勇者
「み゛い゛い゛!」
そこにいたのは、信じられないほど大きな亀型魔物だ。
その高さは、キッシンジャーの遠近感が狂っていないのならば城壁の数倍もある。
横幅は彼のいる場所から見える街の横の長さを超えていて、視界にはほとんど亀しか映っていない。
唖然とする彼は、よく見ると亀の前に真っ青な血だまりができていることに気付く。
それはオーガやゴーレム、巨人にサイクロプスといった大型の魔物が、全てあの亀によって踏み殺されていることの何よりの証明だった。
亀が足を振り上げて、落とす。
それだけで何十という魔物が死に絶え、その振り下ろしによる衝撃波が更なる被害を生んでいく。
おぞましい雄叫びをあげた亀の周囲に、無数の魔法陣が生み出されていく。
数えるのも馬鹿らしいほどの量だ。
シングルアクションと呼ばれる、単一の動作からなる魔法を、その亀は信じられぬ物量で繰り出す。
それは魔法の技術ではなく、魔力量に飽かせた魔法のごり押しに他ならない。
亀の周りを取り囲むように生じた魔法陣から、光の矢が飛び出して行く。
風を切る鋭い音が走ったかと思うと、キッシンジャー達の前に居る魔物の軍勢にその矢の雨が降り注いでいく。
中には咄嗟に防御魔法を展開させたものもいたし、それができないまでも防御姿勢を整えることのできた魔物も多かった。
しかしその全てを嘲笑うかのように、光の雨はあらゆる魔法を貫通し、肉体を貫徹し、間にある障害物すら易々と通り越して地面に大きなクレーターを穿っていく。
彼の目の前で、何十何百という魔物達が息絶えていく。
頭を打ち抜かれ、胸を射貫かれ、脊椎から尻の骨を抜けていく光達。
ドドドドドという轟音が、キッシンジャーの鼓膜を揺らし。
悲鳴を上げる魔物達の声が、彼の意識を覚醒させた。
「な……なんなのだあの化け物はっ!!」
目の前にいる、見たことも聞いたこともないほどに巨大な亀。
全身を魔物の血に浸し熟成でもさせたかのような、藍色の身体。
キラリと光る目には、狂気が滲んで見える。
シングルアクションの魔法を大量に使用し、大群を相手にするなどというバカなことを普通の魔物はしない。
そんなことをせずとも、複数の行程を踏んだ大規模魔法を放てば、より少ない魔力消費量で、より大量の戦果を出すことができるからだ。
あれほどまでに非効率な魔法を使ってもなお、これだけ高い戦闘力を持っている。
その事実がキッシンジャーに、強い警戒と恐怖心を抱かせた。
もしあの亀が魔法の特訓でもしようものなら、その脅威は更に膨れ上がることが予想された。
「む……なんだ、あれは?」
巨大な亀の魔物の周囲を飛び回るように、何か小さな魔物が動いているのが見える。
その魔物は亀を攻撃しようとするのではなく、ただただ周囲を飛び回っているように見えた。
今回キッシンジャー達は昏き森の魔物をけしかけている。
そのため空を飛べるような魔物はほとんどいなかった。
弱い魔物を数体ほど使役しているだけで、そいつらは既に墜落させられているはずだ。
だとすれば、いったい……と目を凝らした彼は、魔物が決して小さくないことに気付く。
縮尺がおかしいだけで、単体で十分な大きさを持つ、彼もよく知る魔物だったのだ。
グリフォン――有翼種の中でも上位に位置する、魔王の治める魔国でもあまり数の多くない珍しい魔物だ。
グリフォンが何故あの魔物の周囲を……と考えていると、グリフォンがその背に何かを乗せているのが見える。
ありえないことに、そこに乗っているのは人間だった。
未だ年若く、あどけなさの残る少年だ。
彼はグリフォンの背にまたがりながら、亀の周囲を飛びつつ何やら声を発している。
亀は彼を打ち落とすことなく、魔物へ攻撃を放ち続けていた。
本来なら憎むべき存在である人間を、倒す素振りもみせない。
キッシンジャーの脳裏に電撃が走る――。
あやつ………まさかあの亀の魔物を、操っているのか?
グリフォンライダーとして空を駆けているということは、グリフォンを己の制御下に置いているという何よりの証。
亀の魔物も、あの少年に対して攻撃を行ってはいない。
いやそれどころか、攻撃が彼に当たらぬよう配慮しているような節も見受けられる。
亀と少年になんらかの因果関係を見いだすのは、なんらおかしなことではなかった。
人間の街は笛吹き魔神を使い、数倍にもなる魔物達の力を用いて、簡単に挽き潰せるはずだった。
「み゛い゛い゛ぃ゛!!」
だというのに今、魔物達は明らかに押されている。
いや、そんな表現をすることすら生ぬるい。
彼らは今、一匹の魔物によって完全に流れを堰き止められ、蹂躙されている。
数はみるみるうちに減っている。
傍目に見ていてもわかるのだから、そう遠くないうちに殲滅させられるのは間違いない。
今まで見たことも聞いたこともない、強力な魔物。
それを使役し、さらにはグリフォンの上に搭乗する少年。
キッシンジャーは馬鹿げていると一笑に付した、とある単語を脳裏に閃かせた。
「勇者――まさかあやつが、勇者なのか!?」
単体で魔王に匹敵するとされる、人智を超えた力の持ち主。
大昔の迷信に違いないと高を括っていたが……こうして力の片鱗を見せられれば、信じないわけにはいかなかった。
キッシンジャーは確信する。
目の前のあの少年こそが、魔王様が何よりも恐れ念入りに調べ回っていた勇者なのだ……と。
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