ちょんちょん
「どうも、元聖女で今はただの村人のマリアです。短い間ではありますが、今日からよろしくお願い致します」
そう言ってぺこりと頭を下げるマリアさん。
彼女はイシュテートという街へ向かう道すがら、とりあえず僕達と同行することになった。 そこで彼女の人となりを判断しよう、という考えみたいだ。
「ひひいいんっっ!!」
パシンと鞭で叩かれる音がすると、馬がいななく。
馬車は無事出発……すると思ったんだけど。
【出発進行でやんす!】
「ひひいいいいんんっっ!?」
「おっ、ちょっと、落ち着けッ!」
楽しくなったのかサンシタも馬と一緒に鳴いたら、馬の方が驚いて暴れだしてしまった。
まさか横から空の覇者に合いの手を入れられるとは思ってなかったんだろう。
御者さんの健闘虚しく、馬車の中がぐわんぐわんと揺れ始める。
「キャッ!」
「わっ!」
馬車が傾き、カーチャとマリアさんが悲鳴を上げる。
横揺れに立っていられなくなった二人が、横に倒れ込む。
「おっと!」
二人の小柄な身体を抱え込んだ。
……僕じゃなくて、シャノンさんが。
「大丈夫ですか?」
「うむ!」
「あ、ありがとうございます……」
シャノンさんが見事なキャッチをしてみせると、馬も落ち着いてきた。
どうやらサンシタが、空気を読んで空に飛んでいったらしい。
何もすることなくただ揺られていた僕の方に近付いてきたシャノンさんが……。
「ごめんね、ブルーノのラッキースケベ権を奪っちゃったわ」
「……そんな権利、要りませんよ」
「二人のお尻の感触、教えてあげよっか?」
「要りません!」
こうしてシャノンさんが僕をからかっているうちに、ようやっと馬車は発車するのだった。
最初にアクシデントがあったからか、馬車の中の空気は終始和やかだった。
「マリアは妾が思っていたよりずっと美人さんだな。画家のマルチェッロも、御主の魅力を完全に絵に落とし込むことはできんだろう」
「あら、お褒めいただきありがとうございます」
「うむ、妾が男の子だったら自分の女にしようとしていたくらい美しいぞ」
『それは褒め言葉なんだろうか?』と思ったが、マリアさんが浮かべていたのが笑顔だったので、間違ってはいないらしい。
女心って難しい。
今度僕も使ってみようかな。
なんて、嘘嘘冗談。
マリアさんとカーチャが話をし始める。
カーチャのさっぱりとした正確をマリアさんも気に入ったらしく、二人はそれほど時間もかからないうちに打ち解けて話をし始める。
そして二人を助けた王子様のシャノンさんは、間に立ってうんうんと話を聞いている。
女性が占有している割合の高い空間にいることには、もう慣れた。
ラピスラズリの三人と話をしているうちに、精神的にクタクタになってしまっていた僕はもういないのだ。
思えば僕も、結構成長したと思う。
けれど手持ち無沙汰なのは変わらないし、女の子同士のかしましいガールズトークに割って入っていけるだけの胆力もないので、僕はとりあえずアイビーと戯れることにした。
ちょんちょん、とほっぺとつついてやる。
「みっ!」
何やらアイビーはご機嫌ななめのようだ。
『暇だからって急にかまわれても、嬉しくないわ!』って感じだろうか。
そう言えばここ最近は妙に忙しかったせいで、あまりアイビーとの時間が取れていない。
折角なのでこの空いた時間を、アイビーとのスキンシップの時間に充てさせてもらうことにしよう。
「こちょこちょこちょ」
「みっ!」
お腹の下の方をくすぐってやると、アイビーがむず痒そうに身体をよじる。
そのままくすぐり続けると、くるっと回転してお腹をこちらに向けた。
「みい~~」
どうやらリラックスしたみたいで、ぐでーっと身体を僕の右手の上に預けてくる。
今度はゆっくりとお腹をさすってあげる。
なでなでしていると、アイビーが気持ちよさそうに目を細めた。
「みぃっ!」
ようやっと機嫌を直してくれたアイビーを撫でていると、外からガタゴトと音が聞こえる。 そしてすぐに、窓から陽の光が漏れてくるようになった。
どうやら街を出て、街道に出たらしい。
思わずお昼寝をしたくなるぽかぽか加減だ。
馬車の規則的な揺れも、良い感じに睡眠導入剤になっている。
「ふわあぁ……」
「みぃ……」
なんだか瞼が重たくなってきた。
くるっと回転しお腹を下に戻したアイビーが僕の膝の上に収まるサイズになる。
そしてそのまま伏せの体勢になって、ゆっくりと目を閉じる。
僕も彼女に釣られるように、そのまま目を閉じて、馬車に背中を預ける。
「…………すぅ」
「…………みぃ」
カーチャたちの笑い声を聞きながら、僕の意識はゆっくりと闇に落ちていく。
そして僕達はさんさんと降り注ぐ陽の光の誘惑に負け、お昼寝をしてしまうのだった――。




