無理
「だ、ダメに決まっている! 俺が許さんぞ!」
声を荒げるエンドルド辺境伯の姿を見るのは、生まれて初めてだった。
辺境伯も、慌てたりすることがあるんだな。
いつもどっしり構えているから、なんだか意外だ。
「妾は父上の兵と一緒に、領主の名代としてセリエ宗導国へと向かおうと思います。セリエに援軍は出す予定だったのでしょう?」
「それは、そうだが……」
辺境伯の領地に、東側にある大星海に面している場所はない。
どうやら自軍の戦力を救援に向けるつもりらしかった。
彼らの代表として、妾も彼らと共に行きたいのです。
カーチャは瞳に強い光を宿している。
その意志の強さは、父親譲りなのかもしれない。
「折角親交を持つことができたというのに、ここでセリエが更にぐちゃぐちゃになって一からやり直しというのはあまりにももったいない。それならしっかりと面識があり、かつ立場もある妾が向かうのが、一番いいとは思いませんか」
「うむ……たしかに」
既に思考を切り替えたのか、辺境伯はカーチャにあっさりと許可を出した。
今回は前線に行くつもりの僕がついていくわけにもいかないので、シャノンさんがカーチャの護衛役を引き受けてくれることになった。
「お願いするのじゃ」
「お姉さんに任せなさいっ!」
「私達も出陣してよろしいでしょうか?」
カーチャとシャノンさんと話をしているうちに、どこからか話を聞きつけたらしいマリアさんとハミルさんもやってくる。
二人とも既に戦闘準備は万端なようで、戦闘用らしき衣装を身に纏っている。
マリアさんが着ているのは、なんだか高そうな青と白のローブ。
一般的な僧侶やプリーストが着ているものと比べても、明らかに格調高い。
目を凝らしてみればうっすらと光っているのがわかった。
恐らく内側に込められた大量の魔力が漏れ出しているんだろう。
ハミルさんも以前見た黒装束ではなく、黒い鎧を身に纏っている。
剣は鞘に収まっているが、柄には髑髏のような模様が浮き出ている。
鞘には血管のような赤い線が走っていて、まるで生きているかのようだった。
全体的にどこか禍々しい雰囲気を感じさせる装備だ。
これが彼女の本気の時の装備、ということになるのだろうか。
ハミルさんとは少しぶつかった程度だけど、彼女が強力な護衛だということはそれだけでわかっている。
そしてマリアさんは、民衆を導いていたという元聖女。
回復や結界はお手の物だろう。
二人が戦ってくれるというのなら、非常にありがたい戦力になる。
もしかしたら元聖女が再び世に出るということに問題があるかもしれないけど……と、チラリと辺境伯を見る。
すると彼は疲れたように、大きな大きなため息をこぼして、
「まあこっちで活動する分には問題ないだろう。色々問題は起こるだろうが……それを解決する手立てはあるしな」
「そうなのですか? でしたらぜひ、そうしてくれるとありがたいのですが……」
「簡単だ――二人をブルーノのパーティーメンバーにしちまえばいい。アイビーやサンシタ、それにアイシクル。既にヤベぇのがたくさんいるんだから、その中に混ぜちまえばいいのさ。世にも珍しい樹だって、それ以上に珍しい林の中じゃ霞むからな」
「どうせならこの機に、私も冒険者登録をさせてもらっていいだろうか? ブルーノのパーティーに入れてもらえると助かるのだが……」
「あ、それなら私も入れてよ。臨時メンバーって形でいいからさ」
こうしてなぜかソロだったはずの僕は、レイさん、ハミルさん、マリアさんというメンバーを入れた冒険者パーティーを組むことになってしまうのだった。
「それなら妾も入れてほしいのじゃ!」
いやカーチャ、それは無理だって……。




