よかった
「みぃ……」
なるほどね……僕が事情を話し終えた時、アイビーはそう言ったきり黙ってしまった。
考えている様子なので、僕はレイさんを連れていくことにした。
白目を剥いていたので見なかったことにしてそっと瞼を下ろしてあげ、ひょいっと抱いて家へと歩いていく。
魔法で力を強化しているのでらくらくだ。
格好としてはお姫様抱っこなのだけれど、もう慣れているので緊張することもない。
レイさんって獰猛な顔をしたり、時折あるポンコツさが垣間見えたりする瞬間以外は美人さんだから、そりゃ最初は緊張したさ。
でもまあ、美人は三日で慣れるなんて言葉をどこかで聞いたことがあるんだけど、ホントにそんな感じ。
白目剥いたりしてる姿や美味しい物を食べている姿、それに僕に向かって全力で挑んでくる姿なんかを見ているからか、いくら美人でもこう、なんていうんだろう……戦友みたいな感覚が強くて、そういう目で見れなくなってしまったのだ。
彼女が残念美人で、本当によかったと思う。
いつからかレイさんが持ち込んでいた彼女用のベッド(なぜか天蓋付き!)にそっと降ろしてやり、再度アイビーの下へ。
「みぃ……」
いつも即断即決のアイビーにしては珍しく、悩んでいる様子だった。
けれどちょっと考えれば、彼女がなかなか答えが出せない理由を推察することは簡単だ。
――アイビーは、怖いのだ。
また以前のように心ない声をかけられるのが。
彼女は繊細で、優しい子だから。
誰よりも強い亀型魔物であるアイビーも、自分が周囲からどう見られるのかは気にする。
そのあたりは、人間と何も変わらない。
「大丈夫だよ」
だから僕は、優しく声をかけてあげる。
街の様子を見ていないアイビーは不安がるかもしれないけれど、僕はもうそんな心配をする必要が無いと、アクープに住んでいる人達の顔を見て確認していた。
もしかしたらまた、前見たく嫌な言葉をかけてくる人はいるかもしれない。
けれど今なら他の人達が、アイビーのことを守ってくれると思う。
そこら中にアイビーの見た目をした物があふれかえったらすぐにこれか、という点にはちょっと苦笑しちゃうけれど。
まあ人なんてそんなものだよなと考えれば、怒りも湧いてこない。
「行ってみよう。もし何かあったら、今度は僕が……君を守るから」
「……みぃっ!」
アイビーは少しだけ黙ってから……コクンと首を小さく縦に振った。
そしてふよふよと浮かんで、定位置である肩に乗る。
僕は親指と人差し指で輪っかを作って、それを口に含んで大きく息を吸う。
ピイイッと指笛を鳴らすと、すぐにバッサバッサという聞き慣れた翼の音が聞こえてくる。
【お待たせしやしたっ!】
サンシタが嬉しそうな顔をしてこちらに近付いてくる。
着地して駆けてくると、どうやらすぐにアイビーの変化に気付いたみたいだ。
さすがに僕らと過ごす時間が長くなってきたのは伊達じゃない。
「よしっ、行こう!」
サンシタの背中に乗って、僕らはアクープの大通りへと向かう。
いつにも増して元気なサンシタのおかげで、目的地に到着するまでは一瞬だった。
「みいみいっ!」
行くわよ、とアイビー。
ふんふんと鼻息を鳴らしている。
一緒にサンシタがいるから、さっきまでの弱々しい様子は微塵もない。
弟分がいるところでは空元気を張るのが、なんというか少し微笑ましい。
今日は特に買いたい物があるわけじゃない。
だから適当に街をぶらつこうかと思ったんだけど……。
「わあっ、アイビーだ!」
「ほ……本物だ!」
「キレー!」
あっという間に子供達に囲まれてしまった。
彼女達はアイビーに触れようと手を伸ばしてくるので、レイさんとの特訓で鍛えた回避能力を有効活用して四方八方からの手に対処する。
さすがに余裕があったから、避けている最中にちらっとアイビーを見る。
――彼女はもう、落ち込んではいなかった。
そこに浮かんでいるのは、満面の笑み。
「みいっ!」
アイビーはひとりでに浮かび上がり、誰も居ないところに着地した。
そして地面に四つ足でついた時には、僕を乗せられるくらいのサイズにまで大きくなっている。
目を輝かせた子供達がアイビーにすがりつき、その身体を撫で始める。
「――みい!」
アイビーは優しい目をしながら、それら全てを受け入れるのだった――。
こうしてアイビーを危険視する輩は、アクープの中からいなくなった。
これは僕の予想だけど、きっと皆のどこかには、街を救った魔物を無碍にはしたくない気持ちが残っていたんじゃないかな。
そしてエンドルド辺境伯が、アイビーグッズを作って皆を安心させたおかげで、気付いたんだ。
アイビーのかわいらしさとか、彼女が皆に危害を加えるはずがないっていうことに。
なんにせよ、よかった。
これでまた、アイビーと一緒にアクープの街を歩けそうだ。
家族にはいつだって、笑っていてほしいものだ。
アイビーの笑顔がもう二度と消えてしまわないよう、これからも彼女の支えになってあげられたらいいな。
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