話
まず最初は挨拶回りから。
一番大切な辺境伯との顔合わせは済ませているので、後は比較的サクサク行かなくちゃね。
「私がレイだ」
「レイ様、お噂はかねがね承っておりました。改めて、よろしくお願いします」
「……ふんっ、よろしくな」
「貴様……マリア様に、なんという態度を――っ!」
恭しくレイさんに礼をするマリアさんと、何故だか鼻息を荒くしているレイさん、そしてそれに憤るハミルさん。
妙な構図ができたが、こちらは問題なく終わった。
けれど……。
「おい、ブルーノ! あれはどういうことだ!? なぜ……なぜ領内に魔物がッ!?」
「おーっほっほっほ! 大量ですわぁ!」
高飛車インセクトクイーンこそアイシクルとの挨拶はそうはいかなかった。
今の彼女には害意がないということを説明しても、頭の固いハミルさんにはなかなか納得してもらえず、理解してもらうのに時間がかかった。
なぜ魔物が……とブツブツ言っているハミルさんとは違い、マリアさんはわりとこの場に順応していた。
「よろしくお願いします。アイシクルさんは悪い魔物ではない、ということですよね」
「その通り、私はただの小悪党では終わらない、天下無双の大悪党になるのですわぁ! おーっほっほっほっ!」
アイシクル、それだと結果的に悪い魔物ってことじゃないかな……?
「なんと、それは将来が楽しみでございますね」
「私は将来性の塊。未来の魔王になるのですわぁ~~」
「アイシクル! そう言えば今日はいつもと格好が違うね!」
隠しとけばいい情報をポロポロこぼし、このままではいらんことまで全部話してしまいそうなアイシクルに言葉を差し込む。
けど気になっていたのも本当だ。
今の彼女はいつものドレス姿ではなく、無骨な重鎧のようなものを着込んでいる。
顔も大きな兜のようなもので密閉されているから、正面が透明じゃなければ彼女と気付かなかったかもしれない。
「今、辺境伯とゼニファーさんのお仕事を手伝っておりますの」
「――もしかして、ゼニファーさんもここに来たの!?」
「はい、またそう遠くないうちに来るとおっしゃられてましたわ」
結局昏き森での一件の時にちらっと顔を合わせたあの時以降、ゼニファーさんと話はできていない。
色々と話したいこともあるし、改めてお礼が言いたいんだけど……なかなか捕まらないんだよね。各地を飛び回っていて忙しいみたいでさ。
まだまだフィールドワークの方も現役みたいだからね。
でもそうか、考えてみれば当然のこと。
世界で十体しかいない魔王十指のアイシクルがここにいれば、そりゃあ気になってきちゃうか。
もしかしたらゼニファーさんを探すには、レアな魔物を置いておいて来てもらう方が確実なのかもしれない。
罠にひっかかり捕まるゼニファーさんの姿を想像しながら、アイシクルの話を聞く。
どうやら彼女は、既に家畜化に成功している魔蜂の品種改良に挑戦しているらしい。
既にある程度は成功しているらしく、今までよりも寒さに強い魔蜂を作ることに成功したんだって。
「もう少し頑張れば、このアクープでも養蜂業ができるようになると思いますわ」
「――みいっ!」
アイシクルのところへ行く時に通ったバッテン子爵領、あそこで過ごしたハチミツまみれの日々を思い出したのか、アイビーが嬉しそうに鳴く。
『早くアクープでもハチミツを!』と、アイシクルにせっついているようだ。
こらこら、はしたないよ。
「でもどうしてそんな風に着込む必要があるの?」
「ああ、品種改良の時に使うフェロモンが臭いからですわ」
アイシクルのフェロモンって、臭いんだ……。
でもなんやかんや、アイシクルもこの街に溶け込んでいるらしい。
なんでも今ではアクープの街の中に居ても怖がられたりはしないらしい。
アイビーとサンシタのおかげで、街の人達に耐性があるからね。
今更魔物の一体や二体、どうってことはないのかもしれない。
「みい~~」
アイシクルが試作しているハチミツを食べてご満悦な様子のアイビーを見ていると、後ろから声をかけられる。
「ブルーノ……あとで、話があるんだが」
声の主は、いつにないくらい真剣な様子のレイさんだ。
彼女が何か大切なことを、僕に伝えようとしてくれている。
それがわかったから、僕もしっかり彼女の目を見て、頷くのだった。




