元聖女様の行方
「……え?」
耳を疑った。
一旦耳の穴に指を突っ込んで、異常がないかを確認する。
まったくもって、僕の耳は正常だった。
つまりおかしいのは、教皇様のが言っている言葉の方ってことだ。
「ど……どうしてそんなことになるんですか?」
「ふむ、どこから話したものですかな……」
先々代聖女マリア・ヴォラキア。
彼女は公式発表で、スウォームに失脚されてから行方不明ということになっている。
けれど生きているというのは、セリエの中では公然の事実らしい。
彼女がセリエの中にいると、要らぬ問題が起こってしまうんだって。
「たとえば現在の聖女であるアリエスのことを快く思わない一派がある。彼女はあまり外交的ではないですし、それに実力や実績も聖女になるにはまだ不足していますからね。ですから反アリエス派はなんとかしてアリエスの首をすげ替えることはできないかと考えるわけです」
そうなった場合に彼らが旗頭にするのは、不遇のうちにスウォームに失脚させられてしまった悲劇の元聖女マリアさんになる。
マリアさんの気持ちは置いておくとしても、彼女が大した理由もなく聖女の地位を奪われたのは事実。
マリアさんは国内でも強い支持があり、未だその人気は高い。
疫病が発生した地域へ飛んでいき回復魔法でそれを抑えたり、私財をなげうって貧民を救済したり。
そういった立ち振る舞いだけではなく、持っている力も歴代聖女の中でも一二を争うらしい。
教皇様は民は現聖女のアリエスさんではなく、先々代聖女のマリアさんを支持するだろうと見ているんだって。
けれど教皇様的には、アリエスさんに聖女を続投してほしい。
だが下手に反対派が動き回って国の世論が真っ二つに割れてしまえば、そこから先は大変だ。内戦が起こるかもしれないし、本当の聖女がどちらなのかを決めるため『漆黒教典』なんかによる実力行使も起きかねないということらしい。
既にスウォームのせいで国内が大分ヤバいことになっているなセリエ宗導国としては、これ以上の問題を起こしたくない。
「それをなんとかするために、マリアさんを外国に出してしまった方がいい、ってことですか?」
「はい。ついでに外で旦那でも作って、名を捨てて幸せに暮らしてもらえればそれが一番いいですね」
マリアさんが国内にいると、彼女だけじゃなくてセリエまで危険になる。
だから出て行ってもらった方が都合がいい。
ここまでは僕にもわかった。
けどわからないことがある。
どうして教皇様は……カーチャじゃなくて、僕らに話をよこしたんだろう?
だってことは聖女様の話だよ?
結構、というかかなり大事な、王国も無関係じゃいられないくらいの重要案件だ。
普通に考えたら僕らなんかじゃなくて、カーチャ経由でエンドルド辺境伯に話を通した方がいいと思うんだけど……。
「できればマリアには、普通の暮らしをしてもらいたいのですよ。貴方の国にも聖女はいるでしょうから、問題は起きることでしょう。そしてそう言った問題を解決できるのは恐らくブルーノ殿とアイビー殿になるでしょう」
「――みっ!!」
今まで黙っていたアイビーが、急に鳴き出した。
見れば彼女は、教皇様に怒っていた。
アイビーが一体、何に怒っているのか。
僕にはすぐにわかった。
教皇はマリアさんという面倒を持ち込むことで、僕とアイビーの日々の生活を邪魔しようとしていることが、きっと彼女には我慢ならなかったのだ。
そんなアイビーのことを見つめてから教皇様は――ぺこりと頭を下げた。
そしてそのまま膝を折り、土下座をしようとする。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
教皇様に土下座なんてさせられないよ!
腕を掴み、なんとか引き上げる。
「大変申し訳ありません……ですがこのままでは遠からず、マリアには不幸が訪れることに……」
たしかに、マリアさんがセリエに居続けると問題は起こりそうだ。
だから王国に居てもらった方が皆幸せ。
でも王国に連れてきても、色々と面倒は起こる。
「アイビー」
「みぃ」
「僕らがマリアさんを、アクープに連れて行こう」
「みっ?」
首を傾げるアイビー。
本当にそれでいいのか、だって?
うん。
だって――困ってる人を見捨てるわけにはいかないよ。
たとえそれが、隣国の人であってもさ。
「みぃ~~」
しょうがないなぁ、という感じでため息を吐くアイビー。
出来の悪い息子の面倒をみるお母さんみたいに、その顔には母性があふれていた。
たしかに問題は起こるかもしれない。
けどさ、今の僕らは、アクープに来たばかりの、なんにもなかった頃とは違う。
今の僕らは、全てを自分達の力で解決しなくちゃいけないわけじゃないんだ。
カーチャもいる、エンドルド辺境伯もいる。
そして……今まで、なるべく触れないようにやり過ごしてきていたけど、レイさんとローガンさんだっている。
それに加えて魔王十指もいるわけだし、歴史上稀に見るグリフォンライダー(僕)もいるわけだし、今更問題が一つ二つ増えても変わらない。
もちろんカーチャと辺境伯に詳しい話をしてからだけどさ。
とりあえずは前向きに検討していこう。
大丈夫、僕とアイビーならきっと、なんだってできるよ。
「――みっ!」
アイビーがコクリと頷く。
教皇様は僕達の様子を見て、ホッとため息を吐いていた。
パーティーはそれ以降はつつがなく進み、無事に終わった。
カーチャと話をした結果、とりあえず一度マリアさんと会う機会を設けることになった。
何事もなく終わるといいんだけどなぁ。




