アイビーの力
やってきた闘技場には、まばらに人がいた。
でも鎧を着込んでいるのがギルドマスターだとわかり、アンドレさんが戦うらしいとわかると、ちょっとした騒ぎになった。
そうなれば相手はどこのどいつだという話になり、それは肩に変な亀を乗せた新入りだと見ればわかり。
僕たちが準備を整えているうちに、闘技場にドバッと人が流れ込んできた。
なんだか全体的ににぎやかだ。
街の様子を詳しく見てはいないけど、きっと皆お祭りとか縁日とかが大好きな人達なんだと思う。
「はいはーい、トトカルチョ締め切るよー」
「亀坊主は……倍率百五十倍!? こんなん全財産ぶち込むしかねぇだろうが!」
「お前……正気か?」
僕たちが向かい合っている脇では、僕とアンドレさんのどっちが勝つかという賭けまで始まっていった。
だが勝敗だと賭けが成立しなそうなので、どうやら僕がアンドレさん相手に何分保つかというのが賭けの対象になっているみたいだ。
勝手な話だが、まぁそんなもんだよなぁとも思う。
そもそも僕は、実際に戦闘をした経験がない。
熊とイノシシはいっつもアイビーが倒しちゃったし、魔物はあの森には出てこない。
人ともまともに戦った事なんてないから、僕の実戦経験は驚きの0だ。
でも家の裏手にあった森で、アイビーと一緒に訓練はやってきた。
だからたとえギルドマスターが相手だったとしても何もできないうちに負けることはない……はずだ。
いけないいけない、僕が弱気になってどうするんだ。
主に戦うのはアイビーだけど、僕だってそのパートナーとして立つんだ。
頑張らないと。
僕とアイビーが、ギルドマスターに認められるために。
この街に受け入れられて、平穏無事な生活ができるようにするために。
「シンディの合図で始めるからな。なぁに、五等級の力があるって示してくれりゃあそれでいいからよ」
ガハハと豪快に笑うアンドレさん。
アンドレさんは元二等級の冒険者。
以前はワイバーン討伐なんかにも参加していたという歴戦の猛者だ。
「胸をお借りします」
「おうともよ」
アンドレさんは鎧をつけていると思えないほど身軽に、屈伸をしたり伸びをしたりと準備運動をしている。
彼はすちゃっと僕の隣に立つと耳元で、
「こうやって俺と直に戦ったって事実が重要だからよ。あんまり気負わずやってみな」
「……っはいっ!」
「いい返事だ」
距離を取り、アンドレさんは剣の持ち手を確認していた。
彼と戦った、つまり目を掛けられているという事実は、僕たちの安寧に繋がるはずだ。
それだけのことをしてくれるのだから、こちらも全力でぶつからなくちゃ失礼というもの。
アイビーは色んなことができる。
でも今必要なのはきっと技の多彩さじゃなくて、強力な一撃だろう。
彼女が放てる今一番強い攻撃は……口から吐く雷撃だろうか?
魔法はどちらかというと手数で勝負する感じだし……前にゼニファーさん達を気絶させたみたいなやり方をするのは、周囲の目も考えるとあまりいいことではないだろう。
「アイビー、思いっきりやっていいから」
「みー」
肩に乗っていたアイビーにそっと手を出すと、彼女が手のひらの上に乗った。
僕は彼女が回転しないように気を付けながら、振り子の要領でぽいっと投げる。
「みー」
「なっ……マジでデッカくなりやがった!?」
アイビーが大体生後三年後の頃の、僕を乗せられるくらいのサイズになる。
それを見てアンドレさんはかなり驚いてるみたいだ。
大きさを変えられる亀は、今のところアイビーだけみたいだからね。
どうだい凄いだろうと、少し誇らしい気分になってくる。
「す、すげぇ! おい従魔師、ありゃなんだ!? あんなの見たことねぇぞ!?」
「わ、私も見たことないです……大きさを変えられる魔物が、五等級で扱えるの……?」
周りにいる人達が、さっきまでよりもっと騒がしくなった。
その声に反応してお祭り好きの冒険者達が更にやってきて、闘技場のあまり多くない観客席は既に満席だ。
なんなら立ち見まで出始めている。
み、皆に見られてるってのは……緊張するな。
「よし、それじゃあ始めるわよ」
周囲の喧噪がひとまず小さくなったのを確認して、シンディさんがこちらとアンドレさんの方を交互に向く。
彼女は二人が頷くのを見てから、ニコリと笑い、周囲にウィンクを飛ばす。
気さくで人見知りをしないタイプなんだろう。
顔もかわいいし、モテるんだろうな。
「みー」
ほら、試合始まるわよとアイビー。
僕はキッと顔を引き締めなおす。
よし、かかってこい!
「三、二、一…………試合開始!」
シンディさんが開始の合図を言い終えた瞬間、アンドレさんが背の大剣を引き抜きながら真っ直ぐこちらへ向かってくる。
は、速いっ!
ただ走ってるだけじゃない、魔法か何かを使って加速してないとこの速度は出ないはずだ。
狙いは……当然ながら僕の方!
従魔師と戦う時は、従魔じゃなくて本人を叩くというのは対人戦においては当たり前のこと。
基本的に人間の方が魔物よりひ弱だから、弱いところから叩いた方がいいからね。
それに従魔師が倒されたら、魔物だけだと攻撃が単調にならざるを得ないし。
「抜断!」
何かを叫びながら、アンドレさんが剣を抜きこちらへ飛び込んでくる。
大丈夫、このパターンは想定してた。
思ってたよりずっと速いけど、アイビーが魔法を使う方がもっと速い。
「アイビー!」
「みぃ!」
どうするかをわざわざ口にする必要はない。
彼女はいつだって最適解を出して、実行してくれるからだ。
アイビーの口元に、魔法陣が展開される。
そして僕の周囲を覆うように、緑色の円柱が現出した。
ガィン!
ドッ!
バタン!
三つの出来事が連続して訪れる。
まず一つ目の硬質な音は、アイビーが展開した障壁がアンドレさんの大剣の一撃を弾いた音だ。
そして二つ目の腹に響く音は、アイビーが放った雷撃が、アンドレさんの背にぶつかった音。
そして最後のバタンというのは、意識を失ったアンドレさんが地面に倒れ込んだ音である。
「…………」
僕も含めて、この闘技場にいる人全員が言葉を失う。
「みっみー!」
音を出していたのは、自分達の勝利を高らかに歌い上げるアイビーだけだった。
「しょ、勝者――――ブルーノ!」
……なんかわかんないけど、勝っちゃった。
アイビーってもしかして……相当、強いのかも?
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