まだ見えぬ地平線の先にいるであろう、魔物の軍勢達を睨む。
僕らはただ毎日お昼寝をして、ゆっくりとした日常を過ごしたいだけなのに。
昏き森からの侵攻の時もそうだったけれど、どうして魔物っていうのはこうこちらの事情を考えないんだろう。
こっちのことなんかまったく気にしないで、無秩序にドカドカと攻めてくるし。
「嫌になっちゃうよね」
「み!」
その通り、という感じでぷりぷりとほっぺたを膨らませるアイビー。
以前のほとんどがアイビー任せだった時と比べれば、僕も戦えるようになった。
もう彼女にばかり負担をかけさせたりはしない。
それに今は僕だけじゃない。皆がいてくれる。
アイビーは一人じゃないのだ。
アイビーはもう、前に村の皆から冷たい目で見られていた頃の彼女じゃない。
「みっ!」
【――ちょ、ちょっとアイビーの姉御! これ以上の加速はっ……あばばばばばばばばっ!?】
アイビーが上機嫌でパンッと手を叩くと、魔法陣が浮かび上がる。
そして重力魔法が発動し、グッと身体にかかる負荷が大きくなる。
横向きの力が加速度敵に増えていき、ただでさえ速かったサンシタのスピードが更に上がっていく。
【ひいいぃぃん!!】
自身で慣性を制御することができなくなったサンシタが、ものすごいスピードで空を駆けていく。
いや、これはもう駆けるとかいうレベルじゃない。
まるで弾丸のように、サンシタは超高速で横に吹っ飛んでいた。
アイビーが重力を操作しながら、サンシタを操縦しているのだ。
もちろん身体にそこまでの被害がかからないよう、結界を始めとする各種魔法は展開済みだ。
【うええええんっっ! おかあさああああああんっ!!】
だがアイビーはスパルタ、彼女はサンシタに対しては魔法一つ使ってはいなかった。
とうとうサンシタの涙腺が崩壊し、涙を流し始める。
よく見るとよだれとかもすごい飛び散っていて、なんだか汚い。
結界がなければ、僕にもかかってたと思う。
飛んでいくスピードがすごすぎるため、涙もよだれも一瞬のうちに消えていく。
さっきまであんなに格好よく見えていたのに……空の覇者ェ……。
(そう言えばサンシタのお母さんって、グリフォンなのかな? 半鳥半獅子の生き物だから、お母さんが鳥でお父さんが獅子だったりしたら、ちょっと面白いな)
そんな風に明後日の方向に意味のない考え事をしているうちに、ぐんぐんと視界が流れていく。そして数時間もしないうちに、目的地である港町が見えてきた――。




