助かる
激闘が続くことしばし。
いい加減に見ているのにも飽きてアイビーと一緒にお昼寝をしていると、突然パタリと戦闘音が止んだ。
見てみれば勝負あったようだ。
アイシクルは地面に倒れており、レイさんがその首下に剣を突きつけている。
ただ見ればレイさんもかなりクタクタな様子だった。
いつも着けている鎧はかなりボロボロになっており、剣にも刃こぼれができていて、戦いの激しさを窺わせてくれる。
「ふっ、なかなかやりますわね……」
「お前もな」
地面から起き上がれないアイシクルを、レイさんがグッと持ち上げる。
なぜかアイシクルもレイさんも、相手をライバルだと認め合う時特有の顔をしていた。
どうやら戦いの中で感じるものがあったらしい。
お互いの実力を理解したことで、通じ合ったってことなのだろう。
「そういえばカーチャがここまで来たってことは、何か困りごとでもあったの?」
「む……どうしてそう思ったのじゃ?」
「だっていっつもこっちには来ないじゃない。僕らに来い来いとは言うけど、実際に家までやってくることはなかったよね?」
貴族の体裁というか、めんどくさいところというか。
多分彼女は、スッと屋敷を抜け出したりはできないのだ。
貴族が平民のところにわざわざ出向くっていうのは、権威にヒビを入れてしまうかもしれないし。
それにカーチャを未婚の男のところに連れて行くってところも問題だろう。
何せ彼女は辺境伯のご息女で、政略結婚のためにどこかへ嫁ぐことになるはず。
基本的にエンドルド辺境伯の許可がなくちゃ、外に出ること一つままならないのだ。
彼女は豪快というか竹を割ったような性格をしているけれど、時々いやに聞き分けがよすぎると感じる部分がある。
まだ十歳の女の子なんだし、もっと自由気ままに振る舞っても許されると思うんだけどな。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、彼女はゆっくりと口を開いた。
「実はその……セリエ宗導国に一度向かうことになっての。それでもしよければブルーノ達も一緒に来てはくれまいかと思い立ってな」
「セリエ宗導国というと……」
その国名を聞いて僕が思い出すのは、物騒なものばかりだった。
セリエ宗導国というのは、森の向こう側にある宗教国家だ。
カーチャに暗殺者を仕向けようとしていたこともあったし、たしかアイビーの話ではあの大量の魔物――黒の軍勢達による襲撃にもセリエ宗導国の人間が一枚噛んでいたって話だ。
やっぱりあんまり良いイメージは浮かばない。
「ははっ、ブルーノは正直なやつだな。けれど心配する必要はない、何も人身御供にされるわけでもない。向こうもうちとは上手くやっていかなければいけないからな」
けれどエンドルド辺境伯とセリエ宗導国は、今後付き合いをしないわけにはいかない関係になってしまった。
そしてその理由には、僕もアイビーも少なからず関わっている。
というのも昏き森からやってきた魔王軍の尖兵――アイシクルの説明で中に魔王十指が入っていることも発覚済み――をアイビーが根こそぎ殲滅しちゃったからさ。
今までお互いの関係性は、魔物の脅威があるせいで良くも悪くも希薄だった。
けれど魔物が間引かれてほとんどいなくなった今では、通り抜けるのが以前よりもずっと簡単になってしまった。
前より交流も活発になったし、セリエ宗導国も自国のゴタゴタでこっちとやり合う余裕もない。
エンドルド辺境伯も王と真っ向から喧嘩をしているような状態なので、両方とも手を組むことにメリットしかないのだ。
「カーチャは何をしに行くの?」
「ざっくり言うと、権力者同士のパーティーに辺境伯家を代表して行く感じじゃな」
「……それって、僕らにも参加してほしいってこと?」
「うむ、向こうで何があろうとも、ブルーノとアイビーがおれば何も問題はないからな!」
うわぁ、これ絶対何かあるのがわかってる言い方だ。
ぴっちりとした服とテカテカの靴を履きながらダンスを踊るような社交界をイメージして、僕は即座にその誘いを断ろうかなと思ったけれど……やめた。
さっき自分で言ったばかりじゃないか。
カーチャはもっと自由気ままに振る舞っていいんだって。
それにセリエ宗導国との問題には、少なからず僕らも影響を与えてしまっているし。
「まあでも無理にとは……」
「――いや、行くよ。アイビーも賛成でしょ!」
「みいっ!」
「グルルッ!」
アイビーだけじゃなくて、何故かサンシタもすごい乗り気な様子だった。
僕らが頷いたのを見て、カーチャは一瞬きょとんとしてから、すぐに破顔した。
「うむ、助かるっ! ありがとうな!」
こうして僕らは昆虫女王を拾ってから息つく暇もなく、セリエ宗導国へカーチャの護衛役として向かうことを決めたのだった。




