納得
「ぐぬぬ……」
「むむむ……」
レイさんとアイシクルは結局アクープへ帰ってきても険悪なままだった。
レイさんは外へ出て馬車と同じ速度で走り、アイシクルはレイさんがいない方の窓へ身体を預けて外の景色を楽しんでいた。
ちなみに僕は目だけつぶったまま、どうしようどうしようと内心で結構ビビっていた。
女の子同士の喧嘩というのは、僕みたいな勝手のわからない男が割って入ればかえって悪化することも多い。
きっと時間が解決するだろうと思い、僕は静観を決め込むことにした。
その間に、ちょっと時間ができたので、僕は何故アイビーがアイシクルを倒さなかったのかを考えることにした。
サンシタみたいな普通の魔物ならまだいいけれど、アイシクルはどう考えてもヤバい。
魔王の爪を飲んでいる彼女は、言わば魔王軍の幹部。
そしてレイさんは、ローガンさんのような僕でも名前を知っている有名人が師事をしている時点で、明らかに普通の人間じゃない。
触れれば後に戻れない気配がしていたから今までは触れなかったけれど、レイさんは多分……。
彼女と深く関わることになった時点で、多分いつかは知らなくちゃいけないことだ。
――よし、決めた。
アイシクルとレイさんの喧嘩が終わったら、僕も勇気を出して聞いてみることにしよっと。
結局気が付けば、二人は戦うことになっていた。
揉め事が起きたら戦って解決するという荒っぽい解決方法にもかなり慣れてきてしまった。
僕も冒険者の、というかアクープでの色んな人との触れ合いで大分発想が脳筋になってきたと思う。
「負けて、後から吠え面をかくんじゃないぞ」
「その言葉、そっくりそのままお返し致しますわ」
「――みいっ!」
アイビーの試合開始の合図を聞いた二人が、一斉に地面を蹴る。
アイシクルは思いっきり上にジャンプして、そのまま翼を広げた。
はためかせた彼女の虹色の羽がキラリと輝く。
対しレイさんは一気にアイシクルの方へと近付いた。
そのまま一閃。
「ちいっ、硬いなっ!」
けれどその一撃は、アイシクルの足を覆う甲殻にわずかにヒビを入れただけだった。
「まだまだっ!」
「ちいっ、鬱陶しいですわね」
目のまでに繰り広げられているのは、空を飛ぶ昆虫女王とそれに追いすがり天を翔る戦乙女の激戦だった。
僕が戦った時は瞬殺だったから、アイシクルが戦う姿を見るのは初めてだ。
彼女が使っているのは、見たことのない魔法だった。
魔法という技術の中には、アクションという考え方がある。
これは簡単に言えば、魔法を生み出してから発動させるまでにどれくらいの行程が必要かという思考法だ。
例えば僕やアイビーが使う魔法は、どれも魔法を作って、それを思い切り一方向へと向ける。
これは魔法をあらかじめ決めた方向へ飛ばすだけなので、シングルアクションになる。
けれどこれに追尾機能を付ければダブルアクションとなり、更に攻撃の最中に魔法が枝分かれするように造り替えればトリプルアクションとなる。
僕達が主に使うのは、元々高速で動かせる魔法を作り、それを一方向へと飛ばすシングルアクションだ。
そこに更に加速の分の魔力を込めてダブルアクションにしたり、あるいはシングルアクションの魔法をぶつけ合わせて加速させたりするくらいはするが、それ以上複雑な魔法を使うことはあまりない。
アクション数を増やしすぎれば、それだけ発動までにかかる時間がかかってしまう。
下手にアクション数を増やして強力な魔法を放つくらいなら、大量の魔力を使って威力と速度を上げたシングルアクションの魔法を使った方がよっぽど効率がいいのだ。
けれどどうやらアイシクルの場合は、そうではないらしい。
「おーっほっほっほ!」
アイシクルはぶぅんと羽を唸らせて空を飛びながら、指先から魔法を放っていく。
それらは昆虫によく似た見た目をしていた。
蚊であったり、蛾であったり、何故か羽の生えた芋虫であったり。
色々な見た目をした魔法達が、レイさん目掛けて飛んでいく。
それら一つ一つが単一ではなく、バラバラに動いている。
僕にはそこにどれくらいのアクション数があるのか、まったく理解ができない。
恐らく、かなり複雑で難しい魔法を作っているんだろうと思う。
魔法の巧拙で言うのなら、僕よりずっと魔法が上手だ。
けれどレイさんの方も負けてはいない。
彼女の戦い方は、どちらかと言えば僕達に似ている。
「どっせえええええいっ!」
身体強化を使い圧倒的な速度を出し、剣を使って相手に斬り付ける。
高速で飛ぶ魔法の矢を真っ直ぐ打ち込む。
彼女は出力の高さを最大限利用できる形で、シングルアクションの魔法を使っている。
使える魔力が多いからできる芸当だ。
大味な分、特に大きな弱点なんかもなく満遍なく誰とでも戦うことができるのが利点。
反面魔力を使いすぎるので、ガス欠が早くなってしまう点が難点だ。
僕とアイビーは、二人が鎬を削り合っている姿をジッと見つめていた。
ちなみにローガンさんの方は、途中で用があるということで帰ってしまっている。
「のぅ……」
「え? ……ってカーチャじゃないか、どうしてここに?」
あくびをしながら庭に寝転んでうとうとしていると、気付けば隣にエンドルド辺境伯の娘のカーチャがいた。
「ブルーノ達が帰ってきたと聞いて、急ぎやってきたのじゃ」
「そっか」
「一つ質問なんじゃが……どうしてあんな手に汗握る激しい戦いを見て、眠そうな顔をしておるんじゃ?」
「どうしてって……ねぇ?」
「みいっ!」
僕がレイさんと戦う時は、もっと地面がめくれ上がったり地形が変わっちゃうような戦いをすることも多いし。
アイシクルはたしかに多彩で多芸だけど、ずっと見てると飽きちゃうしさ。
「やっぱりむちゃくちゃじゃな、ブルーノ達は……」
カーチャはなぜか激しくドンパチして大げんかをしているレイさん達ではなく、僕達の方を見てため息を吐くのだった。
なんだか納得いかないなぁ。




