聖女
「ちっ、硬いな」
キキキキンッ!
細長い針が、連続してこちらに飛んでくる。
いつ誰に襲われてもいいよう、結界は常に張っている。
ってそうだ、今の僕の結界、相手の攻撃を跳ね返す仕様のままだ!
食らった針がそのまま襲撃者の方へと飛んでいく。
「――ぐうっ!?」
あがった悲鳴は甲高かった。
黒くて見えづらいけど……女性なの、かな?
パチリと指を鳴らし、結界を切り替える。
今回は相手に攻撃が返らないタイプの、物理特化型の障壁にすることにした。
彼女は飛び道具を無意味と考えたからか、懐から何かを取り出した。
あれは――極太の、針?
魔物の牙を削って作ったと思しき何かを、固く握りしめている。
このまま倒してもいいものだろうか。
多分だけどこの人って……彼女の護衛的な人だよね?
ちらっと、さっきまで話していた女の子の方を向く。
そして僕は――彼女が聖女と呼ばれている理由を理解した。
「ハミル、止めなさい」
叫んだわけじゃないし、金切り声を上げたわけでもない。
けれどその澄んだ声は、まるで拡声されてるみたいに耳に届いてくる。
澄んだ声、大きな瞳、神聖な雰囲気。
その全ての構成要素が噛み合って、なんていうんだろう……有無を言わさず相手を従わせる権威、みたいなものがある。
ああ、彼女は本当に聖女なんだ。
僕は宗教のなんたるかを知らないけれど、その冒しがたい雰囲気は、不信心な僕ですら唸ってしまうくらいに荘厳だった。
僕を襲ってきた針使いの人も、聖女様の言葉を聞いて矛を収めた。
膝を曲げて片膝をついて、頭を垂れる。
それを見て聖女様はコクリと頷く。
そして……こっちに来る時には、先ほどまでの威厳が嘘だったみたいに、また人好きのするさっきまでの彼女に戻っていた。
「ブルーノさん、ご挨拶が申し遅れました。私はマリアと申します。どうぞ堅苦しい名では呼ばず、マリアとお呼びください」
「え、でもさっき……」
ヴォラキアなのかマリアなのか、聖女なのかそうではないのか。
色々な出来事が起こりすぎているせいでちょっと頭がパニックになってきている僕を見て、マリアが笑う。
「私が聖女だったのは、少し前までの話なんですよ。今は爵位も返上していますので、ただのマリアとして過ごしています」
「なるほど、そういうことだったんですか」
政争で負けた、とかなんだろうか。
たしかセリエは直近で政変とか起きて、色々大変なことになっているってカーチャからは聞いていたし……。
と、とにかく下手なことは言わないようにしておこう。
首を突っ込んでセリエの事情に巻き込まれたら、僕だけじゃなくアイビーとカーチャにも迷惑がかかってしまう。
マリアさんが現在進行形で偉いのかそうじゃないのかはわからないけれど、元偉い人なのは間違いないわけで。
とりあえず目上の人への態度を心がけていれば、間違えることはない……はず。
どうしよう、なんだかちょっと不安になってきた……。
「……そろそろ、失礼させていただきます」
「はい……それでは、また」
無難に会話をこなしてから、マリアさんと別れる。
別れ際の彼女の言葉が、妙に頭に残った。
またって……一体どういう意味だろう?
まるでもう一度会うことがわかってるみたいな言い方だ。
とりあえず……アイビーとカーチャに相談しよう。
既に僕のキャパは、完全にオーバーしてるからね!
「……しまった、部屋までの道を確認するの、完全に忘れてたよ……」
結局そのあと僕に充てられた部屋を探すまでには更に時間がかかってしまい、無事辿り着く頃には僕は完全にくたくたになってしまっていたのだった……。




