弟子
どうやら僕達は、知らぬうちに魔王軍の幹部を倒していたらしい。
そいつは『黄泉』のキッシンジャーと呼ばれている、特別な魔物だったとか。
幽鬼というのは実体を持つことがなく、魔法攻撃や魔法の込められた武器でしかダメージを与えることのできないモンスターだ。
分類としてはレイスやゴーストなんかに近いけれど、その討伐難易度はかなり高く僕は実物を見たことはない。
そう思っていたけれど、アイシクルの話を聞いているうちにおぼろげながらに思い出してきた。
たしかに彼女が言っている、人間みたいな見た目をした足のない魔物の姿は、なんとなく覚えているからだ。
僕の記憶が正しければ、たしか僕目掛けて一直線に飛んできた、一際強そうな魔物がいた……気がする。
ちょっと緊張とプレッシャーで結構記憶が曖昧だけど……うん、いたはずだ。
あいつが魔王十指、魔王の指の爪を分け与えられた実力者か……。
「ちなみに魔王様の爪は、それを飲み込んだ本人が死んだ場合、魔王様の御手に戻ります。なので今頃は新しい魔王十指の候補者を見繕っているかもしれませんわね」
おまけに魔王十指は倒せばそれで終わりというわけでもなく、結構簡単に補充できちゃうタイプの力らしい。
え、それっていったいどうやったら戦いが終わるわけ?
まあ極論を言ってしまえば、魔王を倒せば終わると思うんだけど……魔王って魔物達の王様なわけで。
そんな強い魔物を倒すことができるんだろうか。
「ちなみに魔王様は、爪に魔力を溜めることができますの。ですので彼女の力を、我々は分けてもらっている形なのですわ」
どうやら魔王は全ての爪を戻した時にパワーアップする性質も持っているらしい。
段階を追って強くなってくるとか、なんだか怖いな。
それって物語本とかだと、何度も戦うことになるパターンじゃないか。
アイビーなら問題なく対処はできるだろうけど、さすがに爪を全部戻したMAXパワー魔王とかを相手にすると一筋縄じゃいかないかもしれない。
「みっ!」
アイビーいわく、楽勝らしい。
どうやら僕が心配するまでもなさそうだ。
「とにかくあなた達など、魔王様の足下にも――」
「おおいっ、ブルーノ! 待たせたな、領主との面会の準備ができたぞ!」
昆虫女王(笑)が何かを言おうとしていたけれど、遠くから聞こえてくるレイさんの叫び声に掻き消されてしまう。
「今、何か言った?」
「――ふんっ、なんでもありませんことよ!」
……ことよなんて語尾、現実で初めて聞いたよ。
どうやらフュールを収めるバッテン子爵は、謎の森の騒ぎを聞きつけていたらしく、街にまでやってきていたらしい。
エンドルド辺境伯の寄子なだけはあり、なかなかな行動力だ。
そしてレイさんとローガンさんが口利きをしたおかげで、すぐに面会が叶うこととなった。
「あなたがブルーノ殿で、こちらのかわいらしいお嬢さんがアイビー殿ですね」
バッテン子爵は、至って普通のおじさんだった。
エンドルド辺境伯のような凄みもなく、にこにこと愛想を振り舞うその姿は、街に一人はいるボランティアで街を綺麗にしているおじちゃんのようだ。
かなり腰も低く、僕とアイビーを前にしても低姿勢だ。
アイビーはかわいらしいと言われて、非常に満足そうな顔をしていた。
「で、バッテン卿。今回の一件、どのような解決にするつもりかを聞いてもよいかね?」
「――はっ、ローガン閣下。閣下達により健全化された森の魔物の正常化のために騎士団を派遣し、残る地域では……」
バッテン子爵が、ローガンさん相手にかしこまりながら長い口上で今回の一件についていかに解決するかを語りだす。
卿って貴族同士で呼び合う時に使う言葉だし、子爵に閣下って言われてる時点で、ローガンさんは子爵より上の立場の貴族だ。
あれ、僕……伯爵とかを相手に、さんづけでわりと気安い感じで接してたよね。
これ、大丈夫?
不敬罪とかでしょっぴかれたりしない?
というかレイさんは何故『龍騎士』ローガンなんていう大人物を師匠に持っているんだろう。
師匠が何人かいると言っていたけれど……もしかして全員、とんでもない人だったりするのかな。
戦々恐々としていると、どうやら話も終盤にさしかかっていた。
内容は『昆虫女王』アイシクルの処遇について。
今はアイビーの結界に閉じ込めている彼女にどのように対処をするかというところで、ローガンさんが話に割り込んだ。
そしてアイシクルを一刻も早く殺してしまおうという話になりかけたところで……。
「みいっ!」
何故かアイビーが割り込んだ。
二人は少しびっくりしてから、アイビーの方を見る。
「みいっ、みぃみぃっ!」
「……ブルーノ殿、アイビーはなんと?」
僕は頭の活動を一旦止め、完全に通訳に徹すると固く決める。
そしてアイビーの提案を、何も考えずにそのまま直訳した。
「――アイビーは、アイシクルを弟子に取りたいと言っています」
「「――なんとっ!?」」
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