聖女
「教皇様に逆らえないって、それで問題は起こらないんですか?」
「もちろん起こるが、その度に力業でねじ伏せるか搦め手でなんとかするんじゃよ」
それはなんとかなってないんじゃ……とも思ったが、あまり深いことには首を突っ込まないのが吉だ。
アクープの街で冒険者生活をしているうちに、それは学んだ。
こちらの界隈だと大抵の場合、お節介や気遣いは面倒ごとを呼び込んでしまうのである。
「現在の教皇はラドグリオン七世。温厚な人柄であまり無理を言わない人じゃから、正直そこは助かっているところじゃ。教皇の樹冠の授与が行われておらんから、今もまだ在位はしているはず。詳しい事情があまり伝わってはこぬから、ちょっと怪しくはあるんじゃが……」
「樹冠、ですか?」
「ああ、金や宝石によって贅を凝らされた王冠は富の象徴。故に私は信徒が作ったこの冠をつけようと初代教皇が付け始めた、まあ簡単に言えば教皇であることを示すための冠じゃ」
「なるほどぉ」
「ちなみに現在では教皇の方が王より金を持っているので、もはや樹冠になんの意味があるかはわからんのじゃ」
「な、なるほどぉ……」
僕は際どい話は適当に聞き流しながらも、先を進むことにした。
「みい、みみぃみいみいっ!」
「ブルーノ、アイビーはなんと?」
「ええと……それなら教皇が年老いて冷静な判断が下せなくなった時や、ストレスで心の病を負ってしまったらどうするのか、と言っています」
「うむ、さすがアイビーじゃな、セリエ宗導国の問題点を良く掴んでおる。そんな時のためにいるのが聖女じゃ」
聖女というと思い出すのは、僕達王国にいる聖女クリステラ様だ。
けれどどうやら聖女とは一人だけではないらしい。
セリエにもセリエの聖女がいる。
そしてただ神託をしたり人を癒やしたりするだけのうちの聖女とは違い、こちらの聖女には政治的な役割もあるみたいだった。
簡単に言うと教皇が暴走しかけた時に、それを諫めて止めることのできる唯一の人が聖女という存在なのだという。
神から認められた聖女であれば、神から何をしてもいいという絶対的な権利をもらった教皇にも物申せる、という論法らしい。
また聖女さんは基本的に美人揃いで、権力者として偉すぎないということもあり、他国の賓客なんかをお出迎えする役目もあるらしい。
カーチャも恐らくはどこかのタイミングで遭遇するだろうと言っていた。
であれば顔も知らない教皇のことではなく、聖女様についてちょっとアンテナを張っておくべきかもしれない。
とそんなことを考えているうちに、特に問題が起こることもなく森を抜けることができた。
先に行っていたセリエ宗導国の三人が魔物を倒してくれていたので、僕らは戦い一つしていない。
森を越えてから更に歩いて行くと、視界の先に物々しい砦が見えてくる。
恐らくは森からやってくる魔物達が侵入するのを防ぐためなのだろう、壕がかなり深いところまで彫られている。
けれど最近は魔物の被害が大きく減ったからか、既に水は張られてはいなかった。
渡されている橋を歩いて中へ入る。
「これが、他国の街並みか……」
僕の中の世界というのは基本的に狭かった。
ほんの少し前まで、故郷の村とアクープの街の周辺にしか往き来したこともなかったし。
最近レイさんに連れられて他領に行ったのも、実は僕的には結構な冒険だった。
セリエ宗導国がどんな国で、どんな人達が多いのか。
カーチャやエンドルド辺境伯、ギルドマスターなんかから話には聞いていた。
けれどこうして実際にこの目で見てみると、そんな人伝の話なんかでは、実態の百分の一も説明できていないということがはっきりとわかった。
それほどまでに、森一つ隔てた先にある異国は、僕にとっての異世界だったのだ。
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