弟子
「わ、私が――この亀の、弟子に?」
「うん」
ピッとアイビーのことを指さすアイシクル。
彼女も最初の頃のレイさんのように、アイビーの強さを肌感で感じることはできていないらしく、すごくうろんげな眼差しを向けている。
そう言えばアイビーは、まだ初見の人には恐れられたことがない。
能ある鷹は爪を隠す……ってことなのかな。
彼女の強さは、実際に戦ってみた人しかわからないのかも。
「僕よりアイビーの方が強いよ?」
「嘘おっしゃい、そんなはずが――」
「みいっ!」
シュパンッ!
フォンッ!
ズドドドドッ!
アイシクルを縛っていた縄が一瞬のうちにほどけ。
展開されていた結界が次の瞬間には消えており。
そして横に転がっていた無防備なアイシクルのどてっ腹に、夥しいほどの魔法が突き刺さっていく。
「あばばばばばばばばばば……おはな、キレイですわぁ」
攻撃を食らいすぎたアイシクルは、見てはいけない幻覚を見始める。
腹に光の矢を食らいながらどこか遠い目をしている彼女は、このままだと黄泉の国へと旅立ってしまいそうだ。
「あががががが……ガクッ」
そのままアイシクルは気絶してしまった。
アイビーは攻撃を止めて回復魔法を放つ。
そして顔に熱湯をかけて、無理矢理目覚めさせた。
「うわっぷ! あっつ! あっついですわ!」
ボコボコにされていたアイシクルが起きる。
見れば彼女の甲殻ドレスも、何故か一緒に治っていた。
身体の一部だとは思っていたけど、回復魔法で治るんだね。
というかアイビーも容赦がない。
レイさんの時もそうだけど、彼女って実は結構スパルタな熱血系だよね。
僕に対する採点だけ、妙に甘いんだけどさ。
「ぐっ……ここまでされては、私としても認めざるを得ないですわね。この亀……アイビーが一廉の亀であるということを」
一廉の亀という初めて聞くワードに噴き出してしまう僕をよそに、アイシクルは至って殊勝な態度を取っていた。
なんでも魔物にとっては、何よりも強さが大事とのこと。
こうやって圧倒的な力を振るわれると、屈服しなければならないと本能が訴えかけてくるらしい。
弱肉強食というか……変にわかりやすい分、殺伐としてるよね。
あの魔王が暮らす孤島って、もしかして修羅の国か何かなのかな?
「みいっ!」
「……ブルーノさん、彼女はなんと?」
「お前はそれでいいのか、と言ってるよ」
どうやら彼女も僕やアイビーにボコボコにされるうちに、どちらが上なのかはっきりとわかったようだ。
口調や立ち振る舞いは会った時とそれほど変わらないけれど、明らかに僕達のことを目上として扱ってくれている。
自分の強さを認められたアイビーは、僕の肩から浮かび上がる。
そして地面に着地するタイミングで大きくなった。サイズは家族全員で背中に乗ってひなたぼっこができるくらいだ。
ドスンと大きな音を鳴らして地面に着いたアイビーは、高くなった視点からアイシクルを見下ろす。
「みいいいっ! みいみいっ! みっみみみっ!」
あなたは魔王十指の中でも左手三指。
まだ上には七体も魔物が控えている。
お前はそれでいいのか。
アイビーの言葉の意味を聞いたアイシクルは、俯きながら地面を見つめ出す。
あごに手を当てて、思い悩んでいる様子だ。
「たしかに、そうですわよね。私は『昆虫女王』……女王はいつだって、頂に立っていなくてはなりません」
そういうものなんだろうか。
いや、きっとそういうものなんだろう。
女王本人が言ってるんだから、きっと間違いない。
「アイビーさん、私は決めましたわ! まずはなんとしてでも――右手入りしてみせます! ご教授のほど、よろしくお願いします!」
「みみみぃっ!」
私は厳しいわよ、とアイビー。
構いません、むしろどんと来いですわと何故か物凄く乗り気なアイシクル。
こうして『昆虫女王』ことアイシクルは、レイさん同様アイビーの弟子ということになった。とりあえずアクープについてくるつもりらしい。
魔王の部下、というか魔王の爪を分けてもらった幹部を連れて帰る、か……。
また想像していない、妙なことになっちゃったなぁ。
エンドルド辺境伯の胃が、おかしくならないといいんだけれど……。
それには期待できないと思うので、あとで回復魔法をかけてあげよう。
行きよりも賑やかになった帰りの道で、僕はそう誓ったのだった……。
【しんこからのお願い】
この小説を読んで
「面白い!」
「続きが気になる!」
「応援してるよ!」
と少しでも思ったら、↓の★★★★★を押して応援してくれると嬉しいです!
あなたの応援が、しんこの更新の原動力になります!
よろしくお願いします!




