拳
お昼寝をしたり起きたり、野宿を楽しんだりすることしばし。
僕らはようやくイシュテートの街に着いた。
街の雰囲気は、アリストクラーツより物々しくない。
外壁も一回りは小さいので、なんというか全体的にこじんまりとした感じがする。
何度か遭遇もしたけれど、ここら辺に出てくる魔物はそれほど強くない。
わざわざ維持するのが大変なものを作る必要もないってことなんだろう。
「それでは行ってくる。留守の間のことは頼んだぞ!」
「わかったよ」
「みいっ!」
そう言ってカーチャは街の北の方にあるらしいなんちゃら枢機卿の屋敷へと向かっていった。
ちなみにその場には、シャノンさんがついていっている。
僕とアイビーの役目は、国内では色々なところからまだ狙われる可能性のあるマリアさんのお目付役だ。
とりあえずあまり人目につかぬよう、宿の中でぼうっと時間が経つのを待っている。
「護衛は私一人で事足りるんだがな……」
そう言ってこちらを睨んでいるのは、僕が初めてマリアさんと会った時に攻撃をしてきた女性だ。
白銀の鎧を着込んだ彼女の名前は、ハミルさん。
聖女様直属の騎士団に所属していたらしい彼女は、なんとマリアさんが失脚すると同時に騎士団を辞め、以後はずっと護衛の役目を果たしているのだという。
ものすごい忠誠心だ。
それだけマリアさんのことを信奉しているからこそ、あの時はいきなり僕に攻撃を仕掛けてきたんだろう。
ちょっと忠誠心が暴走しすぎている気がしないでもないけど、あま。
ちなみにカーチャ達と一緒に馬車の中にいる時に、御者をしていたのも彼女だ。
鎧をよく見れば鎧の上に彫り込まれていたであろう紋章の部分は、抉り取られている。
騎士団とは完全に訣別した、ということなのかもしれない。
「まあまあハミル、そんな気張らないで」
「ですが……」
僕らに対してはキツい視線を向けるハミルさんだが、マリアさんの言うことには逆らえないのか渋々引き下がった。
そして今もマリアさんの後方から、僕達のことを睨んでいる。
「みぃ」
嫌な感じの視線を受け、アイビーが嫌そうな顔をしている。
彼女の機嫌を直すために、とりあえず部屋を出る。
今日泊まる宿は二階建てで、一階に食堂がある。
「アイビー、どれがいい?」
「みっ! みっみっ!」
肉、野菜、魚、果物。
色んな品目を栄養の偏りなく選ぶアイビーによって、バランスの良い献立が出来上がった。
渾身のメニューに頷くアイビー。
どうやら機嫌が治ったらしく、鳴き声も鼻歌交じりだ。
料理ができたら二階に届けてもらうよう言付けて、チップを渡してから二階に戻る。
階段を上ると、部屋の前にハミルさんが立っていた。
「聖女ヴォラキア様の安息を妨げることは許されない。見張りは私とブルーノ……殿が外で行うべきだ」
有無を言わさぬ様子なので、とりあえず彼女の隣に立つ。
……もう少ししたら料理が来ちゃうんだけど、どうすればいいんだろうか。
「……」
「……」
当たり前だけど、僕のことを目の敵にしている様子のハミルさんと話が弾むわけもない。
僕とアイビーは目を見合わせてから、とりあえず無言に耐えることにした。
気まずい時間が流れる。
下の方からは、油の弾けるパチパチという音と、併設された食堂で話をしている宿泊客の声が聞こえてきている。
「ブルーノ……殿」
「無理しなくていいですよ。普通の呼び方で大丈夫です」
「そうか、ではブルーノと。ブルーノ、そしてアイビー……聖女様を、頼む……」
「ハミルさん……」
見れば彼女は拳を握りしめ、ブルブルと震えていた。
ハミルさんが何を考えているのか、僕にはわからない。
けどきっと、彼女もまた何かに悩んでいて。
そして悩んで悩んで悩み抜いた末に、僕にそんなことを言ったのだと思う。
だから僕とアイビーは……。
「はいっ、任せて下さい!」
「みいっ!」
胸を叩いて、ハミルさんに笑いかけるのだった――。
そして無事会談を終えたカーチャと一緒に、僕らはアクープの街へと戻る。
長かったようで短かった旅は終わり。
僕らの街にマリアさんとハミルさんという新たな仲間が加わり、僕らの日常はより一層賑やかになっていくのだった――。




