誤算
『魔王は勇者によって討伐される』
かつてメギラゴと呼ばれる竜の国の首座であった、竜巫女と呼ばれる女が下した神託の一説だ。
だがそもそもそんなものが下されたのは、今より数千年も昔の話。
メギラゴ自体大昔に滅んでいるし、竜巫女などという人物が本当に居たかどうかさえ定かでは無い。
神託自体が創作であるというのが一般的な考えであり、キッシンジャーもまたそれと同意見だった。
キッシンジャーからすれば、そんな眉唾な情報を信じられるはずがなかった。
魔物の王であるからこそ、魔王と名乗ってはいる。
だがその名乗りの一致は、ただの偶然だろう。
勇者などという、魔王に匹敵する人間が存在するとは到底思えない。
「大体人間と魔物の間では魔法のレベルが違う。魔王様に匹敵する者がいるわけがないだろう。もしいるとするのなら……それはとんでもない脅威になるだろうが」
人間界を侵略することは、魔王の座をかけて争った日々と比べれば遊戯としか思えない。
魔王様が命じて下されば、我ら十指が一瞬で征服を終えるというのに……。
考えていることを口に出す癖のあるキッシンジャーの声は、ぶつぶつと何かを呟いているスウォームには届いていない。
操られている彼の姿は、死している幽鬼よりも生気を感じさせぬ虚ろなものだった。
今、スウォームには暗示がかかっている。
自分がやることはそれがどんなことであれセリエ宗導国のためになる、そしてキッシンジャーの言葉は預言者の言葉であるという二つの暗示が。
つまらなそうな顔で、進軍をしている魔物達の背を見つめる幽鬼。
「魔王様…………あなたのやり方は遠回りで、非効率だ。人間ごときに手間をかけても、時間の無駄です。勇者……でしたか? そんなものが本当に存在するようには思えません」
まぁ、いいですと独りごちてから、キッシンジャーは胸ポケットに挿していた魔道煙草を口に入れた。
突き抜けるような爽やかな香りが、彼の鼻腔から脳天まで届く。
「とりあえず国を幾つか潰せばわかることか。……おい、そろそろ出せ」
「行くのだ! 我らが魔物達よ! 我らがセリエの栄光と、勝利のために!」
スウォームが笛を握り、大きく息を吸ってから吹いた。
魔物の可聴域で発されるその高音は、魔物達にとっての興奮剤のような効果を示す。
笛によって指向された場所へ、その残虐性を遺憾なく発揮するようになるのだ。
笛吹き魔神と呼ばれていた魔道具が光り、魔物達が獰猛な咆哮を上げ始める。
彼らは恐怖は消え、痛覚はなくなり、精魂尽き果てるその瞬間まで戦い続ける死兵と化す。
視界いっぱいに広がる魔物達の向こう側には、人が住んでいる街の姿が見えている。
人間共の命運が尽きるのも、もうすぐそこだ。
蹂躙自体には興味のないキッシンジャーは、することもないので空を見上げていた。
魔物達の鳴き声が遠くから聞こえ始めた。
前に進む足取りは遅いため、未だ先頭の様子は見えてはこない。
恐らくは、戦いの尖端が開かれたのだろう。
今から攻める街にいる人間達がどれだけ優れている者がいようとも、数の前ではいずれ力尽きるのがさだめ。
もし大量の魔物を殲滅できるような者がいるとしたら、それはキッシンジャーの仕える魔王その人くらいなものだ。
あるいは――彼女がひどく恐れている存在である、勇者か。
「「ギャアアアアッ!!」」
魔物達の声がどんどんと大きくなってくる。
森を覆う黒々とした木々の間を抜けていくと、ようやく視界が晴れ始めた。
樹木に左右の視野を防がれていたことから解放され、少し気が安らかになる。
城壁で覆われているために、先頭から中盤にかけてはゴーレムや巨人等の巨大な魔物を配置させた。
既に城壁に取りついて壊してしまっているだろうか。
それとも人間達が必死に、それを防いでいるだろうか。
一応念のために、自分が出る必要も考えておくか……などと考えていた彼の目に映ったのは、到底信じられぬ光景だった。
「……なっ!?」
彼の視界に入ってくるのは、巨大な魔物達によって崩されている城壁のはずだった。
だが予想とも想定とも大きく異なり、かなりの魔物が向かっていったにもかかわらず、城壁自体には傷一つついてはいない。
何故進軍がまともに行えていないのか。
その理由は、目の前に広がっているものを見れば一目瞭然だった。
思わず言葉を失ったキッシンジャーの目線の先には――巨大な亀がいたのだ。
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